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35.かわいくなくていい

諒一がそういうと、涼葉は悲しそうな顔になる。


「私……かわいくなくていい。よく、言われるけど……ほんとは、いやです。」


 消え入りそうな声で、苦しそうに涼葉はそう言った。

これまでも似たような事があったと思わせる表情だった。


人と、特に異性と接する事が苦手な涼葉にとって、人を惹き付けてしまう自分の容姿は疎ましいものに感じてしまっているようで、だからかわいいと言われると微妙な顔をしていたのか、と納得する。


「学校、行ってた頃は、私は何もしてないのに、好きな人をとられたとか……彼氏を誘惑したとか言われることもあったし……」


眉を落として涼葉は言う。女子からも文句を言われたりするのか……しかも完全に八つ当たりだった。こういった事も涼葉が学校に行けない理由の一つになっているのでは……。

そして思う。たぶんこれはこれからずっと続いていく問題なのでは……


目の前で心底落ち込んだ様子を見せる涼葉は、これまでの事も思い出しているのかまた泣きそうになっている。もしかしたらこう言った事が原因で友人関係にも影響があったりとかもあったのかもしれない。

容姿が整っているばかりにこんな気苦労を背負わないといけないのはあまりにも不憫すぎる。しかも九月からはまた学校に通う事を決めている。同じことが繰り返される可能性だってあるのだ。


「私、自分の事がずっと嫌いだった。私は全然かわいくなくていい……。人が聞いたら贅沢なって怒られますかね?」


と自嘲する。


今にも泣きだしそうな涼葉に諒一はかけてあげる言葉が見つからない。でも涼葉のせいじゃない事だけは分かる。


「…………」


もしかしたらましになる方法を思いついた。ただ、それを言うにはかなり抵抗があるし、涼葉から冷たい目で見られるかもしれない。

 でも、涼葉が自分を嫌いなままでいるのがどうしても嫌だと、そう思った。

 

そっと涼葉を見る。いまにも涙がこぼれそうになっている瞳はやっぱりきれいだと思うし、整った顔立ちはだいぶ見慣れた今でも時折ハッとさせられるくらいだ。

でもそんな涼葉は自分を嫌いだと言う。それが諒一には悲しかった。自分を好きになってもっとかわいくなってほしいと思う。

 だから、諒一は思い切って口を開いた。


「ね、涼葉。今好きな人いる?」


唐突にそんな事を聞かれ、涼葉は思わず眉をひそめる。今このタイミングで何言ってんだ?と思っているだろう。自分でも思うくらいだから。怒られても仕方ないと覚悟していたが、それでも涼葉は不機嫌になりながらも答えてくれた。


「そんなの……いません。急になんですか?」


「うん、ごめんな。俺さ、涼葉に自分が好きでいてほしいって思うし、自分を好きになってもっとかわいくなってほしいって思ってる。でもそれで周りの人に色々言われるのは嫌だろうし。何かいい方法がないかな?って考えたんだ。浅はかな考えかもしれないけどさ、少なくとも男子から悪し様に言われるのは涼葉に好意をもっていたけど、断られて恥ずかしくなったり逆恨みしちゃってるんじゃないか?って。さっきの奴みたいにさ?だから興味を持たれることは仕方ないとしても最初からあきらめてもらえばいいと思って」


「そんなの……どうやって。そうだとしても私には……」


無理です。と視線を落としながら呟く。


「いや、嘘でもいいと思うんだ。もし、なんか言われたら彼氏がいるって。それが広まれば告白しようとする人も減るんじゃないか?」


「すぐばれますよ……私いつも一人なんだから。」


「これまではそうだったかもしれないけどさ、これからは俺がいる。ちょっと言いにくいんだけど、いつか涼葉に本当に好きな人ができるまで俺がその役目をするというのはどうかな?」


 少し頬を染めながら諒一が言うと、涼葉は弾かれたように顔を上げて諒一を見つめた。いつもより大きく見開いた目で諒一を見るが、すぐに視線を落としてしまう。


「で、でも……そんな事したらりょういちくんに迷惑が……何か嫌な事言われるかも……」


「いや俺がさせてほしいって言ってるんだけど……それで涼葉が少しでも自分を好きになれて、かわいい涼葉でいようと思えるんなら手伝いたい。特定の相手がいれば女子からの言いがかりも減るんじゃないかな?彼氏がいるのに他の男に色目使うわけないだろって言えるし。」


「で、でも……りょういちくんが…………」


「涼葉」


「っ!」


「まずは俺が〜の部分を省いて考えてくれないかな?その上で、そんな事できない、嫌だって思うんだったら、なかった事にする。俺の事は省いて、涼葉が少しでもいい方向に行くと思えるなら手伝わせてほしい」


 しっかりと目を合わせてそう言うと、涼葉は真っ赤になって視線をそらしだした。もちろん諒一も顔が赤くなってるであろう事は自覚してる。

 でも今はそんな事よりも涼葉に自分を好きになってほしいと強く思っていた。


 きょろきょろと落ち着きなく視線を動かしていた涼葉は、やがて遠慮がちに諒一と目を合わせる。


「…………そんな事お願いしてもいいんでしょうか?」


 伏目がちになりながら消えてしまいそうな声で言った。


「いや、俺がやらせてくれって言ってるの」


 ぺしっと涼葉の額を軽く叩く。真っ赤になった涼葉は両手で額を抑えながら涙目になって諒一を見つめる。


「ううぅ……」


「あのね、この前涼葉が家族みたいに思ってるって言ったじゃない?俺もあまり普通の家族っていうものを味わってきてないからさ……。涼葉の言う家族に、その中に俺を入れてくれていた事がすごく嬉しかったんだ。その家族が困ってるんだ、俺にも手助けさせてほしい」


 涼葉の肩に手を置いて目を覗き込むようにして言うと、その目にうっすらと水の膜が張るのがわかった。


「……うん。」


「ちゃんと好きでもない人に言い寄られたら、彼氏がいるって言うんだぞ?」


「うん」


「それが広まったら人の彼氏にちょっかいかけたなんて言われる事が少なくなると思うから。もし言われても涼葉もはっきり否定する事」


「うん」


「まぁ……フリとはいえ、本当はもう少しイケメンな奴が相応しいっていうか、リアリティもあったんだろうけど……そこはまけてくれ」


「嫌です」


「おい」


「だいじょぶです。ばれないように、私がりょういちくんをコーディネートしてあげますから」


「ああ、馬子にも衣装作戦ってわけか」


 苦笑いしながらそう言った諒一の腕を涼葉が軽く叩く。


「駄目です。中身ごといきますよ?こう見えて私は厳しいですからね」


 そう言ってぎこちないながらもにっこりと笑った涼葉は立ち上がって諒一に手を差し出した。


「すっかり話し込んじゃいましたね。帰りましょ?」


 外では低くなった太陽の位置が、いつの間にかラウンジ内の影の形を大きく変えていた。


 なんだかご機嫌になったように見える涼葉に、諒一の方が戸惑いながらその手を取って立ち上がる。


「お手柔らかにね?」


「さぁ、どうでしょ?」


「いや、あまり厳しくされるのも困るって言うか、ほどほどにお願い」


「ふふ……手始めに、りょういちくん料理を習いたいって言ってましたよね?」


 少し前に、お詫びで炒飯を作る事になった事があり、結局涼葉に手伝ってもらったのだが、非常に美味しく出来た。その時は少し感動して機会があったら料理を教えてほしいと、確かに言った事を思い出す。


「今日の晩御飯からですね。ビシバシいくので覚悟してください」


「う……は、はい」


 確かに言った事は言ったのだが、程々でいいとは今の涼葉に言う事が出来ずに、その圧に負けて返事してしまった。

 

「よろしい!ふふ……とりあえずお買い物行きましょっか」


 すっかりご機嫌の涼葉はそう言うとエレベーターのボタンを押した。


 とりあえず今日の晩御飯が美味しいものになりそうだからいいか。と考えると、自然と諒一も笑顔になる。


 これまで幾度となく涼葉に想いを告げ、差し出された手は決して握られる事はなかった。


 今しっかりと握られた手は、諒一の部屋の前で離されたが、心の中でしっかりと握られたままになっていた。

 

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