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113.モールでの視線

ショッピングモールの中に入って、さらに視線は強くなった。もはや行きかう全ての人がこっちを見てくるような気になってくる。


 ふと隣を歩く涼葉を見ると、先ほどとは違い、眉を寄せて視線も下がっている。


 ――しまった……。


 そこで、ようやく諒一は気付いた。周りの視線にさらされて、すっかり余裕をなくしてしまいほとんど涼葉と話していない。そう言えば、さっきから涼葉が何かの商品を見て話しかけてくれていたのに、なんと返したかすら覚えていない。


 涼葉は自分の見た目に拒絶感を持っている。優れた容姿のせいで嫌な目にばかり合ってきたからだ。きっと今もそうだと思ってしまう。

 それに気づいた諒一は、わざと明るい声を出した。


 「あ、涼葉!あれ見て。あの洋服、俺に似合わないかな?」


 そう言って、マネキンが着ている洋服を指さす。視線を上げた涼葉が諒一の指した先を見て、諒一を見て……もう一度マネキンを見て諒一を見た。


「ええ……。りょういちくんのイメージとはずいぶん違うと思うんですが」


 言いにくそうに涼葉は言った。そうだと思う。元気のない涼葉に話しかけるために、とりあえず目についたものを指しちゃったんだもの。

 諒一が指したのは、ゴルフウェアというか、ポロシャツとスラックスを身に着けたマネキンで、どう考えてももう少し……いやだいぶ年上の方がお召しになりそうな服装だった。


「あ、いや……イメチェンと言うか……ごめん」


 しどろもどろになった諒一は、結局うまい言い訳が出てこず、素直に謝った。


「え?そんな謝らないでください。好みは人それぞれですので」


「あ、いや。あれは適当に言いました。その、ずっと他人の目ばっかり気になっちゃって、涼葉が話しかけてくれてもあんまり聞いていなかったりしてたから……」


 眉を落とし、頭をかきながら諒一がそう言うと、涼葉は「ああ」と納得した様子を見せた。


「それなら、謝らないといけないのは私の方ですね。きっと私を見て、それから私と一緒にいるりょういちくんを見てるんでしょうし……ごめんなさい、りょういちくん」


 落ち込んだ表情でそんな事を涼葉は言い出して、逆の結果になってしまった事に諒一が慌てる。


「すっ、涼葉は悪くないから!俺が気にしちゃうのがいけないんだよ。」


 そう言ってしまい、結果二人とも元気をなくす事態になってしまった。このままじゃ涼葉が気にすると思ってしまい、やる事が空回りしてしまっていた。


 二人して元気をなくしてしまい、楽しくお買い物すらできるかどうか怪しくなってきた時、その声が聞こえてきた。


「やっぱり涼葉先輩だ。あ、諒一先輩もいたんすね」


 さりげなく酷いことをいいながら、買い物袋を下げた舞香がそこに立っていた。


「いやぁ、遠くからでもオーラがありましたよ、涼葉先輩……って、どうかしたんすか?」


 いつも通りの感じの舞香は、いつもと様子が違う二人を交互に見て、首をかしげるとそう言った。こうして話しているだけでもチラチラ見られているので、モール内にあるファミレスにとりあえず行くことにした。


「なるほど……。そりゃあそうだと思いますよ。涼葉先輩、いつにもまして輝いているっす。激やばっす」


 ドリンクバーのジュースを飲みながら舞香は、隣に座る涼葉を上から下までなめるように見ている。


「ちょ、あんまり見ないでください。そう言われても……私だって、おめかしくらいしたいですもん」


 しゅんとして俯く涼葉を見ると何とかしてあげたくなるのだが、諒一にはいいアイデアが浮かばない。見られても気にしないならいいのだろうが、好奇や羨望、嫉妬や邪推そう言った様々な視線と、ひそひそと話す声まで時折聞こえてくる。

 これを気にしないでいられるほど、諒一の心臓は強くない。


 ずぞぞっと音をさせながら、ジュースを飲みほした舞香は、向かい合わせでしゅんとしている二人を満足するまで眺めてから、口を開いた。


「簡単っすよ?まあゼロにはならないと思いますけど、半分くらい減らす方法はあるっす」


 にかっと笑った舞香がそう言いだすので、がばっと顔を上げた二人は舞香に注目する。


「おおう……わりと必死な感じっすね。いいっすか?お二人とも」


 そう言って、舞香は声を潜めて話し出した。ファミリーレストランの一角で、額を寄せて何事か話している若者を、通りすがりのサラリーマンは好奇な視線を向けながら歩き去っていった。


「そっ、それはどうかな⁉」


 舞香の話を聞いた諒一が慌てて言い返す。


「や、そんなもんすよ。涼葉先輩みたいな可愛い女の子は、同性からも恋愛感情を抜いた異性からも見られますけど、諒一先輩の言う、嫉妬や羨望ですか?そういった感情は、涼葉先輩とお近づきになりたい系男子が発するものっす。それを黙らせるには、諒一先輩がもっと彼氏ムーブをして見せて黙らせるのが一番っす!ジブンもそれは見たい……けほんけほん。えっととにかく、ちゃんとした彼氏がいる女性にはみだりに視線を向けにくいもんっす。それでもじろじろ見てくるような奴は何見てんだ!って睨み返してやればいいんっすよ」


 涼葉と腕を組んだりして実演してみせたあと、腕を組んで考え出した諒一を一旦そのままにして、舞香と涼葉はドリンクバーのお代わりを取りに行った。


「もう、舞香さん!あれじゃりょういちくんが困っちゃうじゃないですか」


 鼻歌交じりに、何種類かのジュースをミックスしている舞香に、涼葉は声を潜めてそう言った。思った通りにできたのか、嬉しそうな舞香は涼葉に場所を譲りながら言う。


 「でも、ぶしつけな視線はなくならないっすよ?諒一先輩は割と人の視線に敏感っすから、お買い物どころじゃなくなるかもですよ?」


 オレンジジュースを入れた涼葉は、考え込んだ諒一の分のグラスにさっき飲んでいたコーラを入れている。一応何が良いか聞いたのだが、考えだした諒一は何も言わなかったので、同じものでいいかと勝手に持ってきたのだ。


「やあ、諒一先輩は幸せっすね。こんな涼葉先輩に尽くしてもらえて」


 諒一の分のコップも持った涼葉を見て、舞香がそう言うと、涼葉は頬を染めながら眉を怒らせる。


「舞香さん!茶化さないでください」


舞香はいたずらっぽく笑いながら速足で逃げるように席に戻った。こぼさないようにゆっくり戻ってくる涼葉を見ながら「本当の事なんすけどねー」と呟く。


「りょういちくん?同じものでよかったですか?」


 諒一の前にコップを置いた涼葉はそう声をかけると、思考の世界から帰ってきた諒一は慌てて言う。


「あ、ごめん!取ってきてくれたのか。考えこんじゃって……ごめ、……ありがとう」


 つい謝ろうとして、涼葉の視線に気づき、お礼の言葉に言い換える。それに満足した涼葉は、にっこり笑ってジュースを口にしている。

謝られるよりお礼を言われた方がいい。いつも涼葉に言われて気を付けているのだが、性分なのか、謝罪の言葉の方が先に出て来てしまう。それでも意識しているだけマシだろうが……。


 そんな事よりも、今は涼葉と諒一に集まる視線の問題だ。舞香が提案した事は一定の効果があるとは思う。しかしそれを実行するのも、諒一的にはなかなかに気合がいる事なのだ。


 涼葉が持ってきてくれたコーラに口を付けながらも、諒一は迷っている様子だ。そんな諒一に舞香はさらに爆弾を落とした。


「いいんですか?諒一先輩。こんなかわいい涼葉先輩を、世の男性諸君が指をくわえて見ていると思ってるっすか?」


「舞香さん⁉」


「えっ」


 舞香の投げた爆弾は、諒一の心に大きな衝撃を与えていた。カランとコップの氷が音を立てる。周りから聞こえる談笑の声。

 それらの音が耳に入らなくなるくらい諒一の中に衝撃が走っていた。


 

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