121.暖かい車内と膝枕
「いいっすか?撮ります3.2.1.チーズっす」
その掛け声と同時にシャッターの音が聞こえる。一眼レフといっても、デジタルだからシャッター音っぽい電子音だけど……
「ちょっと見せてください」
そう言うと、涼葉が舞香の横に並んで、撮った写真を確認している。
すぐに確認できるのはデジカメの大きな利点だよなぁと他人事のように見ていると、涼葉と舞香が二人とも諒一を見ている事に気づいた。
「な、なに?どうしたの」
諒一がそう言うと、二人は顔を見合わせてデジカメを操作した。
「いいっすか!撮るっすよ」
そう言う舞香と、何事もなかったかのように諒一の隣に戻って、涼葉は身なりを整えている。
「え?ちょ、待って。また撮るの?」
やっと終わったと一息ついていたというのに、舞香は構えたカメラをこちらに向けたまま動かしてもしない。
「さっきの写真は消しました。ちょっとりょういちくんの表情が硬かったので……。もっとリラックスして写りましょうね」
にっこりと笑った涼葉がそんな事を言いながら、また諒一の髪の乱れをなおしている。
「え!消したって……撮り直しってこと?」
されるがままの諒一がそう言うと、舞香が当然だというような顔をして言った。
「当たり前っす。諒一先輩ガチガチだったっす。普段通りにしてればいいっすよ。いつもの潤いを出してくださいっす」
「いや、そんな事言われても……」
困るのだ。何かやろうと思ってやってるわけじゃ無いのだから。
「だいじょぶですよ、りょういちくん。リラックスです!」
ニコニコと笑いながら涼葉は言うが、一度意識してしまうと、なかなか緊張が消えなかった。
「どうしましょうねぇ。普段のりょういちくんに戻すには……」
困った顔をした涼葉が少しだけ考えて、パッと何かを思いついた顔になった。
「そうです、りょういちくん膝枕好きですよね?ちょっと膝枕しましょっか?」
いい事を思いついたとばかりに、ニコニコと笑顔の涼葉は、そう言って自分の太ももをパンパンと叩いている。
「いや、しないから!」
慌てて言う諒一と、「ほうほう、普段は膝枕なんかしてもらってるっすかぁ」とニヤニヤして言う舞香。
もうめちゃくちゃである。
「しないからね!」
思わず諒一はそう叫ぶのだった。
「じゃあ撮るっす」
残念そうに舞香がカメラを構える。
「なんで残念そうなんだよ」
思わず半目になった諒一がそう言うと、舞香は諒一の隣をチラチラと見る。
恐る恐るその視線を辿ると、シュンとしている涼葉がいた。
諒一の顔がサッとひきつる。
「涼葉先輩のアイデアを諒一先輩が無下に断るから。諒一先輩のせいっすよ」
責めるような視線を舞香が向けてくるが、一体どうしろというのか……。こんな所で膝枕とか恥ずかし過ぎるだろ。
諒一が身悶えしている横で涼葉は、テンション低めの笑顔で言った。
「あ、だいじょぶですよ。さ、お写真撮りましょっか」
そう言っているが、さっきと比べると明らかに笑顔に陰りが見える。
ジロリと舞香が諒一を見る。
「ええ……」
無言の圧力に諒一は一応周りを見回す。……他に乗客は誰もいない。
――せめて誰かいればそれを理由にできたのに!
さっきまで誰もいなくて良かったと思っていたのに、今度は反対の事を思う諒一だった。
涼葉は撮ろうと言っているが、舞香はカメラを構えずに諒一を見ている。
「はぁ……」
特大のため息をついた諒一は、体ごと横を向く。
「あの、涼葉さん。膝枕お願いしてもいいでしょうか?」
諒一がそう言うと、パッと笑顔になったが、すぐに引っ込む。
「でも、そんな……りょういちくんが嫌なら無理しなくていいですよ?」
目線を下げながら涼葉はそう言って、舞香からの圧力は増してくる。
「違う、嫌とかじゃなくて、その……恥ずかしいというか、人前で膝枕は抵抗があるなって思っただけで……」
諒一がしどろもどろになって言うと、舞香が口を挟んでくる。
「嫌じゃないなら問題ないっすね。ジブンは空気だと思ってくださいっす。他に乗客もいない事ですし。さ、諒一先輩、いつものように……」
「いつもやってる訳じゃないったら!」
諒一がそう反論するも、舞香は素知らぬ顔をしている。
隣では、俯きながらも何かを期待するような目を時々諒一に向けてくる涼葉がいる。
「ああ、もう。」
諒一はそう言うと、座る位置をずらして涼葉を見る。
「じゃ、やるからね、いい?」
体を斜めにして、半分寝転ぶ姿勢になった諒一がそう言うと、涼葉はニコッと笑って迎え入れる姿勢になる。
――なんでそんなノリノリなの……
どうしてこうなったのかと、諒一は頭を抱えてたくなったけど、それを抑えてゆっくりと涼葉の太ももに頭を近づける。
写真を撮るのだから顔は舞香の方に向けて、横向きに頭を乗せると、ふわりといい香りがして、心地よい柔らかさが諒一の頭を迎えてくれる。
「いい感じっす。その姿も撮っておくっす」
そう言うと舞香がカメラを構えた。諒一はもうどうにでもなれという心境だ。
「諒一先輩、顔が真っ赤っすよ?」
「誰のせいだと……」
思ってるのか、と言う言葉を慌てて飲み込む。
視線を上げると、少し不安そうに見る涼葉の顔があったからだ。
「……」
何も言わずに諒一は全身の力を抜いて、涼葉の太ももに委ねた。
ふわりと暖かいものが諒一の頭に降りてくる。
涼葉が優しく諒一の髪をなでている。
最初はめちゃくちゃ恥ずかしくて、顔から火を吹きそうだったが、心地よい感触と優しく撫でる手つきに、だんだんと心がほぐされていくのがわかった。
――こういうのが極上の心地よさって言うんだろうな……
そう考えているところに、パシャっと音がして現実に引き戻される。
そういえば写真を撮ろうと……
今の姿を写真に撮られたという事を冷静に捉え出した諒一の顔が再び熱くなっていく。
「ああ、また諒一先輩が真っ赤になっちゃったっす。まあ、さっきのシーンはなかなか良かったっす」
そう言う舞香は、デジカメの画面を満足そうに見ている。
そっと視線を上げると、涼葉はもう写真よりも諒一を撫でる事の方に集中してそうだ。
「も、もう、写真撮ったならいいでしょ!」
そう言って諒一が、バッと体を起こす。
「あ……」
涼葉は名残惜しそうに、手を伸ばしてくるがこれくらいで勘弁してほしい諒一は視線を逸らす。
「むう」
ぷくっと頬を膨らませる涼葉に、舞香がカメラを見せる。
「涼葉先輩、涼葉先輩!これ……」
二人でデジカメの画面を見て、膨れていた涼葉の顔が柔らかい笑顔になっていく。
「しょうがないですね。今日のところはこれくらいにしてあげます!」
すっかり笑顔になった涼葉がそう言った。
にこやかに話しながら涼葉と舞香は撮った写真を眺めているが、諒一はどんな写真が撮れているのか、見るのが怖くなり、結局見る事ができなかった。
にぎやかで暖かい空気の充満する電車のボックス席がだんだんと自然の多くなっていく風景に流れていった。




