112.ガード、してくれるんでしょ?
翌朝、しっかり寝不足の諒一は目を覚ますために何度も顔を洗い、涼葉が見立ててくれた洋服を着て、涼葉が来るのを待っていた。
時間は十時を少し過ぎている。
「何か予定があるわけじゃないけど……まさか、寝坊はしてないだろうしな」
そう呟いて、諒一はスマホを取る。急かすような事は言いたくないので、控えめに「準備完了!」とだけ送っておく。
コーヒーでも淹れようかな?とソファから立ちあがろうとすると、スマホが鳴り出す。画面には涼葉の文字が表示されている。
「もしもし?」
「ごめんなさい!りょういちくん……その、昨日色々考えてたら楽しみになって、なかなか寝付けなくて……あの、も、もうすぐ準備終わりますので!」
まさかの寝坊に思わず笑ってしまった諒一は、焦る涼葉を宥めて言った。
「大丈夫だから。何か予定があるわけじゃないから、ゆっくり準備して来て。コーヒー飲みながら待ってるよ」
諒一がそう言うと、涼葉は「ごめんなさい、ありがとうございます!」と言って通話が切れた。
のんびりコーヒーを飲みながら待つ。女性の準備は時間がかかるものと思っているので、たいして気にすることもない。
それから三十分ほどして、涼葉は諒一の部屋にやってくるのだった。
「ごめんなさい、りょういちくん……お待たせしちゃって」
シュンとしてそう言う涼葉に諒一は笑いかける。
「大丈夫、急いでるわけでもないし、涼葉も寝れないくらい楽しみにしてるの、嬉しかった」
諒一がそう言うと、涼葉は照れたようにして俯いた。
「それはいいとして……」
改めて涼葉の姿を見て、諒一は目を見張っていた。普段と違う髪型に、今日は可愛い感じの服装でまとまっている。
ヒラヒラ成分多めの上着に、足首までのスカートがゆらゆらと動くたびに揺れている。
ちょこんと頭に乗せられた帽子も、日避けというよりもオシャレの一部なのか、赤いリボンがかわいらしい。
「どうかしましたか?」
こてんと首を傾げる仕草は、強烈な愛らしさを魅せている。
「す、涼葉、その格好でいくの?」
諒一が言うと、涼葉は不思議そうな顔をする。
「え……変ですか?」
「いや、変じゃなくて、逆。めちゃくちゃ可愛いから。買い物に行くだけとは思えない」
おかしな褒め方をしている諒一だったが、それでも涼葉は頬を染めて俯いた。
その仕草がまた可愛らしさを醸し出している。
「いや、ちょっと甘く見てた。元がいいとこんなに破壊力が増すんだな……」
思わずという感じで諒一が言うと、涼葉は頬を染めたまま軽く膨らませる。
「もう!りょういちくんのばか……」
そう言ってポカポカと叩いてくるが、それすら可愛いと思ってしまう。
「と、とりあえず行こうか?大丈夫、俺がちゃんとガードするから」
そう言って気合いを入れる諒一を見て、涼葉は「ガード?」と不思議そうに見ていた。
二人で連れ立ってマンションを出る。行き先はすっかりお馴染みになったいつものショッピングモールだ。
「……見られてる」
バス停で待っているだけだというのに、通り過ぎる車や通行人の視線をしっかりと集めている。
当の涼葉は気にしていないのか、気づいていないのか。
買い物に出かけるのが嬉しいみたいでニコニコと機嫌良さそうにしている。
バスが来ても、涼葉が乗り込んだ途端、時間が止まったように感じる。
まるで映画やドラマのワンシーンのようだと諒一は苦笑しながら、なるべく視線をカットするような位置に移動していく。
そして、チラチラと視線を感じながら、もうすぐ降りるバス停だという時、声がかかった。
「あの!関係者の方ですか?」
椅子に座っていると、通路側に座っている諒一が声をかけられた。
「え?何がですか?」
「お隣の人。モデルさんですか?芸能人ですか?あの、よかったら握手してください!」
近くの高校生らしく見た事のある制服の女の子は、そう言って涼葉の方におずおずと、手を差し出す。
「えっ!」
まさか自分の事を言われているとは思っていない涼葉は、外を眺めていたが、握手して欲しいと言われて驚いて諒一を見る。
「いや、あのー。一般人です、握手はちょっと……」
諒一がそう言いながら間に入ったが、女子高生は信じられないのか、チラチラと涼葉の方を見ている。
「すいません!降りますから」
バス停に停車したので、諒一は涼葉の手を取って逃げるようにバスから降りて、そこを離れた。
「びっくりした……。さっきの方何を勘違いされたんですかね?私誰かに似てますか?」
少し走って離れた場所で胸に手を当てながら涼葉が諒一にそう言うので、諒一は苦笑するしかなかった。
苦笑する諒一を見て、涼葉は少し落ち込んでしまう。
「あの……りょういちくん、もしかして私の格好、変ですか?その、お世辞抜きで……」
諒一の苦笑を逆に捉えて、そういう涼葉に、諒一はますます苦笑してしまう。
「違うよ。涼葉が可愛いからみんな見るんだよ。さっきの女子高生も言ってたじゃん。モデルですか?って」
「むう……ほんとうですか?モデルみたいって……」
俯きながら、疑わしそうな目を諒一に向ける。そんな涼葉の頭を撫でようとして、止めた。髪型が崩れそうで怖かったからだ。
「違うよ、みんなの様子を見てたらわかるよ。みんな可愛いと思って見てるから」
撫でようとしてやめた事が不服だったのか、涼葉は諒一の手を不満げに見た後、咎めるような感じで諒一を見る。
「違います。他の人はどうでもいいのです。りょういちくんから見てどう見えるか、聞いているんです」
そう言われて、今度は諒一が言葉に詰まる。そして、何が言おうとして、止めるを数回繰り返したあと、顔を赤くして、視線を逸らしながら言った。
「その……俺もそれくらい可愛いと思う。だから聞いたんだよ、それで行くのかって。そんなに可愛かったらみんな見るだろって思ってさ……」
目を合わせないようにして諒一がそういうと、途端に涼葉は笑顔になった。
そして機嫌良さそうに諒一の腕に自分の腕を絡ませる。
「わ!ちょ、涼葉?」
「ふふ!りょういちくんがそう思ってくれるならいいのです。さ、行きましょ?プレゼント選ばないとですし」
涼葉はそう言ってグイグイと諒一の手を引く。
「わ、わかったから引っ張らないで」
諒一はそう言ったが、涼葉の勢いはショッピングモールの入り口に着くまで衰えなかった。
その間、通行人の視線をだいぶ集めたが、今度は諒一に対して羨ましそうなものや、恨めしそうなものがだいぶ増えていた。
「りょういちくんは何にするんですか?プレゼント」
すっかり機嫌の良くなった涼葉は、諒一の腕を組んだままそう聞いてくる。
「いや、まだ決めてない。色々見てから決めようとは思ってたんだけど……その、さ。腕組むのはどうかって……みんな見てるし」
涼葉と腕を組んで歩くことによって、諒一にも視線が集まっている。やっかみの視線が多いが、中には微笑ましそうに見てくる視線もあって、なかなかに恥ずかしい。
「あら、りょういちくんがガードしてくれるんでしょ?」
そんな諒一を見上げて、涼葉が楽しそうに言った。
「うっ、確かに言った……けど」
「ふふふ!じゃ諦めてください。ちゃんとガードしてくださいね!」
そう嬉しそうに言われてしまえば、それ以上諒一には何も言う事はできなかった。
口を結んで、周りの視線を見ないようにして歩く諒一を見ながら、涼葉は愉快げに笑うのだった。




