115.覚悟の変化
そのまま順に棚に置いてある商品を眺めていく。涼葉にはどれも好みらしく、次々と手にとっては諒一と柔らかい表情で話している。
「あ……」
小さく呟いた涼葉が手に取ったのは、小さめの注ぎ口の細いケトル。コーヒーを淹れるときに用いられるものだった。シンプルな色合いだったが、小さく仲良さげに並んで座っている男の子と女の子の姿のイラストが入っている。
涼葉はそっとそのイラストに指を添わせていたが、諒一を見ていたずら気に笑うと、すっとレジに出した。
涼葉が支払いをしている間、別の商品を見ていると、目の端にさっきの二人組のガラの悪い男たちの姿が映る。その視線は涼葉を追っている。
「お待たせしました」
支払いを済ませた涼葉が機嫌よさそうな笑顔を浮かべて諒一の所に戻ってくる頃には、その男達はすぐ近くまで来ていた。おそらく店を出た時に声をかける気だろう。
そう考えた諒一が再び体を固くさせていると、戻ってきた涼葉が自然に諒一の手に自分の指を絡ませる。諒一も無意識のうちに涼葉を自分の方に引き寄せる。
すると、その学生たちは諒一たちのつないだ手、楽しそうに商品を手に微笑んで諒一と話している涼葉、そして諒一と、順番に見ていくと、ちっと舌打ちを残して踵を返してどこかへ行ってしまった。
拍子抜けした諒一がぽかんとして、その後ろ姿を見ているとまた舞香の言葉が頭に浮かぶ。
~そんな奴らには彼氏ムーブを見せつけるのが一番っす~
そして同じことを考えていたのか、顔を寄せてきた涼葉がそっと囁いた。
「悔しいですけど、舞香さんを怒れませんね」
そう言ってクスクスと笑う涼葉に、諒一も笑って頷いた。結局その店で、クリスマス会用のプレゼントを購入した二人は、モールを後にした。
つないだ手はその間、ほどかれる事はなかった。
◆◆◆◆
ぴんぽーん
「はいはい、誰っすか……」
家に帰って、最近始めたブログを色々試していた舞香は、珍しく鳴った来客の知らせを告げる音に、ぽりぽりと頭をかきながら玄関に向かった。
「はーい、どなたっすか?」
面倒そうな声で、玄関を開けた舞香の前に立っていたのは……買い物から帰ってきた諒一と涼葉だった。
「あ……」
舞香が少し引きつった顔になった。もちろん良かれと思って爆弾を投じてきたが、受け取った側がどう感じるかはわからない。
今この場で怒鳴り付けられても仕方ない事をした自覚があった。
「り、諒一先輩、そのっすね……」
「ん」
何か言おうとした舞香の言葉を遮って、突き付けられたのはあのショッピングモールに入っている店舗の包装紙に包まれた箱だった。持った瞬間ひんやりした感触がある。
「あの、諒一先輩、これ……」
これは何か?そう聞こうとした舞香をまたしても遮って、目の前に諒一の手が近づく。
「世話になったお礼だよ。ありがとな」
そう言うと諒一は舞香の額に、軽くデコピンをした。
「あいたっ」
思わず目を閉じた舞香が、再び目を開けた時には、もう玄関は閉じられていた。舞香はそっと玄関を開けて廊下をのぞく。そこには笑いながら諒一の肩を軽く叩いている涼葉と、同じく笑いながら黙って涼葉の好きにやらせている諒一が、部屋の鍵を開けて中に入るところだった。
諒一の部屋に二人が入って、その玄関の扉が閉まるまで覗いていた舞香だったが、やがてそっと玄関を閉めて
貰った箱に手を伸ばす。
「あ、これ……」
箱を開けるとかわいい包装に包まれたシュークリームが六個入っている。あのショッピングモールに入っている有名店の物だ。
「お高い奴じゃないっすか……」
呟いて一つ手に取る。シュー生地の香りが舞香の鼻をくすぐる。シュークリームは甘味が好きな舞香の一番好きなお菓子だ。
――涼葉先輩っすね。前に好きなお菓子ランキング一位って話した記憶があるっす。
「それにしてもお礼って言いながら、乙女の顔にデコピンするのはどうかと思うんすよね」
口では文句を言っているが、表情は笑顔になっていた。
手に取ったシュークリームを頬張ると、上品な香りとカスタードクリームの甘みが舞香の味覚を刺激してくる。
「うまっ!」
思わずそう言った舞香は、弾むような足取りでリビングに戻って行った。
「あ、二人の進展を名前を伏せて日記風にブログに乗せてもいいかもっすね……諒一先輩には内緒で」
諒一が聞けば、間違いなく怒られるような事を呟いた舞香は、ご機嫌でPCに向かった。
そばにある机に置かれた、シュークリームが入っている箱には、メッセージカードが入っている。そこにはメッセージはなかったが、かわいらしく書かれた一組の男女が「Thanks」と言っているイラストが描いてあった。
部屋に戻ってきた諒一と涼葉は、プレゼントを旅行用の荷物にしまってのんびりとしていた。台所では早速買ってきたケトルを洗って、コーヒーを淹れようと張り切っている涼葉の姿を諒一が微笑ましく見つめている。
「あ、そう言えば……」
呟いた諒一が、さっきの買い物袋から何かを取り出す。
「涼葉、この牛乳は涼葉のカフェオレ用だから。なんかこれが一番コーヒーの風味を邪魔しないらしいんだ。……その、これから常備しておくから、いつでも使っていいから」
少しだけ言いよどんだが、自然に言えたはずだ。IHコンロにケトルをかけてお湯が沸くのを待っていた涼葉は、少しして意味に気付いたのか、少しずつ頬が染まっていく。
「さっき何か探してると思ったら……それだったんですか?」
少し照れて、見上げるように言う涼葉につられて諒一も赤くなりながら言う。
「……うん。さっき晩御飯の材料買いに「てんてん」寄った時、あったからさ。いつでも入れておくようにするから……使ってくれると嬉しい」
諒一がそう言うと、涼葉は恥ずかしそうに俯いて、小さく「ありがとうございます」と呟いた。
それから涼葉が諒一のコーヒーを、諒一は涼葉のカフェオレを入れて、リビングで飲みながらゆっくりとくつろぐ。特に何かを無理して話したりはしない。
それでも気まずくならない、この雰囲気が堪らなく好きだったと、諒一はあらためて思った。
――とっくにその気になってたんだな。
コーヒーを含んで、諒一はそう自己分析していた。自宅にいつでも入っていいと言い、この部屋にはもうだいぶ涼葉用の物も増えていた。
今使っているペアカップも、いつも諒一の部屋に置いてある。
「ふふっ……」
思わず漏れてしまった笑いに気付いた涼葉が穏やかな顔で「どうしたんですか?」と聞いてくる。
それに諒一も穏やかな笑顔で言う。
「いや、自分でも気づかないうちにできていた、この雰囲気と空間が……好きだなって思ってさ」
二人並んで、言葉がなくても不快じゃないこのリビング、その雰囲気を感じながら言う諒一に、涼葉も「ふふっ」と笑う。
「……一緒ですね」
そうどこかで聞いたような言葉を呟いた。
ちりん
「あ、また鳴った。……この音も応援してくれてるんだって、最近感じるようになった」
諒一がそう言って微笑むと、涼葉も、いつぞやと同じように、もう一度呟いた。
「一緒ですね」
そして二人は顔を見合わせて笑い合った。
諒一は密かに心に誓った。今度は意味のある人生を送ろう。この穏やかな雰囲気を大切にして……




