30.今後の事
二人に話そう。そう言ったのはどちらからだったろうか……
涼葉の告白の後、諒一と涼葉で学校に行く事について具体的に話をした。そして自分たちを心配してくれている総一郎と亜矢子には決意のほどを伝えておこうとなった。
もちろん話せば二人ともとても喜んでくれるだろう。それが分かっているだけに中途半端な気持ちでは報告できない。行くと言ってやっぱり無理でしたなんてやってしまったら、ただがっかりさせるだけだ。
「明日授業が終わったら二人に話して色々相談しましょう」
お互いの顔も見えないくらい暗い部屋で、涼葉の声だけが聞こえる。照明を点ければいいだけなのだが、今の場所から動きたくなかった。
動けば抱いた肩もつないだ手も離さないといけないし、一度離してしまったらもうできる気がしない。今はもう少しこの心地いい時間を大切にしたい。
「聞いてますか?」
自分の考えに浸っていたせいで、涼葉の話に答えていなかった。これでは無視したみたいだ。
そう思って口を開こうとした時、涼葉が先に声を出した。
「……もしかして寝てますか?」
さっきより幾分抑えた、だいぶ優し気な声で涼葉はそう問いかけてくる。どうやら返事がないのを眠ってしまっているのだと思ったらしい。
ここですぐ何かしら返事をすればよかったのだが、なぜかそのまま口を開かず様子を見てしまった。
「もう……こんなところで寝たらだめですよ……りょういちくん」
抑えた声で、ぽそっと涼葉はそう言った。普段と違う呼び方をされて諒一の心臓が跳ねた。
「ふふ……重い話を連続で聞かされて疲れちゃいましたかね?ブランケットでもかけてあげたいんですけど……もうしばらくこのままで、いてもいいですかね」
そう言って一度起こした頭をふたたび諒一の肩に預けてきた。さっきは話に夢中だったのと、涼葉が壊れてしまいそうに感じてあまり意識しないでやったけど、よくよく考えたらかなり大胆な事をしたし、今の恰好もかなりまずい。肩を抱いて涼葉は頭を諒一の肩に乗せているのだ。周りから見たら、まるで恋人同士に見えるのでは……と、今更ながら恥ずかしくなり、いよいよ寝たふりを続行するしかなくなった。
やかましく跳ねる心臓の音が涼葉に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤしながら……。
それから十五分ほどしたところで、涼葉が起こそうとしてくれたので、いままで寝ていましたというふりをして部屋の明かりを点けた。
諒一と視線を合わせようとしない涼葉の顔も真っ赤になっていたが、多分諒一の顔も同じくらい赤く染まっていたに違いない……
◆◆ ◆◆
「おや……二人とも何かいいことあったのかい?」
午後の部の授業を受けるためにいつもの教室で席に着いた途端に総一郎にそんな事を言われた。舞香は所用で今日はお休みらしい。
「ええっ?いや、特にそんな」
そう返事をしたが、諒一は本当に驚いていた。昨日の事は誰も話していない。諒一たちが決心した事は何も知らないはずなのに……
もしかしたらどこかいつもと違う様子だったのだろうか?と涼葉と顔を見合わせるけど、涼葉も首をかしげている。
そんな僕たちの様子も総一郎からしたら微笑ましかったのか、笑みを深くさせるだけだった。
「さて、時間だね。ここまでにしようか。ところで二人ともすこし時間はあるかい?」
授業が終わった後、二人そろって相談室に案内された。中央にテーブル、ソファが一対あるだけの殺風景なこの部屋は、総一郎や亜矢子に相談がある時に使われる。
部屋に入ると、亜矢子がいてお茶を準備している。相談は一対一ですることが多いので、何事かと涼葉と顔を見合わせながらソファに並んで座った。
「ごめんなさいね、急に時間取らせちゃって。少しお話があるの」
いつもと変わらない様子で亜矢子が話し出した。こっちが相談を申し込もうと思っていたので、戸惑ってしまう。
「今日はね?二人に目標を立ててもらおうと思ってるの」
「目標?」
「ええ。いつから学校に通いだすって目標」
あまりにタイムリーな話に言葉も出ない。思わず涼葉と一緒に苦笑いを浮かべてしまった。
その様子を見て、誤解させてしまったのか、困ったような笑顔を浮かべながら亜矢子が話を続ける。
「最近二人とも頑張ってるなぁって、少し変わったなあって思って見てたの。ほら、ここはあくまで自立支援をする所だし、最終的な目標は、ちゃんと学校にも行けて一人でも生きていけるようになることじゃない?もちろんそれぞれのお父さんが変わってくれて、きちんとあなた達をみてくれるのが一番いいんだけど……今の所厳しいと言わざるをえないわ。そうなるとやっぱりあなた達が頑張らないといけない。そうでしょ」
「もちろん私たちも手伝うよ?でもいつか君たちがここを出て自分で暮らすってなったら働かないといけない。それは諏訪崎さんもおなじなんだけど、君たちの方がその時は早く訪れるわけだ。そして働くにはどこかの会社に就職する。ここまではいいかい?」
総一郎の言葉に、諒一も涼葉も真面目な顔をして頷いた。
「でも、社会というのはやはり厳しくてね、就職するにはやっぱりそれなりの学歴を求められる。普通仕事を得るにはどうしたらいいか知ってるかな?」
あくまで二人とも優しい口調で語り掛けてくれている。どこまでも深い慈愛を感じる。総一郎の質問に答えるのは簡単だ。諒一には五十歳までの記憶がある。
そして二人が言いたいこともわかる。
「ハローワーク、に行く。んですよね?」
おずおずと涼葉が答えたのを聞いて総一郎は満足そうに微笑む。
「そうだね、もちろん知り合いの紹介とかもあるけど、ハローワークを介する事が多いね。そこには企業が求めている人材や給料、勤務形態なんかが書いてある求人票というのがあるんだけど、この企業が求めている部分に学歴がある。専門的な仕事だと大卒しか受ける事が出来なかったり、資格が必要なこともある。そしてほとんどの企業が求めている最終学歴は高等学校卒、なんだよ」
総一郎が、そこで初めて困ったような顔になる。
「高校は義務教育じゃないから、行く気がない人は当然辞めさせられるし、行きたいからって絶対いけるわけでもない。高校入試に受かる学力が必要だし、小学校中学校での素行も考慮される。つまり出席日数が少ないと弾かれる事もあるってことなんだ。君たちが保護者のもとで暮らしているのであれば、あまりよくはないけど高校に落ちても、就職できなくてもある程度は面倒見てくれるだろうね。でも……」
「私たちは、それが期待できない……ですもんね。」
「……うん。それは君たちの責任じゃないんだけど、君たちに付きまとう問題でもある。そして僕たち……というか行政や自治体が面倒をみてくれるのは義務教育までなんだ。」
「…………」
つまり、行政の支援をうけながらここでお世話になれるのは中学生までということになる。
「もちろん、いまとは違う制度になるけど支援がまったくないわけじゃない。それを使えば高校の授業料だって免除か減免になるし、生活費だって支給される。ただそれにはデメリットも生じてくる。今みたいに無条件での支援と言うのは今のところないんだ。」
眉を寄せてつらそうに言う総一郎に、逆に申し訳なくなる。そこまで心を砕いてくれているのだ。




