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124.諒一の運転

 運転席に乗り込んだ諒一は、かつて運転していた時より、丁寧にミラーや座席を調整した。


「……仕事で軽トラとかダンプで操作は慣れてたけど……中学生の体になってる事と、入院から今までのブランクがネック、かな?」


 そう独り言を言いながらペダルの感覚を確かめる。ふと気づくと、飲み物の自動販売機の隣で飲み物の缶を握る涼葉の表情は期待と不安が半々といったところか。飲み物を飲む事も忘れたようにこちらをじっと見つめている。


「ま、普通は中学生が運転できるなんて信じないし、運転させる事もないよな。いくらここが私有地だっていっても……」


 そう言いながら周りを見る。もう薄暗くなり始めた視界で見えるのは、木々に覆われた砂利の広場に駅の方から来た道と、山の方に登る道がある。


「まずは、感覚を戻さないと……」


 呟いてキーをひねる。体に振動が伝わってきて、エンジンが目を覚ました。

 諒一はクラッチペダルをいっぱいに踏んで、ギアを入れた。



「飲まないと冷めちまうぜ」


 そう十郎に言われて、缶スープを開けもしないで握りしめている事に涼葉は気づいた。


「ねえ、ほんとに大丈夫なんすか?諒一先輩平気な顔してたっすけど……運転なんかした事あるんすか?」


 諒一の過去を知らない舞香には、安心できる要素がまるでないため、しきりに不安そうに言っている。


「まあ、詳しい事は言う時間もありませんけど……りょういちくんが出来るって言うなら出来るんですよ。私は信じてますよ?」


 口ではそう言いながらも、涼葉も心配はしているようだ。


「涼葉先輩の妙な信用は、どこからくるんすか……」


 舞香が呆れたように言っていると、諒一の乗ったワンボックスカーのエンジンがかかった。


「ああ……エンジンかかったっすよ。大丈夫なんすかね……じーちゃん?」


 オロオロとする舞香は、今度は十郎に矛先を向けた。十郎は涼葉と舞香に暖かい飲み物を買ってやったあとは、じっと運転席の諒一を見ている。


「……怪我でもしてなきゃ、絶対させねぇよ。でも、この辺りの寒さは慣れないと堪える。俺のせいで体でも壊されちゃ、せっかく来てくれたのに申し訳がたたねぇ。それにしても、あのにいちゃんは不思議な奴だな?」


 十郎からそう言われた涼葉は苦笑いで答えた。本当の事は諒一の許可なく話せないだろうし、普通は信じてももらえないだろう。


 その間にも、ワンボックスカーはジワリと動き出した。ゆっくりと前に進み、止まるとバックして元の場所に戻った。

 次に動き出した時は、広場の中を一周するように走っている。


「わわ……動いてますよ、涼葉先輩!ああ……」


 焦ってそう言う舞香の声とは裏腹に、諒一の運転はスムーズなものだった。ぎこちない挙動はまったくなく、当たり前のように広場を一周すると、元の位置に戻って止まった。


「本当に運転した事あるみたいだな。それも結構慣れてるな……。専業でやってる農家のせがれなんかは、畑まで軽トラ動かすなんて事は珍しくもないが……。なぁ、あのにいちゃん実は夜な夜な豆腐でも配達してんのかい?」


 最後は涼葉に向けて言ったが、涼葉は意味がわからずきょとんとするばかりだ。


「え?豆腐……、え?」


「もう、じーちゃん!それ、旅館のロビーにある漫画の話じゃないっすか!そんな事言ってる場合じゃないっす。あ、また動き出しましたよ?」


 舞香が言うように、止まっていたワンボックスカーは再び動き出していた。今度は様子を見るようなゆっくりした動きではなく、普通に道を走るくらいの速度で……


「わわ……、ちょ速くないっすか?」


 そう慌てる舞香の隣で、涼葉もギュッと手に持った缶スープを握りしめた。


 そして、先ほどと同じように広場の中を周り出した時、カーブの途中でズルリと後輪が滑った。


「わああ、滑った!今後ろ滑ったっすよ、じーちゃん!」


 舞香は隣にいる十郎の肩をバンバンと叩きながら焦って言った。

 しかし、十郎は真剣な表情のままじっと見ている。


 後輪が滑った瞬間、アクセルを緩めハンドルを戻して車体を真っ直ぐにすると、普通に進み出した。

 

「いや、大丈夫だ。ちゃんと立て直してる……。ありゃ、どれくらいのスピード出したら滑るか確かめてるな?驚いたな、本当に普通に運転してらぁ」


 ピシャリと額を叩いて十郎がそう言うのを見て、ようやく涼葉の顔に笑みが戻る。

 そして、嬉しくなったのか、ワンボックスカーから見えるとこまで行って、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振っている。


「ほぇー……なんなんすか、諒一先輩って」


 舞香はそう呟きながら、ポカンとして見ていた。長い時間見ていた気もするが、手に持っている缶コーヒーはまだ温かかった。


 エンジンはかけたまま停車したワンボックスカーから、サイドブレーキの音と一緒に運転席のドアが開く音がして、サクサクと薄く積もった雪を踏む音が近づいてくる。


「なんとか大丈夫そうだ。緊張はするけど、ゆっくり走ればいけそうだよ」


 走って近寄る涼葉に、安心したように笑いながら諒一はそう言った。


「すごいです、りょういちくん!ちゃんと動いてましたよ?とても中学生が動かしてるって思えないくらいスムーズでした!」


 諒一に飛びつくようにして、腕を掴んだ涼葉は、よほど嬉しかったのか、不安の反動なのか普段よりテンションが高い。

 諒一の腕を掴んだままぴょんぴょんと跳ねて、運転を賞賛している。


「随分慣れてるんだな?驚いたぜ。にいちゃん豆腐でも配達してんのかい?」


「また言ってるっす……」

 

 そう言って諒一に話しかける十郎に、舞香は呆れ顔だ。


「ドリフトはしませんけどね?」


 苦笑しながらそう返事した諒一に、十郎は大笑いして涼葉が掴んでいる反対の肩をバンバンと叩くのだった。



「この道を登っていけば、うちに着く。一本道だから迷うことはねぇよ」


 後ろの座席から、運転席の方に顔を出した十郎は、それだけ言うと後部座席に深く座ってリラックスしだした。


「じーちゃん、なにくつろいでるんすか……。諒一先輩に運転させてるのに……」


 それを隣の舞香に指摘されて、また大笑いしている。すっかり信用してくれているようで、諒一もミラー越しに苦笑しながらそれを見ていた。


「へえ……じっくり見た事ありませんでしたけど、なんか難しそうですね。私だったらこんがらがっちゃいそう……」


 助手席から身を乗り出したように運転席を見てくる涼葉は、しげしげとペダルやシフトレバーを見てそう言った。

本人たっての希望で助手席に収まっている涼葉は、とても上機嫌だった。

 

「慣れたらなんて事ないよ。じゃあ、行きますよ!」


 後ろにも聞こえるようにそう言うと、諒一は車を発進させた。


 最初は後ろの席で十郎にしがみついていた舞香も、走り出して十分もすれば、すっかり落ち着いていた。


「じーちゃんより運転うまいんじゃないっすか?じーちゃんが運転する時はいつもこうっすよ!」


 そう言うと、舞香は右に左にそして前後に体がふられるのを実演して見せた。

 十郎の運転はそれなりに荒いようだ。


「いや、普通よりだいぶゆっくり走ってるからね。」


 苦笑いしながら諒一は後ろに向かって言った。カーブなどで左右にかかる荷重は速度に比例する。

 ゆっくり走れば走るほど、荷重はそれほどかからないのだ。


「でも、すごく安心して乗ってられます。りょういちくん、今度総一郎さんから車借りてドライブ行きます?」


 涼葉がニコニコと笑いながら、そんな事を言ってくる。冗談だとわかっていても、二人きりのドライブを想像してしまい、頬を染めた諒一はたまらず言った。


「それは怒られちゃうよ!」

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