119.初めてのお出かけ
「うまいっす!」
つまんだサンドイッチを食べると、舞香はニコニコしながらそう言った。
「そんな……普通のサンドイッチですよ?」
そう言って涼葉は苦笑している。そして自然に諒一の方にバスケットを寄せる。
「この辺のエリアが、ハムとチーズのサンドイッチですよ。りょういちくん好きでしたよね?」
ニコッと笑って言う涼葉に、頷き返しながらも内心諒一は驚いていた。
――ハムチーズのサンドイッチは好きだけど……確かにどこかで言った記憶はある。でもサンドイッチ自体、そうしょっちゅう食べるもんでもなし、諒一自身がいつ言ったのかも覚えていない。
でも涼葉は諒一の何気ない一言をちゃんと拾ってこうしてわざわざ準備してくれている。さすがにこれには諒一も嬉しかったのか、口角が上がっていく。
「よく覚えてるね。言った本人が忘れちゃってるのに」
そう言いながら、ハムチーズのサンドイッチをつまんで一口かじると、チーズの風味とハムの塩気と触感が口の中で混ざる。そしてそれをつないでいるのが、自家製マヨネーズだ。
「ほえぇ。めずらしいっす。諒一先輩が食べ物食べて喜んでる姿はレアっす」
少しぽかんとしながらそう言った舞香が、さりげなくそんな諒一の表情をスマホで写真を撮っている。
それを聞いて、自分の事ながら「確かに……」と呟いた諒一に涼葉も声を上げて笑っていた。
「いや、違うんだよ。俺が好きなのはこのサンドイッチなんだよ。諏訪崎さんも食べたならわかるだろ?そのマヨネーズ涼葉の手作りなんだよ。それがハムとチーズと一緒になったのがおいしく、て……」
普段食べ物に頓着しない諒一が、食べ物の事で喜んでいると言われて、なんとなく照れくさくなった諒一は言い訳をしたつもりで、実は自爆していた事に気付いたが、もう全部言ってしまった後だった。
「ほうほう、諒一先輩は他のサンドイッチはともかく、涼葉先輩のサンドイッチなら喜んで食べると……」
「も、もう……りょういちくん、恥ずかしいです。でも、例の計画がうまくいってるみたいで、それはうれしいです」
舞香はニヤニヤと諒一の言葉に喰いつき、涼葉は恥ずかしがりながら喜んでいる。
諒一は視線を合わせる事が出来ずに、肩を落として俯いた。そして思った。この車両に他の乗客がいなくてよかったと……。
「ほらほら、りょういちくん。ハムチーズ多めに作ってあるので、たくさん食べてくださいね!あ、でも他のサンドイッチもおいしいので食べてくれると嬉しいです」
なんだかんだ嬉しかったのだろう。涼葉はぐいぐいとバスケットを押し付けて来る。舞香はそれをずっとニヤニヤしながら見ている。
そしてバスケットの中身が半分以上消えた頃には、諒一も舞香も満足そうにしていた。
「いやー、おいしかった……大満足っす。諒一先輩がうらやましいっすねぇ」
わざとらしくそう言った舞香に、ツッコむほどの余裕も今の諒一にはなかった。なにしろ、これもおいしい、あれもうまくできたと、上機嫌で勧めてくる涼葉に断り切れずに渡されるまま食べていた諒一は、涼葉が気づいて止まってくれた頃には、動くのも苦しいほどになっていた。
困った顔をしている涼葉の隣では舞香が爆笑している。
「もう、りょういちくん……食べられないならそう言ってください。私嬉しくなってついつい食べさせちゃってたじゃないですか……」
水筒からお茶を入れて諒一に渡しながら涼葉はそう言った。
「いや、うまかったのはほんとだし。俺も辞め時が分からなくなっちゃって」
諒一がそう言うと、涼葉は頬を染めながらも嬉しそうだった。
◆◆◆◆
それからはお腹を休める必要もあり、それぞれゆっくりしていた。普段あまりスマホをいじらない涼葉が珍しく真剣に見ているし、舞香はSNSか何かにコメントでもつけているのか、ものすごい速さで画面の上を指が走っている。
諒一はのんびりと外の景色を眺めていた。基本的に家族でどこかに出かけた記憶はほとんどない諒一は、見慣れない景色を見ながらあれこれ想像するだけでも楽しめていた。
まだ電車が出てから一時間くらいしか経っていないが、ぼうっと景色を眺めていると、不意にパシャっと音がした。
音の方を見ると、涼葉がスマホを持ってニコニコと笑っている。諒一が何かを言おうとすると、先に涼葉が人差し指を口元に持ってくる。
「しーです。ほら」
そう言われて、見るとおなか一杯になって今度は睡魔が襲ってきたのか、舞香が居眠りをしていた。すると涼葉は舞香の寝ている方にもスマホを向けてパシャっと写真を撮った。
「ふふっ!せっかくのお出かけなので、たくさん思い出を残しておこうと思いまして、カメラのアプリを取ったんです。それと……」
控えめな声で、そこまで言うと涼葉がバッグのポケットから小さな巾着袋を取り出した。それを開けて中身を出すと……。
「あ、SDカードか。でもどれだけ撮るつもりなの?」
諒一はそれを見て、思わずそう返した。もちろん声量は控えめである。
涼葉が出して見せたSDカードは、それなりの容量のものが五枚ある。一万枚くらい撮れるんじゃないだろうか。
思わずそう言うと、涼葉はどれくらいの枚数を撮れるのかも分かっていなかったみたいで、足りなかったら悔しいから多めに買ってきたとういう事だった。
「あ、写真と言えば……」
今度は諒一が自分のバッグをごそごそしだす。
「あ、あった。これ」
諒一が取り出したのは、ちゃんとした一眼レフのデジタルカメラだった。
「それ……どうしたんですか?え、もしかして買ったとか……」
「違う違う!そんないくらするかも知らないけど、買わないよ。そう使う機会もないのに……。これ、総一郎さんが貸してくれたんだ。せっかくの旅行だから楽しんでおいでって言ってくれて。しっかりと楽しんで、その雰囲気を持って帰ってきて総一郎さんと亜矢子さんにも味あわせてほしいって」
「総一郎さんらしいですけど……。お高そうなカメラですね?」
涼葉がそう言うと、諒一も苦笑いになった。
「そうなんだよ。壊すといけないし、スマホで撮って来るからって言ったんだけど、データさえ無事ならカメラは壊れても構わないって言うんだよ、あの人」
そう言うと涼葉はくすくすと笑いだした。
「きっと総一郎さんは、壊すのを気にして使わないって選択肢をつぶしたかったんですよ、きっと。……りょういちくん、私にもちょっと貸してくれますか?」
遠慮がちに涼葉がそう言うと、諒一は笑いながら言った。
「もちろん。総一郎さんもみんなで撮った写真の方が喜ぶって思うし。」
そう言うと諒一はカメラを涼葉に渡した。最初はおっかなびっくりな手つきで触っていたが、慣れてきたのか、しっかりした手でカメラを構えると、レンズの部分を回したりする手つきが意外としっかりしている。
「あれ、使ったことあるの?」
慣れてるように見えて、思わず諒一がそう聞くと涼葉は嬉しそうに言った。
「いえ、初めてなんですけど、実は少し興味はあったんです。その……私のおうちって写真がほとんどないんですよ。そもそもお出かけする機会がなかったですし、あまり興味もなかったみたいで……」
涼葉は苦笑しながらそう言ったが、それは諒一も同じだった。
「ああ、うちも。家族で出かけた記憶なんて無いし、何かの節目だからって一緒に祝ったりもなかったし……」
そもそも体育祭なんかのイベントはおろか、入学式や卒業式すら来なかった親だ。写真なんか残しておくはずがない。
思わず、お互いに悲しい顔で見つめ合ってしまった。
すると、涼葉がなにやら決意したような顔になって言った。
「これからです。たくさん撮りましょう。どこかにお出かけした時や、普段の何気ない時でもいいと思うんです。たくさん撮って残しましょ?今までの分を取り返すのです」
そう言うと涼葉は総一郎さんのカメラをひっくり返したりして、何かを調べている。
「えーと……。あ、ここだ。よかった!このカメラ、記憶するメディアは私が買ってきたSDカードが使えます。じゃあ、たくさん撮れますよ?まずは……」




