114.舞香の作戦
「えっ」
舞香の言った言葉に思わず声が出る。こんなに可愛い涼葉を他の男性が指をくわえて見ているか……答えは絶対否だ。どうにかして近づきたいと思っているに違いない。
「あの……りょういちくん?声が、聞こえて……」
「まあまあまあ!涼葉先輩、ここは黙って様子を見ておきましょう。おもしろそうっす」
諒一の心の声が駄々洩れになっている事を、顔を真っ赤にした涼葉が教えようとするのだが、それを舞香が止める。
「面白そうって言いました⁉」
「……気のせいっす」
今も諒一の目の前でそんなやり取りが行われているというのに、諒一は自分の考えに没頭してしまっている。
――諒一先輩はこうなったら周りの声が聞こえなくなるっす。ここは少し起爆剤を放り込んでおくっす!
「舞香さん、今何か悪い事考えてましたよね?絶対」
涼葉がそう言うが、舞香は視線を逸らして聞かぬふりをする。
「そんな事より、涼葉先輩は見たくないっすか?諒一先輩が彼氏みたいに言ってくるところ」
涼葉の言う事をさらりとかわして、舞香はそう言ってくる。
「そんな、りょういちくんで遊ぶような事!彼氏みたいな言葉なんて……べ、別に聞きたく、ないですから」
後半は声が小さくなりながらそう言った涼葉に舞香は言った。
「嘘っすね」
「う!……。」
舞香にはっきりと言われ、涼葉はびくっと肩を震わしてしまう。
――自分でやっておいてなんですけど、この二人こんな分かりやすくて大丈夫なんすかね。まあ、変な奴はジブンが絶対近づけないっすけど……。やっぱり諒一先輩と涼葉先輩が出してくれる潤い成分が一番いいっすからね。この二人、お互いに信頼しきってるせいで、この近い距離間に変な慣れ方してるっすからねぇ。ちょっとくらい爆弾落とした方がいいはずっす!
舞香は心の中でさっとそう考える。そして、今まさに思考の海で泳いでいる諒一を見る。
そして追い打ちをかけた。
「別に諒一先輩がいいならいいっす。でもこのモール、人も多いっすからね。どうします?涼葉先輩の好みドンピシャの男性が声をかけて来たら……涼葉先輩、ついて行っちゃうかもですねぇ」
諒一が目を見開く。
「もう、舞香さん!私、りょういちくんがいるのに、そんなことしません!」
その瞬間、それなりに騒がしかったファミレスが水を打ったように静まり返った。
思わずだろう。言ってしまった言葉に、ハッとなって涼葉は口を押さえたが、割と大きめの声で言ってしまって、諒一たちはおろか、両隣のテーブルに座っている人たちまで涼葉を見ている。
「~~~っ!」
みるみるうちに真っ赤になっていく涼葉はテーブルに突っ伏してしまう。
「あらら、涼葉先輩が先に言っちゃったっす。ほら、諒一先輩。女の子にこんな事言わせていいんすか?しっかりしないと、涼葉先輩も呆れちゃうかもですよ?」
テーブルに肘をついて手のひらにあごを乗せた舞香がそう言ってくるのを、涼葉の言葉に衝撃を受けたままの諒一が聞いて、顔を真っ赤にしたり、青くさせたりしている。
――まぁ、ジブンができる事はこれくらいっすかね。あんまりやると本気で怒られかねないですし。頑張ってくださいっす諒一先輩。
舞香は心の中で諒一にエールを送ると、何も言わずに伝票を持ってテーブルを立った。
「諒一先輩、ジブン用事を思い出したんで帰るっす。涼葉先輩をしっかりガードするっすよ?」
いたずらっぽい笑顔でそう言うと、手をひらひらと振って舞香は去って行った。後に残されているのは、絶賛大混乱中の諒一と、耳まで真っ赤に染めた涼葉の二人だけである。
……なかなかカオスな状況だった。
それから二人が復活するのに、数十分を要した……。
「もう、もう!舞香さんは!言うだけ言って帰るなんてっ!」
珍しく、涼葉が憤慨した様子を見せている。諒一も涼葉もお互いの顔を見る事ができていない。舞香が支払いを済ませている事にも全く気付かず、伝票もなしにレジに行って、店員さんを困らせてしまうくらいには動揺していた。
憤慨して肩を怒らせて歩いていた涼葉は、歩いていて落ち着いてきたのか、だんだんと肩と歩く速度が落ちて来て、やがて止まってしまった。
そして一拍置いた後ゆっくりと振り向いた時には、泣きそうな顔になっていた。
「……りょういちくん。」
その顔を見た諒一の頭に、舞香が言い残して言った言葉が再生される。
~諒一先輩、女の子にあんな事言わせていいんすか?~
――いい訳、ない……。
周りの人にまで聞かれて、きっとめちゃくちゃ恥ずかしかったはずだ。最近はだいぶましになってきたけど、おとなしくて恥ずかしがり屋の涼葉が……。
諏訪崎さんを怒れないな……。もう逃げられないし、……逃げない。
諒一はくっと口元を結び、早足になって近づくと、何か言いたげな涼葉の手を、何も言わずに取ると軽く引いて歩き出した。
そして平静を装って、口を開いた。
「す、涼葉は見たいお店ある?なかったらさ、前に見かけた小物を売ってる所に行かないか?通りがかりに見ただけだったけど、涼葉が好きそうな物もあったから」
諒一がそう言うと、涼葉は何度か口をぱくぱくとさせていたが、ハッとしてつないでいる手を見ると、再び諒一の顔を見る。すっと目を逸らした諒一を見ると、「ふう……」と息を吐いて、それまでと違う穏やかな微笑みを浮かべた。
「はい、りょういちくんのおすすめ、興味があります。連れていってください!」
にっこり笑いながら涼葉は握った手を自分からもぎゅっと握り返してきた。
「うん、行こうか!」
そう言って先を歩き出した諒一だったが、内心は苦笑いしている。手を握った時、涼葉は諒一の手を見ていた。
――そりゃ、ばれるよな……こんなに手が震えてるんだから。全く情けない……。精神年齢は五十過ぎのはずなのに。
そう考えている事もばれているのか、諒一を見る涼葉の目はとてもやさしく愛おし気だった。
そうして歩いていると、すれ違った女子高生の二人組が諒一と涼葉を見て足を止めた。ここまでは午前中のバスでの流れと同じだ。
しかし二人の女子高生が見せたのは、興味とか好奇などではなく羨望に近いものだった。当然声などかけて来る事なく、諒一たちが遠くなって見えなくなるまでそっと見ていた。
涼葉の手を引いて、目当ての店までくると、涼葉は知らないお店だったのか目を輝かせて商品を見ている。その様子を見て、安堵すると少しだけ諒一の心も落ち着いてきた。
ふと、気づくと少し離れたところで、少しガラの悪そうな二人連れの学生が涼葉の事を見ている事に気付いた。その男たちは二人で何か笑い合うと、まっすぐにこちらに向かって来る。
諒一の体に緊張が走る。
「ほら、りょういちくん。これ見てください、このお皿セットものなんですよ?可愛くないですか?りょういちくんのお部屋にある食器は、備え付けの物がほとんどですから、少しづつこういうのを買ってもいいんじゃないですか?」
涼葉に話しかけられ、そっちに意識を向けるとシンプルな中に、少しだけかわいらしさのある食器を手に取っている。いかにも涼葉らしいなと思って頷く。
「うん、いい感じだよね。今度亜矢子さんに、月に一セットずつくらい買ってもいいか相談してみようか?」
諒一がそう言うと、涼葉は春風が吹いたような微笑みを浮かべて、諒一をハッとさせた。
~涼葉先輩の好みドンピシャの男性が現れて、着いていっちゃうかもですね~
脳内で再び舞香の言葉が再生される。
これまで諒一の中では、間違いなく涼葉に対して好意は持っているが、どちらかと言えば涼葉の幸福を優先して考えていた。だから、もし涼葉が心から好きな人ができて、その相手にも問題が無かったら諒一は自分の気持ちはそっと沈めて涼葉を祝福しよう。そうまで考えていたのだが、舞香の落とした爆弾は、諒一の自覚していなかった好意まではっきりと自覚させてくれた。
――手放したくない。このまま穏やかに二人で一緒にいられたらいいな……。
それまでの考えとは反して、諒一がそう思ってしまうくらいには。




