122.そして神麓へ
和やかな車内とは関係なく電車は順調に走っていく。そして間もなく神麓に着くとのアナウンスが入る。
「え?もう着くの?」
トランプのカードを持ったまま顔を上げた諒一がそう言った。聞き間違いじゃないかと二人を見たが、涼葉は頷くし舞香に至っては拡げていたトランプを片づけている。時計を見ると確かに予定の時間が過ぎていた。
「や、みんなでわいわいやってると、かなり早く感じるっすね。ジブン一人だと、とんでもなく長く感じるっす」
荷物をまとめながらそう言う舞香に、涼葉もニコニコしながらそれを手伝っている。諒一も手に持っていたトランプのカードを舞香に渡し、自分たちの周りのごみをまとめたりしているうちに電車はさびれた駅のホームに到着した。
「さむっ!」
電車を降りた諒一の第一声である。
「確かに気温は結構低いみたいですね。舞香さん普段からこれくらいなんですか?」
涼葉はしゃべるだけで白く立ちのぼる息を目で追いながら舞香に聞いた。
「んー、例年よりかは少し暖かいかもしれないっすね。雪もそれほど降ってないみたいですし。よかったっすね諒一先輩、転んで恥ずかしい姿を見せずに済みそうっすよ」
ニヤニヤしながら諒一に向かって舞香が言った。その視線は諒一の足元に向けられている。諒一は神麓に来るにあたって雪深いと聞いていたからと靴を新調していた。
神麓くらいの降雪地帯ではやや大げさなごついブーツを買っていたのだ。
「いいだろ、滑らない方がいいんだから……」
舞香にいじられ、すこし口を尖らせた諒一がそう言うと、舞香が大げさにため息をついて言う。
「まぁよかったっす。スパイク付きのブーツじゃなくて」
わざと言っているのだが、諒一は予想と違う反応を返してきた。
「ああ!あったあった。ちょっと迷ったんだ。かっこいいよねスパイクつきのブーツ。絶対滑らないだろうし」
買ったばかりで馴染んでいないブーツの紐を結びなおしながら、そう言ってくる諒一に、舞香は「どこの秘境に行く気なんすか……」と呆れた目で見て、涼葉は「ま、まぁなんとか、おしゃれなブーツに見えない事もない感じでよかったじゃないですか」と、フォローになっているのか、なっていないのかよく分からないコメントをしていた。
「ギリっすけどね」
と舞香が冷たく突き放し、
「まあまあ、雪があるのは確かなんですし」
と、涼葉が拾い上げている。そう話しながらさっさと歩きだす二人を見て、諒一は慌ててそれを追いかけようとして、派手に滑ってしまい、したたかにお尻を打ち付けるのだった。
「ひひ……さ、さあようこそっす!神麓に」
駅の出口に差し掛かり、舞香が手を案内するように拡げてそう言った。人気のほとんどない駅舎の中でずっと笑い転げていた舞香は、まだその余韻が残っている。
すっかりむくれてしまった諒一は、全然違う方向を見ていた。
「もう、舞香さん!笑いすぎですよ?りょういちくん、ほんとにどこも怪我してないですか?」
転んだ諒一を見て、目を真ん丸にして振り返った二人は、その後きれいに反応が分かれた。どこも打っていないかケガしていないかと心配する涼葉に、腹を抱えて大笑いする舞香とで……。
「やあ、諒一先輩、ちゃんとフラグ回収するとか優秀っす。さすがっす」
あいかわらずよく分からない事を言いつつ、まったく悪びれない舞香を睨んでいた諒一だったが、駅の外に出ると一気に空気が変わり、その不機嫌さも一気に飛んでしまったようだった。
普段住んでいる所も都会というわけではないが、360度雄大な自然に囲まれてみるという経験はなかなかできない。人工物は頼りない明りがついた駅舎だけという事もあって、圧倒されていた。
「……すご」
「……ふあ」
語彙力もなくしたように、諒一も涼葉も周りの景色に見とれていた。ちなみに舞香が片道五時間と言ったのはやや大げさで、電車で三時間近く、そこから公共機関を使って二時間弱かかるという事だった。
まあ、それでも十分に遠いが……
そして三人は、人通りのない駅前の広場に、荷物を抱えてポツンと立っている。何をしているのかというと、バスを待っているのだ。
「ねぇ、諏訪崎さん……バスってそんなに少ないの?」
動かない事で体が冷えて、がたがたと震えだしてる諒一がそう聞くと、舞香は腕時計を見て、バス停の時刻表をみて言った。
「あと50分っす」
それを聞いて諒一はがっくりと項垂れた。むき出しになった首筋を冷たい風がなぞっていき、諒一は震えあがった。
その隣では、舞香が防寒のためと言って涼葉にぴったり抱き着いている。たしかにくっついていれば寒さもましだろう。くっ付く事ができれば……
「諒一先輩もくっつけばいいじゃないっすか。ほら、こっち空いてるっすよ」
わざとらしく舞香が自分が抱き着いている逆の方を指してそう言う。涼葉は何とも言えず困った顔をするばかりだ。これが本気でくっ付こうとすると、顔を真っ赤にして叩かれるんだろうが……
これ幸いとほっぺをすりすりとしながらご満悦の舞香を睨みながら、諒一はひたすら時間が過ぎるのを待つしかなかった。そんなときにシャリシャリシャリと凍った雪を踏みながら近づくエンジンの音が聞こえてくる。
「こんなとこに車が来るなんて珍しいっすね、こっちには駅しかないのに」
舞香がそんな事を言った。
「駅だから来るんじゃないの?」
諒一はそう言うと、舞香はきょとんとした顔をする。
「何のためにっすか?ジブン達のほかに乗り降りする人、いました?」
舞香の言葉に、ここの田舎具合を再認識する。普通駅前はそれなりににぎわうものだけど、山深い地域はそうでもないらしい。
そう言っている間にも車は近づいてくる。古くなって、白いとも言い難い色になっているワンボックスカーだ。車は慎重に駅の構内に入ってくると、バスを待っている諒一たちの前に止まった。そして勢いよく運転席のドアが開けられた。
「舞香ぁ!」
運転席から降りてくるなり、そう言って両手を広げたガタイのいい壮年の男性は、満面の笑みでバス停の方に小走りでやってくると、派手に転んだ。
「じーちゃん!」
そう叫ぶ舞香の声に、諒一と涼葉は顔を見合わせる。
「「今の人が舞香さん(諏訪崎さん)のお爺さん⁉」」
しんしんと雪の降る静かな駅前に、諒一と涼葉の声が重なって響いた。
「いやあ、孫の友達の前で恥ずかしい所を見せちまって……」
そう言ってワンボックスカーの後部座席のスライドドアを開いた所に腰かけた舞香のお爺さん、諏訪崎 十郎さんは頭をかきながら笑った。
「もう、信じられないっす!いくら地元で慣れてるからって、サンダル履きで来るなんて、雪道を舐めすぎっす!」
そんな十郎に対して舞香はぷりぷりと怒っている。なにしろ、気をきかせて来るまで迎えに来てくれたのはいいが、転んで左足首を捻挫してしまい、足首が分からなくなるくらい腫れあがってしまっているのである。
焦った舞香と涼葉は片道三十分くらいかかる薬局まで走ってシップを買いに行き、応急処置を済ませた所である。
「やあ、申し訳ねえなあ。こんなかわいいお嬢さんに手当してもらうなんざ、婆さんが見たら足首へし折られるかもしれねえなあ」
そう言いながら十郎さんは豪快に笑っている。
そんな十郎さんに、怒るのも疲れたのか舞香は呆れた顔で言った。
「んで?どうするっすか。バスももう行っちゃったし、次のバスは夕方っすよ。車もあるし……また町まで行かないといけないっすけど電話して蕃さんに迎えに来てもらうっすか?」
舞香がそう言うと十郎はスッと視線を逸らした。
「そ、それがなぁ……。今年は年末年始の予約がなかったから、長期休暇を出しててなぁ」
言いにくそうに十郎さんがそう言う。蕃さんと言うのは、十郎さんの旅館に住み込みで働いている人で、山賀 蕃という三十代の男性で、もう年である舞香の祖父母の代わりにいろんなことをしてくれている人らしい。
「蕃さん、いないっすか?じゃあどうやって帰るっすか!」
声を荒げる舞香に、十郎さんはすっかりしぼんでしまっている。
「まあまあ、諏訪崎さん。お爺さんも良かれと思って迎えに来てくれたわけだし……転んじゃったのも事故だからそんなに責めないで。何かいい方法を考えようよ」
「そうですよ、舞香さん。ここはお爺さんの優しさに免じて許してあげましょう?ね」
二人してなだめられて、さすがに舞香も矛を納めざるをえない。舞香が怒っている理由の半分以上はせっかく来てくれた諒一と涼葉に迷惑をかけてしまった負い目からなのだから……




