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16.父親

パシンと音がした。


諒一の頭には何の痛みもなかったが、叩かれるよりももっと大きい衝撃が襲い掛かっていた。諒一の頭に向かって振り上げた手が降ろされる瞬間、涼葉が諒一の手を掴み引っ張った。

小柄な涼葉が引っ張ったことで、諒一と入れ替わるようになってしまい……諒の手は涼葉の後頭部を叩いた。


「何やってんだ!」


思わず涼葉の肩を掴んで引き寄せて諒一は怒鳴った。よく知りもしない人の頭を、よりによって自分の親が叩いたのだ。そこまで痛みはないだろうが、諒一としては申し訳なくてたまらなくなる。


「お前、お父さんよりその「うるさい!!」」


まだ何かを言おうとしている父親の言葉を遮るように言葉を叩きつければ、諒は舌打ちを一つする。さすがにまわりの視線が気になりだしたのか、チラチラと周りを見て吐き捨てるように言った。


「あんまり無駄遣いしないで貯めておけよ!お前もお父さんに親孝行くらいしてみろ!」


よくそんな事が言えるな、というような事を言い残して歩き去った。叩いてしまった女の子に謝罪の一つもせず、言いたいことだけ言って……周りの目を気にして逃げるように帰って行った父親が堪らなく情けなくなって……諒一の目に涙が浮かぶ。


「……涼葉ちゃん。その、ごめん。ほんとに……ごめんね」


言葉を詰まらせながら諒一が謝罪をすると、涼葉は目を丸くしたまま「……びっくり、した」とだけ言って笑った。


「痛く、なかった、です。だいじょぶ」


 そう言って、ポケットからハンカチを出して、諒一の涙をぬぐってくれる。

 

「それでも……」


申し訳なさそうにする諒一の目をしっかりと見た涼葉は、黙って首を振った。


「水篠くんが叩かれるのは……なんか嫌、だった。前に、助けてくれた……から」


おあいこです。と涼葉はふんわりと笑った。


 


◆◆◆◆


 


「ふうん、そんな事が……」


難しい顔をして、亜矢子が唸るように言った。

ショックの抜けきらない諒一を涼葉が引っ張るようにしてあじさいまで戻ってきた所で亜矢子にばったり会った。


ラウンジのこの前と同じ場所に位置取ると、なにやら張り切ったように涼葉が諒一に起きたことを亜矢子に言って聞かせた。


「実はね、一昨日市役所でもひと悶着あったらしいのよ」


言いにくそうに、でもどこか呆れたように亜矢子は話した。


「一昨日、つまり諒一君たちの生活費の支給日ね。支給日は君たち以外には知らされていないはずなんだけど、諒一君のお父さんがどこから聞きつけたのか、いきなり市役所にやってきてね、息子の生活費を代わりに受け取りに来た。息子から頼まれてきた。自分が代わりに息子に届けてやる。なんて言い張って諒一くんに支給される生活費を出せって……」


「はあ?市役所までですか……しかも、よく市役所に顔出せたな、あの人」


手のひらで顔を覆いながら嘆く。


「諒一君が気に病むことはないわ。親がしたことを息子である諒一くんが背負う事はないのよ?逆に子がしてしまった事を親が背負うのは当たり前というか、当然なんだけど……あなた達も大変よねぇ」


思わずといった様子で諒一と涼葉を見て、亜矢子は大きくため息をついた。結局市役所では最後に出てきた国分さんがこっぴどく叱り付けて追い返したらしい。

まあ、それで懲りもせず諒一に直接突撃してきたんだから、感心するべきなのか呆れるべきなのか……


「とにかくもう少し警戒しないといけないわね。あなた達も出かけるときには十分に気をつけてね?あなた達にこんなこと言うのも悪いけど、ああいう人って追い詰められたら考えられないような事しちゃうから」


そう言う亜矢子は本気で心配そうに二人を見ている。それを見ているだけでささくれ立っていた心が幾分落ち着いていくのがよくわかった。


仕事が残っていて忙しいという亜矢子と別れ、諒一たちは自室のある七階まで上がってきた。特に何も言わないまま歩いて諒一の部屋の前まで来たところで、諒一は涼葉に声をかけた。


「今日は本当にごめんね?人の頭を叩くなんて……」


そこまで言った時、つい叩かれた所に目が行ってしまい気が付いた。諒が叩いたところが髪が乱れている。きれいな長い黒髪はまっすぐ後ろに流されてきちんと整っている。涼葉は何も言わないが、大事に手入れしているからこそこのきれいさを保っているのだろうと想像できる。それだけに我が親がつけた少しの乱れが許せなくて、無意識のうちに諒一は手を伸ばしていた。


急に話を止めた諒一にどうしたのかと涼葉が顔を向けた瞬間だった。

少しだけ乱れて一部跳ねてしまっている髪を手櫛で整える。


手触りもつやもいい。きっとお手入れも大変なんだろうなぁ。と妙な感慨を抱いていると、真っ赤な顔をした涼葉と目が合った。

どうしたの?と聞こうとして、自分の行動を理解して一気に顔がほてってくる。


「ご、ごめん!少し乱れていたからうちの親のせいだと思ってつい……反省してる、もうしないから!」


慌てて手を離して、両手で拝むようにして謝った。


しばらく顔を赤らめたまま、諒一を見ていた涼葉は小さく何かつぶやいて自分の部屋に戻ろうとして止まる。そして諒一を振り返るとにっこり笑って言った。


「お詫びはチャーハンでいいです」と。


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