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12. 父親

自立支援団体あじさいの施設というか、マンションで生活するようになって一か月ほどが過ぎた。元々の学区から離れているので学校も転校という事になり、一からスタートを切れるのだが、まだ学校には行くことができていなかった。

本人にもどうにもできないほどの強い拒否反応を体が示す。なんなら本当に頭が痛くなってきたり、驚いたことに熱まで出る。


亜矢子が言うにはそういう事もあるそうなのだが、そこまでかと自分で思ってしまう。


学校に行かずに何をしているかというと、一応授業を受けている。なんと空閑夫妻は二人とも中学校の教諭の資格を持っているそうで、国語は総一郎、英語と数学は亜矢子が教えてくれる。マンションの四階、あじさいの事務所があるフロアには教室として使用できる部屋があってそこで教えてもらっているのだ。


国語は問題なかったし、英語も数学も理解度に応じた授業をしてくれるのでとても分かりやすかった。


「あら、もうこんな時間。今日の数学の授業はここまでね。じゃあ十五分休憩」


そう言うと亜矢子は颯爽と教室代わりの部屋を出て行った。諒一は一つ背伸びをして数学の教科書とノートをカバンに入れて、次の授業である英語の教科書とノートを取り出す。

教科書もノートや筆箱などの学用品なども支給されたものだ。使いたいものとかこだわりがあるなら生活費で買ってもいいのよ?と亜矢子は言ってくれたが、今の所特にこだわりはないので支給されたものを使っている。

紺色のよく見る一般的な筆箱と教科ごとのノートは今までなかったので、なんとなくうれしくなってくる。


これまで住んでいた所は付近に文房具を変えるお店はなかったので、必要な時には父親に言って買ってきてもらう事になるのだが、これがまともに買って来たためしがない。必ず二~三回は忘れた!と言うのだ。

しかもこういう風な物が必要と伝えてもその通りに買ってきてくれた試しはない。いっそ自分で買いに行ければいいのだが、当時住んでいた所はは電車で五駅くらい行かないと売ってあるお店がなかった。田舎で五駅というのはまあまあ遠い。引っ込み知りが一人で行くには抵抗があるレベルだ。


それがここでは学業に必要な物は支給される。ありがたいが同時に申し訳なくなる、どうしても自分なんかにという思いをしていまう。

必要な物なのに遠慮して言わないと亜矢子に怒られるので、過不足なく揃えてもらっている。


普通親元を離されこういった施設で暮らしているといったらあまりいいイメージをもたれないだろうが実際の所はこっちのほうがよほどまともな暮らしができるのだから笑えてしまう。


そんな事を考えながら次の授業の準備をしていると、となりからぽとりと何かが落ちた。消しゴムだ。諒一が今使っている物と同じ物。隣を見ると涼葉がバッグから教科書出した所だった。諒一は消しゴムを拾って涼葉の机の上に置いてやる。机の上には諒一とは色違いの筆箱があるので、涼葉も支給されたものを普通に使っているんだろう。


「あり、がと」


小さな声でお礼を言われたので微笑み返して返事にした。それと同時に亜矢子が部屋に入ってきたので真面目に授業をうける姿勢をつくる。大人になって諒一が思ったのは学校で教えてくれる授業くらいまともに勉強しておけばよかったなという事だった。子供の頃に周りの大人に散々言われた事ではあるが、当時はそう思えなかったが大人になって初めて理解できた。ほとんどの人がその時にならないと実感できない事だと思う。

だからこうしてやり直しの機会を与えられた以上、それなりに真面目にやるつもりなのだ。




いつものように亜矢子の授業を受け、多めの課題をやっていると喉が渇いたので飲み物を買いに行こうと思った諒一はスマホと財布だけを手にして部屋を出た。

エレベーターを使って一階まで降りた諒一はラウンジの方に行こうとして思わず足を止めた。


「あれ、卯月さんと……」


ラウンジに置いてあるソファの一つ。少し奥まった場所に涼葉が腰かけているのが見えた。その涼葉とテーブルを挟んで向かい合う形で男性の姿も見える。おもわず足を止めて隠れるような事をしてしまったのは、涼葉の様子がおかしかったからだ。


(あきらかに嫌がっているよな、あれ……)


顔色一つで何を考えているか分かるほど涼葉とは親しくなっていない。友達と称していいか微妙なくらいなのだから。それでもはっきりと分かるくらい涼葉の表情には嫌悪感が見える。おそらく目の前に座る男性に向けての物だろう。あじさいにお世話になっているくらいなのだから涼葉も家庭に何かしら問題があるんだろうなとは諒一も察していた。ただそれを聞くほど親しくないし変に触れて傷つけるのも嫌なので聞いたことはない。


「なあ、涼葉……そろそろいいだろ?いつまでお父さんを一人にするつもりだ?」


(やっぱり父親か)


まだ涼葉は諒一の事を気付いていない。プライバシーにかかわる事だから本当ならさっさと立ち去るか、少し戻ってわざと足音を立てるなりして接近を知らせたうえでさっさと飲み物を買って戻るというのが正解だと分かっている。


しかし涼葉の表情を先に見てしまった事で諒一はそのどちらもできなくなってしまった。

恐らく面会の申し入れをして会っているんだろうが、涼葉の顔を見る限り望んでいない、それどころか嫌がっている事がはっきりとわかる。あそこまで涼葉が嫌がっているのに、二人きりで面会とか亜矢子がよく許可を出したなと思う。

亜矢子は諒一たちをまるで我が子のように心配してくれているから嫌がっているならシャットアウトしそうだが……


気になってしまい、立ち去る事も出来ずに見ていると父親らしき男性がおもむろに立ち上がった。帰るのかと少しほっとしていると違った。なんと涼葉の隣に座ったのだ。

急に距離を詰められた涼葉の顔が蒼白になり、離れようとしているが父親は涼葉の肩を抱いて離れさせない。しかも、諒一から見てあの父親の涼葉に対する態度が親子の信愛や情というものからかけ離れたものに見えてしょうがないのだ。父親らしき男性からの表情からは邪な感情ともいえるものが窺える。


あからさまに嫌がっているのに父親は涼葉の頬に触れたりしてにやにやとしている。それを見ていると頭の中がカッと熱くなるような不思議な感覚を感じた。

あれはおかしい……そう考えた諒一は少し離れスマホで亜矢子に電話を掛けた。確か今日は市役所の方に夫婦で行ってると言っていたが……


数コールで亜矢子は電話を取ってくれて明るい声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。電話をとれる環境にいてくれたことにホッとした。


「もしもし?諒一君が電話をかけてくるなんてめずらしいわね。もしかして私の声がききたかったのかしら」


うふふ、と電話口で少しうれしそうな声を出しているがそれどころではない。


「すいません亜矢子さん。プライベートな事だとは思うんですけどお叱りは後で受けますので聞いてください。あの、卯月さんが今日父親と面会するって予定、あったんですか?」


諒一がそうたずねるとあからさまに亜矢子の声のトーンが下がった。


「いいえ、今日どころか問題が解決しない限り一切面会は拒否しているわよ。もしかして……」


「はい、今一階のエレベーターの所にいるんですが、自販機に行こうとしたらラウンジに卯月さんと男性の人がいて……プライベートな事だからジュースだけ買って立ち去ろうと思ったんですが、卯月さんの様子がおかしくて気になったから」


電話の向こうで舌打ちみたいな音が聞こえた気がした。基本的に上品な立ち振る舞いの亜矢子が舌打ちなんかするはずないので気のせいだろう。


「そう……きっと涼葉ちゃんを捕まえてむりやり入ってきたのね。すぐに帰るから!教えてくれてありがとう諒一君!」


それだけ言って亜矢子は通話を切った。あの口調から急いで帰って来ることは想像できるが……市役所からここまで車で三十分はかかる。その間涼葉はあんな顔をするほど嫌な思いをしないといけないと考えるとこのまま放っておけない気持ちがある。

 前の記憶がない諒一だったら、気にはしても黙って立ち去っただろう。諒一の引っ込み知り伊達ではない。

 しかし、今ここにいる諒一はそれまでとは違いそれなりに社会を経験している。現在の諒一の精神にだいぶ引っ張られている自覚はあるが、今の涼葉を見て黙って立ち去る事はできないくらいの気概はあった。


諒一はぐっと歯を食いしばるとラウンジに向かって歩き出した。

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