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17.親近感

「お詫びはチャーハンでいいです」


涼葉がどういうつもりであんなことを言ったもか諒一には分からないが、食べに来るというので諒一はさっき買って来た買い物袋をひっくり返す。

パックのご飯三つセットの物が一つ、チャーハンの素とベーコンと玉ねぎ。卵、それから涼葉が入れた野菜サラダ。


「これ大丈夫か?人に食べさせられる物が作れるか?」


急に不安になる。お詫びに出すんだからそれなりの物を出したいところだ。もう一度何か買い出しにいくか?

などと、うじうじ悩んでいるうちに玄関のチャイムが鳴った。


「い、いらっしゃい」


とりあえず出迎えにいくと、どこか落ち着きなさげに涼葉が立っていた。


「おじゃま、します」


いかん、緊張する。造りは同じだと思うのだが涼葉は周りをきょろきょろと見ている。


「あの……あんま見られると恥ずかしいから」


そう言うと涼葉も顔を赤くしてしまった。そして取り繕うようにキッチンに向かう。


「あ……まだ、作ってない?」


「ごめん。なんかうまく作れる自信がなくなって……自分が食べるものなら気にしないんだけど、これを人が食べるって思ったら色々考えちゃって……」


諒一が慌てた様子でそう言うと、涼葉は少しぽかんとすると安心したように微笑んだ。


「いや、笑うなよ。真面目に悩んじゃったんだから」


「なんか、安心しました」


「え?」


諒一が首をかしげるとにこりと笑った涼葉は諒一の肩を押してキッチンに入ってきた。


「私も、手伝いますから……ほら作りましょ?おなか減っちゃいました」


どことなく嬉しそうな様子でそう言われると何も言えなくなる。


「あ、ほら。たまねぎはこの場合こう切るのがいいですよ」


「ほら、塩コショウ忘れてますよ?」


肩を並べて料理を作ることになり、恥ずかしくもあったが……この日作ったチャーハンはめちゃくちゃうまかった。




「水篠くん、他には何を作れるんですか?」


心地よい満足感に包まれて食器を洗っていると、涼葉がそんな事を聞いてきた。んー、としばらく考えた後諒一は口を開いた。


「他に料理という料理はないなぁ。しいて言えば卵焼き?あ、多分市販のルー使えばカレーくらいはなんとなく作れると思う。俺さ、小さいころから食べ物に興味なくて……家にもあまり食べるものなかったし……作ってくれる人もいなかったし……」


小さい頃を思い出しながら淡々と言うと、涼葉はしまった、という顔をしていた。


「あ、あの……ごめん、なさい」


「あ、いや!いいって俺は気にしてない。」


両手を振ってそう言うが、涼葉の表情は晴れない。もう少しぼかして言えばよかったな、と諒一が後悔していると、涼葉の顔がぐいっと近づいてくる。


「わあ!ちょ、いきなり」


「……水篠くん。私に話すの嫌、ですか?」


「え?」


「なんか……そんな感じがしました」


鋭いな。そう思って思わず苦笑いを浮かべる。


「その……プライベートなことなので、全部話せなんて言いませんけど……話して水篠くんが楽になる、ような事なら話してほしいです。聞きたいです」


食器を洗いながら、こっちを見ないようにしながら言う涼葉は耳まで赤くなっている。はずかしいだろうに、そんな事を言ってくれる涼葉を見ていると、諒一の心の中にもぽかりと暖かいものが生まれた気がする。


「ありがと……うん、相談する。何かあったら涼葉ちゃんも言ってね?」


諒一がそう言うと涼葉はようやく顔を上げ、嬉しそうな顔で頷いた。



 

◆◆◆◆



 

「あっ……問題集」


ある日自主学習のために、勉強用具を広げた諒一は、数学の問題集を買わないといけなかった事を忘れていた事に気付いた。

あじさいでは亜矢子や総一郎が勉強を教えてくれはするが、二人とも仕事の合間に教えてくれているので、どうしても時間は限られてしまう。

学校では当然、毎日授業が行われているので、遅れないためには自主学習は必須なのだ。


涼葉は勉強は嫌いではないらしく、率先して机に向かっているみたいだ。諒一の一回目の学生の時は勉強なんてろくにしていなかったし、習ってもいないので成績は惨憺たる有様だった。

その後社会に出て働いているうちに、勉強くらいちゃんとしておけばよかったな、と思う事がたびたびあったので機会を得られた今、勉強する事を苦に感じていない。むしろ、以前はまったくだめだった数学や英語を基礎からちゃんと勉強する事である程度理解することができた時、すごく達成感を感じたりする。


なので、亜矢子たちの授業で実際学校で学習しているところの基礎を習い、自主学習で問題集などを使って繰り返してしっかり身に着けるという方法をとっている。


「買いに行かないとなぁ」


確か最寄りの本屋に置いてあったはずだ。諒一は手早く出かける準備をして家を出た。施錠して、エレベーターの下に降りるボタンを押して待っていると、玄関のドアが開く音がした。


何気なく振り返ると、玄関から出ようとしている涼葉と目が合う。


「あ、水篠、くんもおでかけですか?」


鍵を閉めながら涼葉は諒一に声をかける。お互いに結構な引っ込み知りではあるのだが、それぞれの父親からのトラブルに巻き込まれたりしてから、なんとなく話しやすくなった気がしていた。

お互いに引っ込み知り同士で、環境も似通っている事が親近感や連帯感を感じているのかもしれない。

諒一も涼葉も、知り合ってそれほど時間もたってないうちから、一緒に食事をしたり料理を作ったりするなど、本来ならありえないことなのだ。


「うん。ちょっと本屋に。涼葉ちゃんも……おでかけ?」


そう聞くと涼葉は薄く微笑んで頷いた。そして諒一の隣に並んでエレベーターを待つ。少し動けば触れそうな距離に女の子が立っている。それだけで諒一は緊張している。なにやらいい匂いが漂ってくるし、そもそも涼葉はかなりの美少女だ。


気まずい無言が少し続いて、エレベーターが到着した音がすると少しホッとしてしまう。ドアが開き、降りる人もいなかったので、諒一はドアの所に腕を置いて涼葉を促した。


「え……。あ、ありがと」


ドアが閉まらないようにして先を譲る諒一に、涼葉は少し落ち着かない様子でエレベーターに乗った。そして自分も乗ると「一階でいい?」と涼葉に聞く。

涼葉が頷くのを見て、一階のボタンを押した。


何気なくそういった事ができるのは前の時の知識と経験があるからだ。本来の諒一なら涼葉が部屋から出てきても、声をかけるところか目も合わせないようにして、そそくさと離れて行っただろう。


一階に降りていくエレベーターの中で、涼葉がじっと自分の顔を見ている事に気付いた諒一は少し恥ずかしそうにしながらどうして見ているのかと聞く。


「……水篠くんは、人み、引っ込み知りなのに。割とスマートにそういった事できるんですね」


そう言われ、諒一は自分のしたことを顧みて、なんだか恥ずかしくなってくる。そうしているうちにエレベーターは一階について、今度は涼葉が同じことをして見せた。すこしいたずらっぽい表情で。


余計に恥ずかしくなった諒一はうつむき気味に、足早にエレベーターを降りてそのままエントランスを抜けた。

ここから最寄りの本屋は三十分くらい歩く。

そう言えば涼葉はどこに行くんだろうと思い、立ち止まると涼葉はすぐ後ろでなぜ止まったのか?という顔をしている。


「あ、えと……涼葉ちゃんはどこに行くんだろうって……思って」


「あ、私は……私も本屋さんに用事がありまして」


さっき本屋に行くと諒一が言った時には何の反応もなかったのに。取って付けたような言い方に引っかかったけど、諒一がどうこう言う事でもない。


「そっか……」


とだけ返して歩き出した。ほんのちょっとだけ、目的地が一緒だったことを嬉しく思っている気持ちを隠して……


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