20.一回目の面談
面談の終わりを告げられ、諒一は肩を落としながらエレベーターに乗った。
七階を押して、力無く壁に背中を預けた。
自分の反応がそれぐらいショックだったのだ。理由らしい理由もなく学校に行きたくなかった当時の事は思い出せる。
何で行かないのかといろんな人から何度も聞かれたが一度たりとまともな答えを返した事はない。
逆に言えばさしたる理由がないから復学もそう難しくないだろうと深く考えなかった。少し自分というものを見つめ直さないといかないのかもしれない。
そこまで考えた時、ちょうど七階に着いたエレベーターの扉が開いた。
やや俯いてエレベーターを降りて部屋に向かっていると、ふと気づいた。涼葉の部屋の前に誰か立っているようなのだ。
「あ、れ?どうしたの涼葉ちゃん」
顔を上げた諒一が見たものは、自分の部屋の玄関ドアに背中を預け、寄りかかるようにして立っている涼葉の姿だった。
諒一の声に弾かれたように顔を上げた涼葉の様子から、諒一に何か用事があったのだろうとは予想がついた。
ただ、その表情を見て諒一は言葉に詰まった。
そこに立って、諒一を見る涼葉の顔は寂しげで、まるで置いて行かれた子供のような印象がある。
諒一の姿を見てから、何か聞きたいがうまく聞けないのか、何か言おうとして止めるを繰り返している。
その寂しそうな、置いて行かれたような顔を見て、涼葉が何を聞きたいが何となくわかった。なぜ聞けないのかも……
「……あの」
やっとそれだけ絞り出した涼葉は口をつぐんだ。多分涼葉は諒一が何と答えたのかが知りたいのだ。
涼葉も諒一の事を仲間みたいに思っている節があったから、一人残されると考えれば心穏やかにはいられなかったんだろう。こうして、諒一が戻ってくるのを玄関で待つくらいには……
諒一は空を見上げた。もうすぐ八月になるが少し前から暑さは本格的になっている。いくら日陰になっているとはいえ、こんな所で立っているのは暑かっただろう。
熱中症にでもなられても困る。そう思って、諒一は涼葉が何か言うのを待たずに自分から声をかけた。
「涼葉ちゃん、取り敢えずうちに来ない?麦茶冷やしてあるし、何か話……したいんでしょ?」
諒一がそう言うと、涼葉は何度か口を開いては閉じを繰り返し、しばらくして頷いた。
「ほら、行こ?暑かったでしょ……」
そう言うと涼葉は元気がない様子で微笑んだ。
本当はいけないんだろうが、涼葉はまだ復学しない事を諒一は聞いている。
ショックを受けていると誤解した亜矢子が口を滑らせたのだが……
同じような境遇の諒一が、もし復学する事を決心していたら、一人取り残されたような気持ちになっていたのかもしれない。
鍵を開け、先に中に入ると荷物を置いてリビングの窓を開けて風を入れると同時に、エアコンのスイッチを入れる。
そして玄関に戻ると、黙って立っている涼葉に中に入るように言うのだった。
俯いてソファに腰掛けている涼葉の前に氷を入れた麦茶を置く。エアコンから冷風が出ているのを確認して窓を閉めると、諒一も自分の分の麦茶を持ってソファに座った。
チビチビと麦茶を飲んでいた涼葉が、何か言いたげな視線を向けるのがわかった。
それでも聞く事が怖いのか、躊躇している様子の涼葉を見て、諒一の方から話す事にした。
「ね、亜矢子さん達との面談。どうだった?」
いきなり核心をつくのも躊躇われて、少し遠回りする。それでも涼葉はあからさまに動揺している様子だ。
「あ、その……どう、とは?」
「いつから学校に行くか?とか……聞かれなかった?」
諒一がそう言うと、涼葉の肩がわかりやすく跳ねた。視線は落ち着きなく動き、動揺の程を表している。
そして、涼葉が諒一の選択を気にしている事も……
「俺も聞かれたんだ。でも情けないんだけど、いざ行くってなったら喋れなくなっちゃって……まだ無理ってなった」
先に言ってしまえば、話しやすくなるかもと思ってそう言ったのだが、涼葉はそれを聞いて複雑な表情をしていた。
そして、黙って言葉を待つ諒一と目が合うと……
「え⁉︎涼葉ちゃん?」
その目からポロポロと涙を流して、泣き出してしまった……
「ご、めんなさ、い……」
「うん、だいじょぶ?」
とりあえず綺麗なタオルを渡して、落ち着くのを黙って待っていたのだが、タオルで顔を隠した彼女は数分で顔を上げた。
まだ目が真っ赤になっているが、少しでも落ち着いてくれればと思って入れたココアを勧める。
「ありがとう、ございます」
正直、涼葉が泣き出すとは考えていなかったので、諒一も動揺している。
先に諒一が言えば涼葉も話しやすいと思ったからなのだが、それが何か間違いだったのか?と心の中で自問自答している。
「ごめんなさい、いきなり……泣き出して」
ものすごく申し訳なさそうに小さくなっている涼葉が、消え入りそうな声でそう言った。
「いや、いいんだけど……どうかした?」
心配して聞くと、涼葉はますます俯いてしまう。困っていると、しばらくして涼葉は話し出した。
「あの……私も、学校に行くの、まだ怖くて……今はまだって……」
「うん。」
「それで……その後で、その……怖くなって。その……また一人になる、のが。水篠くんは、行くって……思ったから」
どうやら、涼葉から見た諒一は、もう学校に行くものだと思っていたらしい。
でも、それは……まだ行かないって言ったわけだし。
「ごめんなさい。……水篠くんが行かないって、言ったとき……私、ホッとしたんです。……まだ行けないって事は、水篠君もつらいって、事なのに……そう考えたら……涙が。私がいけないのに……ごめんなさい」
そう言うと涼葉はまだ両手で顔を覆って俯いた。
学校に行けないという事は、まだ問題が解決してなくてつらいはずなのに、それを望むような自分が許せないのと、諒一に対して悪い。そう考えてしまった。という事か……
涙のわけがわかって少し安心したけど、それと同時にこの子はとても優しい子なんだなと思ってしまった。
ホッとしたというのはわからなくもない。誰だって置いて行かれたくはないだろうし。
でもそんな事は言わなければわからないのに……
でも、涼葉はそれが許せなくて、諒一に悪くて泣いてしまった、と。
優しくて真面目な子なんだなとあらためて思った。
「いや、分かるよ。置いていかれるのつらいもんね。学校行くときは、一緒に行きたいよね?」
何気なくそう言ってしまい、二人の間に無言の時が流れた。
少しして諒一は自分が何を言ったか気付いた。違う、一緒に行きたいんじゃなく、置いていかれたくないんだ。
諒一の頭の中で勘違い野郎の自分が、「俺と一緒に行きたいんだろ?」と言ってる姿が浮かぶ。
思わず羞恥に悶える。そうじゃないって言わないと……。
「よかった……」
どうやって言い訳をしようかと考えていた諒一に、小さく涼葉の声が聞こえた。
「え?」
「ごめんなさい……水篠くんに迷惑ばかりかけて。でも、その……一緒に行けたら安心っていうか、それなら頑張れるかな……って思ったというか……」
意外にも涼葉は一緒にを肯定していた。ただそれは一緒だと、一人よりも心強いからと、そういう意味だったが。
「その……無理して合わせなくても、いいです……から。も、もし一緒に行けるならお願いしても……いいです、か?」
不安そう表情で、諒一を見て涼葉はそう言った。
「……もちろんだよ。でもそれは俺も同じだからね?涼葉ちゃんが一緒ならきっと心強いし、何より頑張ろうって思えるかな、と……」
諒一がそう言うと、涼葉は意外そうな顔をしていた。
「……すか?」
「ん?」
「その……私も水篠くんの力になれてますか?」
そう言いながらも涼葉の瞳は不安そうに揺れていた。
その姿が、とても弱々しく見えて……思わず諒一は涼葉の頭に手を伸ばしていた。
「逆になんで力になれてないとか思えるの?めちゃくちゃ俺の心を支えてくれているって言うか……その、涼葉ちゃんがいるから、俺も頑張れているってところはかなりあるんだよ?ほら、俺たち引っ込み知り同士じゃない?」
そう言って笑いかけると、ようやく涼葉もにも笑みが浮かんだ。
「ホントです?」
「嘘ついてどーすんの。俺一人だったら、いまみたいに頑張れてないよ?自信ある」
くすっと涼葉が笑う。
「そこで自信持っちゃだめじゃないですか……」
「でも、ほんとのことだからさぁ……」
「よかった……」
この間ずっと、諒一は涼葉の頭を撫で続けていたが、最後までその手が払われる事はなかった……。




