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25.勉強会

何か分かり合えている感じの涼葉と舞香を見て、とりあえず涼葉が大丈夫ならいいか。と少しだけ安心した。

 そのかわりまたすぐ教科書に向かい合う気力は削がれている。


 「なんかよくわからんけど……休憩するか。諏訪崎さんは何か飲む?」


頭をかきながら立ち上がった諒一がキッチンに行き、冷蔵庫を開けながら聞いた。


「何かって……ちなみになにがあるんすか?」


と、逆に聞き返してきた。涼葉は割と諒一の部屋に来るので、冷蔵庫の中身もだいたい把握してる。ついその感じで聞いてしまっていた事に諒一は思わず苦笑いを浮かべる。


「えっと……お茶と紅茶。後はジュースかコーヒーだな」


「なんかシブくないっすか?普通、男子中学生といえば炭酸飲料は欠かせないでしょう?」


舞香が信じられないと言った様子で諒一を見る。


「それだいぶ偏見入ってるぞ?うちはこんなもんだ。どれにする?」


再び聞かれ、舞香は少しだけ考えて「ジュースでいいっす」と返事をしてきた。じゃあコップを出そうと思ったら、諒一の間の前にコップが置かれた。いつの間にキッチンに来たのか分からないくらい自然に涼葉がそばにいて、舞香用のコップをだしたあとはヤカンでお湯を沸かし始める。


「水篠くんはコーヒーですよね?」


そう言ってにこりと微笑む涼葉は、諒一が返事をする前に手挽きのミルを取りだしていた。


 こっそり様子を伺ってみたが、いつもの涼葉みたいだ。

 

「そうだけど、やるの?」


涼葉は、ミルに続きコーヒー豆も出してきた。


「水篠くんがやってるのを見て、興味はありました。チャレンジしてもいいですか?」


そんな事を言ってくる涼葉に、いつもの雰囲気に戻っている事が嬉しくなった諒一の返事は「OKもしくはYES」しかない。やり方を教えると穏やかな目つきで涼葉が豆を挽くのを見ながらドリッパーの準備をして豆ができるのを待った。


「こんなもんでしょうか?」


そう言って見せてきたミルの中には綺麗に挽かれた状態になっていて、粒もそろっているみたいなので、「うん、だいじょうぶ」と言うと、涼葉は嬉しそうにドリッパーに流し込んだ。


そしてお湯が沸くのを二人で並んで待っていると、視線を感じる。パッと見ると舞香が微笑ましいようなうらやましいような何とも言えない目で、カウンターに肘をついてこっちを見ている。


「なにか……?」


「いえ、なんでもないっすー。お気になさらずに」


「いや、そうかぶりつきで見られると、何でもないとは思えないんだけど……」


 思い切り嫌そうな顔をする諒一に、舞香は面白そうに笑った。


「いやー、なんかいいなって思ったっす。他意はないっす。潤いを感謝っす」


 なんか訳の分からない事を口にし出した舞香に何とも言えずにいると、すぐにそれどころではなくなる。


「わっ……わっわっ!」


 涼葉の慌てた声に、急いで見ると、ドリッパーにお湯を注ぎすぎたようで、溢れたお湯が挽いた豆と一緒に流れ出してしまっている。


「わっ……ど、どっ……ご、ごめ」


「大丈夫大丈夫。謝らなくていいから、落ち着いて。ごめんな、俺が見てなかったから」


「涼葉先輩が知らない言語を喋ってるっす」


 面白そうに観察している舞香には、お前はもう少し慌てろと文句を言っておく。舞香が訳の分からない事を言ったがために意識が逸れていたのだから。


「……こぼしちゃいました」


 シュンとしている涼葉に笑い掛けながら、諒一がふきんとキッチンペーパーで溢れたお湯と豆を拭き取る。


「慣れないうちはやりがちなんだよ。俺も初めてやった時はそうだったし。お湯がすぐ下に出てこないから入れすぎちゃうんだよな?」


「うう……」


 そこまで大した事はないのに、本人はだいぶへこんでいる。


「ジブンもよく知らないっすけど、そういう時ってなんか、こういうヤカン使うんじゃないっすか?」


 そう言って舞香が手振りで表現したのは、ドリップ用のケトルだ。注ぎ口が細くなっていて、少量ずつゆっくりと注げるようになっている。中にはカップ何杯分とか量の目安になっているものもある。


「あ!」


 舞香の説明を聞いて涼葉も、それに思い至ったようだ。自分でやってみてドリップ用のケトルの形に納得できたのもあるだろう。


「いや、わざわざ買わなくても自分で調整しながら入れればいいだけだし、無駄かなって思って」


 生活費を支給されている身からすれば余計な物を買うのは避けたいし気が引ける。

 ドリップのセットを買うのも亜矢子が後押ししなければ買わなかっただろう。

 

「でも……それがあればやりやすいのでは?」


 いまだに復活できない様子で、シュンとした顔のまま涼葉はそう言ってくる。


「うーん……こだわる人なんかはちゃんと揃えるんだろうけど……機会があればね」


 揃える気はなさそうな諒一の様子に、涼葉は少しだけ残念そうな顔をしていた。


 

「そうそう、ゆっくりと……慣れると分量も大体わかってくるから」


 再度チャレンジする涼葉に、今度はちゃんと隣でアドバイスをする。そうでなくても、一度あふれさせているからか、涼葉はとても慎重にお湯を注いでいる。


「なんかお湯の注ぎ方とか速さでも味が変わってくるらしいよ。まぁ、俺はそこまでわかってやってないけど」


「奥が深そうです。なんか色々試したくなってきますね。今度からコーヒーを入れる時は私がやってもいいですか?」


 凝り性なのか、ざっとネットでドリップのやり方を調べ出した涼葉は、真剣な顔でそう言ってくるので、諒一としては頷くしかない。

多少失敗した所で飲むのは自分である。


「では、どうぞ……」


 まるで奉納するみたいな手つきでコーヒーを持ってくる涼葉に、思わず笑ってしまう。


「わ、笑わないでください。こぼしちゃうじゃないですか!」


 若干頬を膨らませながらそう言ってくる涼葉に礼を言いながら諒一は一口飲んでみる。


 ……滅茶苦茶見られてる。飲みにくい。そしてこれは感想を言わないと許してもらえないやつだ。


 そう考えながらソーサーにカップを置く。


「ど、どうですか?」


「うん……おいしい。俺が入れるよりもおいしいかも……」


 お世辞のつもりはない。本当に自分が入れた時よりも味わいや香りが強い気がする。


「そんな事はないでしょうけど……でも、ありがとうございます」


 涼葉はすっかりご機嫌な様子で、自分のコーヒーを飲み出した。


「あれ……?水篠くん、これ……」


「ふふ……ちょっと俺もこだわってみた。どう?」


 まるでイタズラが成功したような顔になった諒一がそう聞くと、返事をせずに涼葉は、もう一口飲んだ。


「すごく、おいしいです。コーヒーというよりカフェオレですか?」


 涼葉の問いに笑顔で頷く。もともと普段から甘い方が好きな涼葉のコーヒーには牛乳や砂糖も多めに入れて作っていたのだが、ちょうど無調整牛乳を買っていたのと、昔聞いた事を思い出しながら、コーヒーと1:1くらいの割合で、牛乳は60℃くらいに温めて入れてある。


 前の人生の時に聞いたことがあったやり方だ。何でも牛乳は60℃から70℃くらいが甘くなっておいしいらしいのだ。


「これ……私、これ好きです。水篠くん、この入れ方も教えて下さいね!」


 思っていたよりも食いつきがよく、前のめり気味に習いたがる涼葉を見て、ほっこりする。どんな知識でもあるに越した事はないなと思いながら……


「ところで、お二人さんジブンの事忘れちゃってませんか?すっかり二人の世界を作ってるっすけど」


 テーブルの向かい側にずっといて、諒一と涼葉のやり取りを黙ってみていた舞香が、やや呆れたような顔で言った。


「わ、忘れるわけ……ないだろ?」


「そ、そうですよ……ちょっとコーヒーに夢中に、なってただけ、です」


 二人してそう言うが、舞香の疑いの眼差しがしばらく緩む事はなかった。




 

 「涼葉先輩、教え方上手いっすね」


 休憩が終わり、再び復習に取り掛かっていた。そして舞香を重点的に教えた方がいいと判断して、涼葉が隣に座り、つきっきりで教えていたのだ。


「そ、そうですか?それなら、よかったです」


 まだ口調は少し固いものの、嬉しそうに微笑んでいる。


「あ、もうこんな時間か……」


 涼葉と舞香の様子を見ながら、微笑んでいた諒一が時計をふと見ると、思っているより時間が経っていた事に気づく。時刻はすっかり夕方となっていた。


「ありゃ、帰らないとっすねぇ。諒一先輩、涼葉先輩持って帰っちゃだめっすか?なんかいろいろ捗りそうなんで」


 勉強道具を片付けながら舞香が言う。今日ゆっくりと話してわかった。舞香はこういうたわいのない冗談を言う事が多い。ただ好きなのか、癖なのかまでは分からないが。


「涼葉ちゃんを道具みたいに言わない。そして、なんで俺に聞くの。聞くなら涼葉ちゃんでしょうが」


 そう指摘すると舞香は「ははは、そっすね。すいません」と軽く返してくる。


「それになんだよ色々はかどりそうって……何させる気だ?さすがに不当な依頼は俺がインターセプトさせてもらうぞ」


 舞香がこの調子で、強引にお願いをしたら涼葉は勢いに押されて断りきれない可能性がある。

 そこはカバーしときたいところだ。


「……へぇ。諒一先輩ってそんなとこあるんすね」


 意外そうな顔で舞香が言う。涼葉を困らせるくらいなら、おこがましいかもしれないけど、口を出させてもらうつもりだ。ご近所、お隣さん、友人?どう言っていい間柄かよく分からないがそれくらいには好意を持っている。


 「あ、ありがとうございます……その、持って帰られるのは困るので……ほどほどで」


 困った顔で涼葉はそう言うだけだった。


 

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