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120.最初の一枚は

 「はい!りょういちくん、笑ってください」


 そう言って涼葉はカメラを諒一に向ける。記念すべき一枚目に選ばれた諒一は戸惑ったような顔をしていた。


「うえっ⁉そんないきなり……」

 

 諒一が写真に乗り気じゃないのは、いきなりというのもあったが、単に恥ずかしいからだ。――その理由はとても単純で、慣れていない。

 

 そもそも諒一には、楽しく写真を撮られるという経験そのものがほとんどなかった。

 家族で出かけた記憶も、誰かと並んで写真に写った記憶もほとんどない。


 ……でも、そんな自分を真っすぐ見て「笑ってください」と言う涼葉のまなざしだけは、不思議と嫌とは感じなかった。

 

 そんな事を考えて戸惑う諒一を見て、楽しそうに笑う涼葉が、わざと急かすように言う。


「ほらほらりょういちくん、いい顔して下さい。じゃないと動揺したりょういちくんの顔が一枚目になっちゃいますよ?」


 完全に面白がってる涼葉がそう言っていると、ふいに横から手が伸びてきた。


「あっ!」


 その手はスッと涼葉の手からカメラを取ると、今度はそれが涼葉に向けられた。いつの間にか目を覚ましていた舞香がにやにやしてカメラを向ける。


「なんか面白そうなことしてるっすね。ジブンもまぜてほしいっす。」


 そう言うと、何かを思いついたような舞香が、今度は諒一を見る。急に視線が向けられたことで、あきらかに嫌な予感がしている諒一は半分逃げ腰になっているが、ここは狭い電車の車内。逃げるところなどない。

 舞香は立ち上がると、諒一の隣にむりやり座ろうとしてくる。諒一の座っている椅子の隣にはそれぞれの荷物が置いてある。諒一一人なら割とゆったり座れるが、二人は確実に入らない。


「ちょ、ちょっと、無理だって!このスペースに二人は無理だよ!」


 ぐいぐいとお尻を突っ込んでくる舞香に、たまらず諒一は悲鳴を上げるが舞香はお構いなしである。


「ちょっと諒一先輩、場所を変わってほしいっす。よりよい商品を提供するためにご協力をお願いしたいっす」


「より良い商品ってなんの商品だよ!」


 たまらず立ち上がった諒一が、それまで舞香が座っていた場所に座りながら舞香にそう言うが、舞香はカメラを手にしてニコニコと笑っている。


「まあまあ、そんな事はいいっすから。ほら、撮るっすよ?やっぱり一枚目はお二人の写真じゃないと!涼葉先輩もいい顔して下さいっす!」

 

「ええ!わ、私もですか⁉」

 

 さっきまでと立場が逆転して、一緒に撮られるほうになった涼葉が焦った声を出す。


「ちょ、舞香さん!ちょっと待ってください!いいですか?勝手に撮っちゃだめですよ?」


 言い聞かせるようにそう言う涼葉は、急いで荷物から小さなポーチを取り出すと、それから鏡を出して髪型を整えだした。


「まだですよ!」


 時々舞香の方を見て、勝手に撮らないようにくぎを刺しながら、涼葉はしっかりと整えている。


「そんな写真に写るくらいで大げさな……別に変じゃないのに」


 そんな涼葉を見て、苦笑しながら諒一がそう言うと、涼葉と舞香が同時に見てくる。


「はあ……、だめだめっすね、諒一先輩。いまから写真を撮りますって言われたら、普通女の子は少しでもきれいに写りたいもんっす。時に諒一先輩とツーショ……」


「舞香さん!」


「はいっす!何でもないっす。と、とにかくそういうもんっす。わかったっすか?」


 何かを言おうとした舞香を鋭い声で制した涼葉は満足する状態になったのか、ポーチに鏡をしまってにっこりと笑って諒一を見た。


「う……」


 涼葉の圧のある視線にまたもや逃げ腰になった諒一だったが、涼葉がそれを許さない。


「はい、りょういちくんもちゃんとしてください!一枚目なんですから」


 しっかりと諒一を捕まえた涼葉がにっこりとしてポーチからクシを出した。


「ええっ!べ、別に俺はいいよ。そんな変じゃないだろ?」


 諒一がそう言うと涼葉が少ししゅんとした顔になった。


「変ではないですけど……」


 クシを手に持ったまま諒一をじっと見る涼葉。それを見てまた舞香はため息をついた。


「諒一先輩。きれいにした涼葉先輩の隣で、普通のままでいいんですか?せっかく涼葉先輩はきれいに整えたのに、諒一先輩はそのままで耐えられるっすか?」


「うっ……」


 涼葉に見つめられ、舞香に諭され、それでもそのままでいいよ。とは言えなかった。耐えられるかと問われれば、きっと耐えられない。普通にしていてもかわいい涼葉がきちんと整えた隣で写るなら、少しでも見られるようにしとかないと落差がひどくなる……。そう考えた諒一は観念するしかなかった。


 それでも、涼葉の隣では少しくらい見栄をはりたい気持ちは間違いなくあった。

 だから、思ったより簡単に言葉が出た。

 

「う……お、お願いします。」


「はい!」


 観念してそう言った諒一に、涼葉は輝くような笑顔で答えた。その手にはいつの間にか整髪料まで握られていた。


 きゃっきゃっと楽しそうに、いつの間にか舞香まで一緒になって諒一の髪をいじっている。

 すっかりやる気になった涼葉は、時折距離をとって見たりして、本気でやっている。


「あ、あの……そこまで本気にならなくてもいいんじゃないかなーと思うんだけど……」


「ダメです!」

「だめっす」


 女の子二人に密着されて頭をいじられるのは、さすがに照れくさい。それに涼葉の目が本気だ。そこそこでいいんじゃないかと言ってみた諒一の言葉は、即答でバッサリと斬って落とされた。

 

 おしゃれに対する女子のこだわりを甘く見ていたなぁと思いながら、ため息を飲み込んで諒一は目を閉じて委ねた。

 つくづく、この車両に他の乗客がいなくてよかったなぁと思いながら……


「よし、できました!なかなかいい出来だと思います。りょういちくん、とても素敵ですよ?」


「おー、さすが涼葉先輩っす。フツメンだった諒一先輩が、そこはかとなくイケメンに見えるっす」


 ようやく納得できるレベルにできたのか、涼葉がやりきった感を出しながら見ている。

 その隣で舞香が感心した様子で、地味に失礼な事を言っている。


「もう、舞香さん?失礼ですよ。りょういちくんは元も悪くないですよ?」


「それは、涼葉先輩の気持ちでバフがかかっているのでは……」


 苦笑いしながら舞香がそう言うと、涼葉はクシなどをしまいながら言い返した。


「そんな事ないです。めちゃくちゃイケメンとは言いませんが、悪くはないってみんな言うと思います!」


 涼葉はややムキになって言い返していたが、何かに気づいた舞香が止めた。


「あー……。涼葉先輩、その辺で。写真撮れなくなるっす」


 そう言った舞香が、諒一を見ているので涼葉も見ると……


 真っ赤になった諒一が、視線を逸らしてプルプル震えていた。


「ご、ごめんなさいりょういちくん!目の前でその人の見た目を批評するなんて失礼でした……。でも、ほんとにりょういちくんは見た目悪くないと思いますよ?フツメンなんかじゃないです」


「涼葉先輩、もうやめてあげてください。諒一先輩のライフがなくなるっす」


「ええっ⁉︎」


 ――ほんっとに、この車両に他の乗客がいなくてよかった……。

 そう考えて、半ば現実逃避をしながら諒一はこの時間が過ぎるのをまつのだった。

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