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24.勉強会

 「はあ……」


 涼葉は洗面所で手を洗った後、鏡に写る自分の顔を見つめて眉をひそめた。

 どうしてあんな嫌な感じになってしまったんだろう。


 ……後で水篠くんに謝らないと。


そう考えてもう一度ため息をついた。謝る事は別に憂鬱とかではない。確かに感じ悪かったと自分でも思うが、今までの事から考えても諒一はすぐに許してくれるだろう。


 むしろ何かあったのかと、心配させるかもしれない。

別に機嫌を悪くするような事はなかったはずなのに……


 あまり見てないようで意外と諒一は涼葉の事を見ている。先程気づいたように、このまま部屋を訪れれば諒一は気にするかもしれない。


 ……どうしちゃったんだろう。特に何もなかったはずだけど……と、朝から先程までの事を思い出していて、舞香の顔が浮かんだ。


 ……私と水篠くんが付き合ってるとか……どこを見てそう思ったのか。なんとなくとか雰囲気とか言っていたけど…… でももし知らないうちに周りが勘違いするような事をしていたら気をつけないと。

水篠くんに迷惑かけちゃうかもしれない。

 五十歳までの記憶がある事の真偽は置いておくとして、確かに自分で引っ込み知りなんて言うくらい、慣れない人と接する事は苦手みたいだし。

 私も人の事は言えないけど……


 でもとても優しくて、気遣い上手さんだ。恥ずかしくてうまく喋れない拙い私の言葉を、最後まで聞いてちゃんと向き合ってくれる。

 義父に無理やりマンションの中に入られた時も、泣きそうになってる私を見て、義父が帰るように仕向けてくれた。


 今までそんな人はいなかった。大体の人は私の話なんか最後まで聞かず、理解した気になって先に進めちゃうから。


 そんな穏やかで優しい水篠くんのそばにいると、とても安心できる。だからか、いつの間にかそれなりに話せるようになっていた。その流れでこれまではうまく話せなかった亜矢子さん達とも話せるようになっていた。


私と共通点が多いからか話しやすいと言ってくれる。こんな私にスマートに接してくれる。


 彼がいなかったら、私はまだ部屋に引きこもって誰とも会話できずに殻から出る事はなかっただろう。

 今が楽しいのは水篠くんのおかげ……


 そんな水篠くんと、付き合うなんて……迷惑しかかけないまろう。おこがましすぎる。

 優しい水篠くんは私の事を気遣うだろうし……


 考えれば考えるほど沈んでいってしまう。


 こんな時は何も考えずに水篠くんのおうちに行きたい。ソファに座って、何でもないお話をしたい。何かあった時でも彼の気遣いを受けるだけで嬉しくて嫌な事を忘れさせてくれるのに……。


「あ……」


 そこまで考えてわかった。きっと私は舞香さんに水篠くんをとられたような気になっていたんだ。舞香さんは私と違い、気軽に接してくれる。私にも、水篠くんにも……

 そんな舞香さんがいると、自分に構ってもらえなくなると思って、知らないうちに不機嫌になっていたんだ……


 ……私はなんて浅ましい人間なんだろう。それこそ私は水篠くんを独り占めできるような立場にないのに。自分に対する嫌悪感に押しつぶされそうになる。

おもわず冷水を出して顔を何度も洗う。少しでも浅ましい感情が流されるように…

◆◆ ◆◆


「涼葉ちゃん、体調悪い?」


結局考えをひきずったまま諒一の部屋にきた涼葉は、想像していた通りに気遣われてしまっていた。涼葉はそんな自分を恥じてうつむいてしまい、それがさらに諒一の心配を誘ってしまっていた。


諒一が心配そうな顔でうつむいている涼葉の顔をのぞきこんでくる。


「風邪っすか?顔が少し赤いっすよ?」


舞香も心配してそう言ってくるが、顔が赤いのは発熱のせいではない。


「い、いえ……大丈夫ですから。ほ、ほら舞香さんのお勉強見てあげないと」


ごまかすように涼葉は舞香のノートをのぞき、いくつか指摘をしている。諒一も涼葉も言われなくても予習や復習をできるタイプだ。涼葉は真面目な性格のため、諒一は大人になって後悔したためと動機は違うが……


ところが舞香は父親に軟禁されて学校に通わなかった期間、これ幸いと教科書を開くこともなかった。父親も舞香に勉強をしろなどとは言わなかった。

それだけに舞香の授業は大分さかのぼって習っている状態だ。諒一の部屋に揃って舞香のノートを見た瞬間から、まずは舞香が追いつくことが急務であると諒一も涼葉も判断したのである。


「ちょっと触るよ」


舞香の方を見ていた涼葉は諒一がそう言って急に手が伸びて来た事に固まってしまった。諒一は涼葉の額に手を置いている。

単に熱を測っているだけなのだが、今日の授業終わりからずっと変に意識してしまっている涼葉には衝撃が大きかったようである。


「熱は……ないな。って涼葉ちゃん⁉」


手を離した瞬間、涼葉は両手で顔を覆ってテーブルに伏せてしまった。一瞬で諒一には見えなかったが、顔の赤みは先ほどより深くなっていた。


「ははーん……」


その流れと、涼葉の様子を見ていた舞香は、楽しそうな笑みを浮かべながら何かを感じ取った。


「ちょ、大丈夫?え、どうしよう!」


具合が悪そうにも見える涼葉の様子に、諒一は分かりやすく慌てている。深く考えずに背中をさすったりして状況を悪化させている。


「ちょっといいすか、諒一先輩。」


そう言ってやってきた舞香は諒一と涼葉の間に座った。自然と諒一は後ろに下がる事になる。


「涼葉先輩。大丈夫っすか?一旦落ち着きましょう。なんなら諒一先輩は部屋の外に出てもらいます?」


「なんで⁉︎」


冗談っぽく言う舞香に、諒一は驚いて叫んで涼葉は顔を伏せたまま小さく首を振った。


舞香は涼葉の背中を優しく撫でながら顔を寄せて諒一に聞こえないように話しかけた。


「涼葉先輩、ジブンは人諒一先輩と涼葉先輩が仲良くしているところを見るのが大好きっす。いつも潤いをありがとうっす。ジブンは涼葉先輩を応援してますんで頑張ってくださいっす!」


涼葉は予想してなかった舞香の言葉に、顔を伏せたまま目を見張る。これまで二人きりだった所に入ってきて、すぐに涼葉より親し気に話すようになった舞香に、涼葉は分かりやすく嫉妬していた。本人は嫉妬とは思っていないものの、その対象である舞香にそんな事を言われ、安堵してしまった事にも驚いていた。


……私、は。水篠君のことが?


思ってもいなかった感情に涼葉はまた混乱するが、気持ちはいくらか落ち着いてきた。人を好きと言う温かい感情と人に嫉妬する醜い感情とでは使うエネルギーも違う。


幾分すっきりしてきた涼葉はようやく顔を上げた。落ち着いてきた証拠なのか顔の赤みもだいぶ引いている。


「もう大丈夫っすね!」


そう言ってにっこりと笑った舞香は自分の座っていた位置に戻り、涼葉の隣には諒一が戻ってきた。


「ほんとに大丈夫?」


心配そうに聞いてくる諒一を見て、涼葉は微笑んで頷く。まだまともに諒一の顔を見る事はできないが、こうしたやりとりをするくらいは問題ない。

前を見ると、舞香がいい笑顔で親指を立てている。


涼葉はそんな舞香に苦笑いを返す事しかできなかった。

 ……少し自分の心と向き合ってみよう。

 密かに涼葉は、そう決心するのだった。

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