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37.初めてのお誕生会

「ね、涼葉」


 諒一が声をかけると、涼葉がピクッと肩を跳ねさせた。何か言われる事は察していたのか、どこか緊張した様子で諒一を見る。


「あの……まずごめん。個人情報だけど、勝手に知っちゃったんだ。涼葉あさって誕生日だって?」


 覚悟を決めてそう聞くと、涼葉は安心したような聞かれたくない事を言われたような微妙な顔をしている。


「なんでそれを……ああ、亜矢子さんですか」


 涼葉は情報の出所まであっさり察した後、それが何か?と言った様子で諒一を見る。


「その、なんていうか……涼葉が誕生日をお祝いされる事が嫌だって聞いたんだけど……」


 言いにくそうに諒一が言うと、涼葉は小さくため息をついた。


「別に……嫌とまではないんですけど……なんともないって感じですかね。ただ生まれた日ってだけですし、年齢が一つ増える日って考えたら憂鬱になりますし」


 目線を伏せて嫌いな理由を並べる。ただ、諒一には決してそれだけではないように見える。


「なんとも思ってないなら、お祝いしてもいいよな?」


「え?でも、それは……わざわざ悪いですし。その……」


「涼葉がどうしても嫌だっていうならやめる。今後この話題も一切出さないよ。でもどうでもいいくらいならやりたいな。もちろんそれほど大掛かりな事はできないけどさ。俺は涼葉が生まれてきてくれた事が嬉しいし」


 そう言うと、僅かに涼葉の瞳が潤んだように見えた。そして小さく「今後一切……」と呟いて悩んでいる様子に見える。


「嫌……かな?」


 最後の一押しをしてみると、涼葉は小さく首を振った。別にいいですよと消え入りそうな声で言いながら。


「そか……よかった。そう大した事はできないから、あんまり期待はしないで下さい。時間もないんで」


これから何か準備をするといっても明日と当日の二日しかないのだ。


「分かりました。じゃあ、あさってですね。」


 そう言うと、もう帰る時間でもあるので涼葉はバッグを持って立ち上がった。


「うん。準備ができたら連絡入れるから」


「はい」


 やや元気がないように見えたが、涼葉は微笑んで手を振ると諒一の部屋を後にした。


 しぶしぶといった様子だったけど、お祝いを受けてくれる気になった事は嬉しかった。

 ただ、なぜそんなに誕生日が嫌なのかという疑問が残る。


 想像はつく。家庭環境に起因するものだろう。諒一としては普通に喜んでほしいだけなのだが、嫌いになった原因に変に触れてしまったら、心から喜んではくれないだろう。


諒一も誕生日だからといって、何か特別な事をしてもらった事などない。基本的に忘れられていたし稀に気が向いてちょっとしたケーキを買ってくる、くらいのものだ。

 それでも、普通の家庭では誕生日用のケーキを準備してもらって、プレゼントを貰って……。一年に一度だけ、本人だけを祝ってくれる。そんな日だと理解はしている。


 きっとすごく楽しい日だろう。そして次の誕生日が待ち遠しくなるくらいに……。


 別に普通にしていたらここまでは思わなかったし、諒一も何かプレゼントを渡してお祝いを言って、それで終わりだっただろう。ただ、お祝いもさせてくれなかったと聞いた時に胸がきゅうっと締め付けられた。


 きっとそうさせてしまうだけの何かがあったのだろう。

 だからできる事なら涼葉にとっての誕生日の思いを塗り替えて、来年の誕生日が待ち遠しく思ってくれるようになってほしいと思った。


「責任重大だぞ……」


 自分で発破をかける。今回は受け入れてくれたが、もし諒一が失敗したら、二度とさせてくれないかもしれない。

涼葉が生まれた特別な日であり、涼葉を好きな人達にとっても特別な日なのに。

 諒一は、間違えても地雷を踏まないように入念に計画を進めていった。


 その次の日は何事もなく過ぎ、涼葉もどこかぎこちないながらも、普通に接してくれた。

 こっそり亜矢子にも話して力を貸してもらいながら準備をして……とうとう涼葉の誕生日。八月十日が訪れた。折しもその日は日曜日。なので準備に専念する事ができる。残念ながら総一郎は不参加だが、頑張ってと心からの激励はもらった。


 会場は諒一の部屋。時間は午後からで、準備ができたらメッセージで連絡する事になっている。


「何も忘れ物はないよな」


 一人確認していると、いきなり背中をポンと叩かれる。


「ほら、諒一くん。あなたがあまりに緊張していたら涼葉ちゃんにも移っちゃうでしょ?確かに普通の誕生日会より気合いが入るのはわかるけど……大丈夫、きっとあなたの気持ちは涼葉ちゃんもわかってくれるわよ」


 「そうです大丈夫っす。涼葉先輩は諒一先輩がしてくれた事なら大体よろこんでくれるっす」

 

「だといいんだけど……」


 誕生日が嫌いな原因がわからない以上、どこに地雷があるのかもわからないのだ。不安は消えないまま準備は整い、亜矢子と舞香に促されて諒一は涼葉に準備完了のメッセージを入れた。

涼葉は、普段それほどスマホをいじらないので、メッセージに気付いてくれるか不安でじっと見ていると、存外に早く既読の文字がついた。


涼葉がこのメッセージを見た。そう考えただけで、胸がどきどきしてきて落ち着かない様子を亜矢子は微笑ましい表情を浮かべ見守っている。

 舞香に冷やかされながら待っていると、既読の文字がついてからそれほど時間をおかずに隣の部屋からドアの開閉音が聞こえ、すぐに諒一の部屋の開錠音が聞こえてきた。


「やっぱり開くのよねぇ」


 と亜矢子は呆れたように言っている。諒一や涼葉が使うと、涼葉の部屋の鍵で諒一の部屋が開く。それは一応報告していたし、亜矢子も再度試したが、諒一や涼葉以外の誰が使っても開かないので、今は黙認されている。

 

やがてパタパタとスリッパの音をさせながら涼葉がリビングに姿を見せた。


「いらっしゃ……い」


姿を現した涼葉は普段よりずいぶんとおしゃれしていた。髪型までばっちり決まっている。涼葉を見慣れている諒一も一瞬息を飲んで言葉が詰まる程度には……


「あ、亜矢子さんも舞香さんまで?」


涼葉は涼葉で戸惑っている。どうやら二人がいるとは思ってなかったらしく驚いている様子だ。


「あらら、諒一くんったら、伝えていなかったの?ごめんなさい涼葉ちゃん。私たちは出直そうかしら」


「いえ!大丈夫ですから。」


あらあらと慌てる亜矢子に両手を振って座るように涼葉は言う。そこでようやく立ち直った諒一が涼葉に謝る。


「ごめん、言ってなかったっけ……」


「聞いてませんよ?でもだいじょぶですから」


柔らかく微笑む涼葉を見て諒一は安堵の顔を見せる。いきなり失敗したかとヒヤヒヤしたが……


「それにしても涼葉先輩……ずいぶんおしゃれに決めてきたっすねぇ……ほら諒一先輩!女の子がおしゃれした時にはまず褒めるものっす!」


そう言うと、舞香は割と強めに諒一の背中を叩いてきた。


「いてぇ!…………その、あれだ。……とても、かわいいです」


「あ、ありがとうございます……」


我ながら貧困なボキャブラリーと対人スキルの低さに呆れるが、諒一なりに必死に引っ張り出した言葉ではある。舞香はあちゃあ……と額を押さえているが、涼葉の方も諒一の動揺が伝染したのか、どぎまぎとしている。


「まあ、二人ともかわいいわね。ささ、涼葉ちゃんは座って」


 そんな三人の様子を見ていた亜矢子が涼葉を指定席に案内する。

 

今日はいつもより大きいテーブルをあじさいから持ち込んでいる。当然お誕生日席に涼葉を座らせ、キッチンから料理を運ぶ。


手分けして運ぶ諒一たちに、手持無沙汰の涼葉が手伝おうとするがさすがに止められた。


「今日は涼葉が主役なんだから……黙って見てて?」


諒一にそう言われ、不満そうではあるが座ってくれた。それも次々に持ってこられる料理が増えていくと不満げな表情も消えていった。


「はい、これで終わり。諒一君も舞香ちゃんも席について」


最後にメインの料理をテーブルの中央に置いて亜矢子も自分の席に座った。


「こんなに……亜矢子さんありがとうございます」


料理の品目や種類を見て、涼葉は亜矢子に礼を言うが亜矢子は口に手をあてて微笑む。


「ふふ……どういたしまして。でも、だいぶ諒一君も作ってるのよ?」


「え?」


普段教えているだけに全く料理ができないとは思っていないが、今テーブルに並んでいる料理は涼葉が知るかぎり諒一の技術では難しいものばかりだ。

それゆえに亜矢子に礼を言ったのだ。


「いや、俺は……結局亜矢子さんに聞いてばかりだったし。ほとんど亜矢子さんだよ」


横を向いて諒一はそう言ったが、涼葉はだんだんニコニコと笑顔になっていった。

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