34.かわいくなくていい
「あの……聞いてもいいですか?」
ある日の午後。ものすごい深刻そうな顔をして諒一の部屋を訪れた涼葉は、ノートと辞典みたいな本を抱えている。
「う、うん。何でも聞いて?」
「その……言いにくかったらいいです。思い出したくもないかもしれませんから」
そう前置きして聞いた質問とは諒一の「死因」だった。もちろん生きている今の諒一ではなく50歳でこの世を去った諒一の方の、である。
「別にいいけど……聞いてどうするの?」
一応聞いてみると、ぼふ!と音でもしそうな勢いで顔を赤くするとぽつぽつと語った。つまり、死んでしまった原因は日ごろの生活習慣によるものが大きいだろうから、そうならないように特に気を付ける事を知りたいという事だった。もってきた辞典は家庭の医学だった。
真面目な涼葉らしいのと、諒一の体をこの先も心配してくれるという意味にもうけとれるので、うれしくもありついニヤニヤしてしまった。
「笑わないでください。荒唐無稽な事を言ってるのは自覚してます。でもそれで可能性を少しでも低くすることができるのならやる価値はあるじゃないですか!」
若干涙目になりながらそんな事を言うので、かわいくて持って帰りたくなる。
「いや、感謝しかないよありがとう。心配してくれて。そこまで気にしてくれる人いなかったから。ありがたさが身に染みるよ」
正面からそう言うとプイっと横を向いてしまう。
「そこまでの事じゃないです。興味本位です。いいから言ってください」
「はいはい。えっとね……ああでも詳しくは分からなかったんだよな。とりあえず持病があってね?」
前の諒一が患っていた持病、それから死ぬ前の記憶を語るとノートにメモをしていた涼葉の手がプルプル震えている。
「それずっと痛かったんですか?」
「う、うん。最初は高校生くらいかな、原因不明の40℃前後の熱が出るようになったんだよ、二三か月に一度くらいの頻度で。んで熱が出ると腰から背中にかけて痛みがでるようになったんだけど。それがだんだん熱がなくても痛くなってきて……痛みと範囲が広がってきて、一番ひどいときには……涼葉さん!?」
話を聞いていた涼葉の目には一杯の涙が溜まっていた。あわててティッシュを箱ごと渡す。
「そんなショックうけなくても……前の人生の話なんだから」
苦笑しながら言うと、涼葉はキッと諒一を見てから言った。
「前のりょういちくんの人生です。なんでそんなつらい人生送ってるんですか……は!今は?痛みとかないですか?」
「ないない!大丈夫、健康そのもの。」
そう言ったが、じっとりとした目で見られた。
「で?」
「で……?」
「続きです。ひどい時には?」
「言いたくないなあ……」
これ以上自分の終わった人生の事で悲しませるのを見てられない。
「今後のためです吐いてください」
洗いざらい吐かされた……泣きそうな、というか泣きながら迫られたら断れないし、話したら泣かれるしどうしたらいいの?っていう時間だった。
特に痛みがひどい時に薬の副作用でめまいがひどく、ふらっとした先がストーブだった。手をついてしまって、両手のひらを割とひどくやけどしたんだけど、痛みの程度が持病で痛むのとあまり変わらなくて気にならなかったって笑いながら言ったら超叩かれた。
「もう~。りょういちくんは不幸すぎます。せめて今回は幸せになってくださいね?」
「今」
「はい?」
「今結構幸せだけど?」
……また叩かれた。
「あら、どうしたの二人ともけんかしたの?」
午後からの授業が終わった後、亜矢子が声をかけてきた。主に涼葉の機嫌がわるいだけなのだが。50歳うんぬんをぼかして話したら生温かい目で見られた。
「確かに諒一君は思ってたのと随分違ったわね。私も総一郎さんも戸惑ったもの。でも涼葉ちゃんも大概よ?」
亜矢子がそう言うと涼葉はきょとんとする。
「諒一君が来る前の涼葉ちゃんって、私たちにも心開いてくれなかったしほとんど話してもくれなかったし。それがいつのまにか諒一君と仲良く話しているんですもの。くやしかったのよ?」
亜矢子からまでそんな事を言われ、涼葉は真っ赤になって動揺している。
「でも、今の涼葉ちゃんとてもかわいいわよ?」
亜矢子にそう言われた瞬間、わずかにだが表情が曇った。いつも見ていなければ分からない程度だが。どうも「かわいい」に涼葉は思うところがあるみたいだ。
それがなぜか。唐突にわかる日が来る。
◆◆◆◆
飲み物を買おうと一階まで降りてきた時だった。
玄関ホールの自動ドアの所で涼葉と制服を着た男子がなにやら話している。それだけならそこまで気にしないのだが、涼葉の明らかに困っている表情を見てしまった諒一は思わずそっちに向かって歩き出してしまった。
足音に気付いたのは位置的にこっちを向いていた制服の男子だ。なんだこいつ?と言いたげな顔を隠そうともしていない。
「涼葉」
諒一が声をかけると涼葉がぱっと振り向く。
「どうかしたの?」
「何だよお前」
諒一が涼葉に聞くと、制服の男子が邪魔すんなとばかりにそう言ってくる。名札を見ると涼葉がかつて通っていた学校の名前と、中村という苗字らしきものが書いてある。さらに、「涼葉」と親しげに呼んだのが気に入らないという顔をしている。実に分かりやすい。
「あ、あの……」
涼葉はどう説明したらいいか困ってる様子だ。諒一はむっとしている中村に向かって自動ドアの横を指して言った。
「何話してるか知らないけどさ、ここでいつまでも話してると……ほら、そこ警備員室。住人の邪魔してるって思われて捕まるよ?」
もちろん嘘だ。明らかな迷惑行為でない限り警備員が介入してくることはない。それでも脅しになったのか中村は顔が引きつっている。
「だ、だから中で話そうって言ってるのにさぁ、卯月の奴がダメだって言うから!何度もカラオケ行こうって言ってんのにいつも行かないって言うしさぁ……」
そう言って涼葉の肩を軽くだったが押した。それだけのことだが涼葉にとっては萎縮する十分な事だった。びくりと肩を震わせてますます俯く。それを見て諒一もイラっとする。
「そりゃ、涼葉の気持ちも考えず自分の考えばかり押し付ける人は入れたくないに決まってるさ」
中村の涼葉に対する態度に諒一の口調も硬くなる。
「なんだと?」
分かりやすくむっとした中村は諒一に掴みかからんばかりの雰囲気を出している。
「あ、あの!りょういちくんは……。中村くん、私、行かない……です」
諒一と中村が険悪な空気になって焦った涼葉が諒一を止めて中村を見て断る言葉を発した。それを聞いた中村はあろうことか舌打ちをして諒一に向かって言う。
「なんだよ、お前のせいでこうなったじゃねえか」
諒一の襟をつかんで中村が言うと涼葉がそれを見て泣きそうな顔で止めようとする。
「ちが……やめて。ほんとに、行きたく、ないの」
「ちっ!お前さ、ちょっとかわいいからって調子乗んなよ」
中村は涼葉に向かってそう吐き捨てると、諒一を掴んでいた手を離しエントランスから出て行った。黙って見ているとマンションを出たとこで友人らしき男子が二人合流して中村をからかいながら離れていった。
一緒にそれを見ていた涼葉が安心したのか、ぽろりと涙をこぼす。
それを見て、もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしたかもしれないと思った諒一が盛大に顔をひきつらせた。
「あ、あの涼葉?もしかして俺余計なことしちゃった?」
慌てて言うと、涼葉はきょとんとした顔を上げる。
「さっきの人とほんとは遊びに行きたかったのに俺が来たから変な感じになった、とか?」
諒一が慌てて言うと、涼葉はふるふると首を振った。
「前いた学校で同じクラスだった人。それだけ。カラオケなんて行きたくない、です」
中村が目の前からいなくなったせいか、涼葉の口調もいくらか落ち着いてきている。
涼葉がそう言った事で諒一は胸をなでおろした。涼葉が嫌そうにしていたから断りにくいのかなと思って邪魔したけど、本当は行きたかったとかだったらとんだ勘違いお邪魔虫になるところだった……
「時々、誘われる……けど……あまり好きじゃなくて」
話を聞いてみると、中村はわざわざここまで訪ねて来て、今度行く学校の事を聞きだそうとして、断ると今度はカラオケに行こうと涼葉を誘ったらしい。一応涼葉なりに行きたくないと伝えたが、中村はしつこく誘ってきた。そこに諒一が通りがかったという事らしい。
「あんな、言われると怖くなって……強引な人はきらい、です。ごめんなさい、りょういちくん」
「え?なんで俺謝られたの。」
「だって……りょういちくんにも、嫌な思いさせちゃったし……」
そう言う涼葉は、ようやく涙はとまったが諒一に対して悪いと思っているようだ。
「いや、俺はいいんだけどさ……もしかしてああいうの初めてじゃなかったりする?」
諒一がそう言うと涼葉は黙って頷いた。
「ああ……涼葉かわいいからなぁ」
言葉では褒めているのだが、涼葉ははっきりと嫌な顔を見せる。それを見て諒一の胸も締め付けられる。
「見た目だけで寄って来るのって嫌だよな?……」
そう言った諒一の言葉に涼葉はハッとして顔を上げた。静まり返ったエントランスの中、外からはセミの鳴く声だけが響いてくる。諒一は涼葉をいたわるような顔になって冷房の効いたラウンジに行こうと涼葉を誘った。




