22.三人目
その日の夜だった。夕食を終えてすこしリラックスしていたところにインターホンが鳴った。誰かと思い玄関に行くと……
「夜分ごめんね諒一君。悪いかなとは思ったんだけど、今日から部屋に入る事になったから挨拶だけでもって思ったのよ」
まぁまだ8時くらいだから、そこまで遅いと言うわけではないが……
にこにことしながらそう話す亜矢子の後ろには涼葉の姿もあり、諒一と目が合うと声を出さずに「ごめんなさい」と伝えてきた。
どうせ涼葉も被害者なのだろう。気にしないでと伝え、涼葉の隣に目をやると、見たことがない女の子が立っている。
「ちょっと諒一君?女の子を三人も玄関先に立たせておくつもり?」
腰に手を当てて亜矢子が頬を膨らませて言う。実年齢は聞いたことがないけど女の子というには、すこし図々しいんじゃないだろうか……と思ったが、すぐに心の奥に沈めこんだ。うかつに口にすれば血を見ることになりかねない。
「……いろいろ突っ込みどころはありますが……どうぞ」
そう言って中に入るように諒一が体をずらす。
「悪いわね、お邪魔しまーす。ほらほら行くわよ二人とも」
亜矢子は本当に遠慮なく靴をぬいでリビングの方に歩いて行った。女の子の手を引いて。
「ごめんなさい水篠君。日をあらためたほうがいいって言ったんですけど……」
涼葉にすまなそうに言われては、諒一は何も言えない。涼葉のせいでもない。止めようとしてくれた事に感謝するべきだろう。
「いや、まあ亜矢子さんを止めるのは総一郎さんがいないと難しいよな」
苦笑いしながらそう言って、涼葉もあがるようにうながした。
「何してたの?二人で」
リビングに入ると亜矢子ともう一人の女の子はテーブルの前に座っている。亜矢子などは後ろ手をついてリラックスさえしているようだ。
「いや、借りている身分とはいえ、今は俺の部屋ですからね。あまり男の部屋でくつろぐのはどうか思いますけど」
「ん?」
精一杯の皮肉を口にした諒一を亜矢子は笑顔で封殺する。
何も言えなくなった諒一は仕方なく飲み物を準備するためにキッチンに行った。冷蔵庫を開けるとオレンジジュースがちょうど人数分くらい残っている。
コーヒーを入れようかとも思ったが、これでいいかと諒一が戸棚からコップを出そうとする。
「すいません水篠くん。手伝います」
そう言いながら涼葉がもうコップを人数分用意していた。
「ああ、ありがと。入れるから持って行ってくれる?」
ありがたく受け入れてそう言うと涼葉はにっこりと笑ってお盆を準備した。ちょうど残っていた分でいい感じに人数分準備できたので、涼葉が持つお盆にコップを乗せていると、こっちを見る視線に気づいた。
「……なんすか」
思わず憮然として、そう言ってしまうくらいニマニマとした笑みを浮かべた亜矢子がいた。
「ねぇねぇ、なんかさ。涼葉ちゃんやけに馴染んでない?」
絡みつくように亜矢子がそう言うと、たちまち涼葉の頬に朱がさしてくる。
「た、たまに一緒にお勉強したりします、から」
「あら!それって何のお勉強かしら?」
「酔っ払いですか!」
酒の入ったおっさんみたいな事を言い出した亜矢子に、思わず諒一は突っ込んだ。
「ふふふ」
まったく堪えた様子のない亜矢子は、ニコニコと涼葉を見ている。
「ごめんね、つい嬉しくなっちゃって。涼葉ちゃんがそうして前向きになってくれて、ついからかっちゃったわ」
諒一の時はからかう様な目つきだったりするが、亜矢子の涼葉を見る時の目つきは本当に柔らかい。とても慈しんでいるんだなとこれでもかと伝えてくる。
照れているので、誰にも目を合わせないようにしてそれぞれの前にコップを置いた涼葉は、自分も座って初めて亜矢子の方を見ると、ますます赤みが広がっていき……
「そんな見ないでくださいぃ……」
とうとう持っていたお盆で顔を隠してしまった。
「か、かわいい……」
諒一も座ろうとしていると、突然聞き慣れない声でそう聞こえてきた。
「え……」
その声の方に目をやると、やや幼さが残ったような顔つきの女の子が呆然として涼葉を見ている。
「え?」
お盆から目だけ覗かせた涼葉も思わずと言った感じで声を出していた。
諒一と涼葉、二人から見られて、ハッと我に帰ったように、その女の子は慌てて言った。
「す、すいません!年上に対してかわいいは失礼ですね。申し訳ないです」
そう言って頭を下げると居住まいを正して綺麗な姿勢で諒一達を見る。
「じゃあ、みんな揃った事だし……自己紹介しましょうか」
両手を合わせてニコニコと亜矢子が言う。ただ、諒一として自分の部屋が顔合わせの場になっているようで、そこは一言言いたいところだ。
微妙な顔をして諒一が、慣れていないためにおどおどしながら涼葉がそれぞれ名乗った。
それを聞いて、ニッコリと笑った女の子が自己紹介を始める。
「丁寧にありがとうございます。アタ……私は諏訪崎 舞香と言います。お二人からしたら一学年下になるっすけど、どうかかわいがってくださいっす」
「は、はあ……」
主に涼葉に向けて名乗った諏訪崎だったが、自己紹介も全部言い切らないうちに砕けていった言葉に、涼葉がびっくりしている。
「いやー、こんな素敵な先輩と一緒に生活できるなんてラッキーです。是非ともお近づきになりたいっす!」
諏訪崎はそんな涼葉の様子も目に入らないようで、上機嫌で亜矢子に話しかけている。亜矢子は亜矢子で、「そうでしょ!少しおとなしいけど優しくて素敵な子なんだから」なんて言いながら二人で盛り上がっている。
「……え?」
どう反応したらいいのかわからなくなった涼葉が諒一に助けを求めるような顔をしてくるのも無理はないだろう。
まさかこういうタイプの子が入ってくるとは想像もしていなかったので、諒一も困惑しているのだから。
「それじゃあお部屋に行きましょうか舞香ちゃん。二人とも後輩になるんだからいろいろ教えてあげてね?」
今日は顔合わせだけのつもりだったようで、亜矢子は諏訪崎を促して立ち上がった。
諏訪崎は「色々教えてくださいっす!手始めに涼葉先輩の連絡先など……」と、いきなり涼葉から連絡先を引き出そうとしていたが、さすがに亜矢子から「それは、おいおいね」と嗜められていた。
部屋を出る間にもワイワイと喋りながら部屋を出て行った亜矢子と諏訪先が玄関のドアを閉めた瞬間、シーンと静寂が訪れる。
「な、なんていうか……個性的な子、でしたね」
いまだに飲み込みきれていないのか、少しポカンとしながら涼葉がマイルドに評する。
「個性的っていうか……勢いのある子だったなぁ……」
諒一もまだ唖然としていて、呆れたように言うのだった。
「っていうか、私普通に置いていかれたんですけど」
我に帰った涼葉が少し頬を膨らませて諒一を見る。
「い、いや。俺に言われても……こ、コーヒーでも飲む?」
諒一に文句を言うのは筋違いだと分かっているのだが、納得はできないようで、少し不機嫌そうに見せながら「……頂きます」と言った。
「はい、どうぞ」
少し甘めに仕上げたコーヒーを涼葉の前に置く。
「いい匂い……」
目を閉じてコーヒーの香りを堪能している涼葉を見て、一安心する。
もともとこの部屋にはいろんな物が準備してあった。インスタントコーヒーなんかもあったので、初めて会った日にもコーヒーを入れた気もする。
たた、その日と比べるとだいぶ変わったなと諒一はしみじみ思っていた。ここに来て、まだそれほど時間は経っていないが、感慨深く思いながら自分の分のコーヒーを入れるのだった。




