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111.遠足前日の高揚感

 「全然大丈夫みたいっすよ?じいちゃんも賑やかになるって喜んでました」


 舞香の部屋の玄関先で、ゆっくりしていたのか部屋着のままの舞香がニコニコしながら言う。


 マンションに戻り、舞香を訪ねた諒一と涼葉は念のために無理していないかを聞いた。その答えはあっさりとしたものだった。


「今年は予約も少ないらしくて、部屋も結構空いてるみたいっす。いいお部屋を用意しておくから!って、じいちゃん張り切ってたっす」


 嬉しそうに舞香は言うが、あまり負担をかけるのは心苦しい。大勢で押しかけても、きっと食事とかは前の話通りに準備してくれるんだろう。


「あのー……それとですね」


 そんな事を考えていたら、舞香がなにやら申し訳なさそうな顔をしていた。


「どうかしたんですか?」


 涼葉が首を傾げて聞くと舞香が話し出す。


「この前諒一先輩達と話したじゃないっすか、泊めてもらって食事まで準備してもらうのは申し訳ないって」


 今も思っている事を舞香は話し出した。むしろ人数が増えた分申し訳なさは加速度的に増えている。


「じいちゃんに話したっすよ。先輩がそう言ってるって。そしたら……」


 舞香はこの前話した時の事をちゃんと先方に伝えてくれたらしい。もしかしたら、じゃあ少しくらい料金を取っとこうか。とかなってないかな?

 そう考えていると舞香は気まずそうな顔のまま言った。


「じいちゃん、感動しちゃって……。今時そんな若者がいるのかって。もう、むしろワシが招待する。歓迎するからいつでも連れてきなさいって、めっちゃ乗り気になってるみたいっす」


「ええ……」


 舞香の言葉に諒一の頬がひきつる。なぜひどくなった。


「りょういちくん、これ以上何か言うと最高級の部屋に案内されるかもしれませんよ?もうお言葉に甘えておきましょう」


 涼葉も苦笑しながら、言うと隣で舞香が何度も頷いていた。

「よ、よろしく言っといてくれる?なるべくお気をつかわない方向でって」


 諒一が諦めてそう言うと、舞香は笑いながら頷いた。


「りょーかいっす。あまりやりすぎると、遠慮して来てくれなくなるってじいちゃんに言っとくっす。それで、いつから行くか決まったっすか?」


 舞香が日程について聞いてくる。それも相談してしたかったんだけど……。


「また遠慮して殊勝な事を言うと、豪華な部屋を準備されるかもしれませんね。どうしましょうか、りょういちくん」


 涼葉が言った冗談を聞いた舞香が、真顔であり得るっす。と呟くのに、諒一は顔をひきつらせていた。


「決まってないなら、ジブンのオススメを言ってもいいっすか?」


 日程の事を決める前に、宿泊費の件や人数が増えたりするものだから、そこまで決めていない。

 とりあえず舞香のオススメを聞いてみることにした。


「じいちゃんちは、結構な山奥っすけどその分自然は楽しめるっす。毎年年末は雪が降って、近くのお寺で鐘つきもできますし、初詣には例の神社がオススメっす。山奥にある神社っすから人もそんなにいないんすよ。……もし、問題なかったらっすけど、年末から年始にかけて滞在したらどうっすか?いつもと違う気分で年越しができるっすよ?」


 地元の見所を嬉しそうに語る舞香を見ていると、凄く楽しそうに思えてくる。


「俺はいいけど、別に何も用事ないし」


 諒一が言うと、涼葉も頷いて言った。


「私も特にないですね。人も多いですし、わざわざ初詣に行くつもりもなかったから、お正月は引きこもるつもりでした」


 帰省するような家もない二人は、正月だからといって特にする事はなかったのだ。


「じゃあ、その予定でるみちゃん達に聞いてみましょうか?さすが年末年始は予定のある人もいるかもしれませんし」


 涼葉がそう言って、また連絡する事を告げて舞香の部屋を後にした。


「俺たちと違って、ちゃんと家族のあるみんなは難しいかもな」


 諒一が部屋に向かいながら言うと涼葉も頷いた。


「そうですね、さすがにご両親や家族と過ごすかもしれないですね」


 そう言いながら、鍵を取り出した涼葉が諒一の部屋の玄関を開ける。


 中に入って靴を脱ぎながら、諒一は苦笑いしながら言った。


「もう普通に開くのな。別にいいんだけど」


 諒一の言葉を聞いて、涼葉も靴を脱ごうとして一瞬止まって笑った。


「ほんとですね。私も何の疑問もなく自分の部屋の鍵使ってました。……ちりんって音しなかったですね?」


 涼葉がきちんと靴を、諒一の分まで揃えてそう言った。


「あ、ごめん、ありがと。そういえば……。もう当たり前になったんじゃない?」


 そう言って笑いながらリビングのドアを開けて中に入るのだった。



「いいねーそれ!楽しそう!」


 涼葉が耳に当てていたスマホを遠ざける。隣に並んでソファに座っている諒一にまでしっかり聞こえる声の大きさだった。


「もう!るみちゃん、声が大きいですよ?それとちゃんとご家族と相談して決めてくださいね?」


「うんうん、わかってる。ちゃんと親に言うよ!大自然に囲まれて、天然のクリスマスツリーを見ながらプレゼント交換とか楽しそうじゃない?わかった、大ちゃん達には私から伝えておくよ!返事はまとめて送るから、よらしくね!」


 そう言うと、スマホは急に静かになった。


「よっぽど楽しみなんですね、るみちゃん」


 涼葉はテーブルにスマホを置いて笑いながら言った。


「いつのまにかクリスマス会までする事になってたけど?」


「ふふ……プレゼント買いに行かないといけませんね」


 涼葉も楽しそうに言うので、諒一も自然と笑顔になっていった。


「クリスマスに向こうに行ってなくても、あの調子だと絶対やるよな、クリスマス会。プレゼントは用意してた方がいいな。涼葉、明日は用事ある?」


 諒一が聞くと涼葉は首を振った。


「なーんにもないです。ふふ!りょういちくんもですよね?」


 にこやかに言われて、諒一は苦笑する。冬休みに何も用事がない事が、嬉しいと思える日が来るとは思わなかった。

 そう言うと、涼葉は口を押さえて笑った。


「じゃあ、明日。準備してから来ますね?ちょっとはおめかししたいから十時くらいでもいいですか?」


 晩御飯も食べて、しばらくのんびりとおしゃべりした後に、部屋に戻る準備をしながら涼葉はそう言った。


「うん、大丈夫。涼葉がおめかしするんなら、俺も恥ずかしくないようにちゃんとしなきゃな」


「ふふ!りょういちくんは普段通りでも大丈夫ですよ?それじゃ、おやすみなさい」


 玄関を開けて、小さく手を振って涼葉はそう言った。


「うん、おやすみ」


 諒一がそう返事すると、静かに玄関が閉まり、ちゃんと施錠までされた。


「そうは言うけど、隣に並んで恥ずかしくない程度にはなー」


 リビングに戻りながら一人呟く諒一は、少ない手持ちの洋服から一番まともに見えるのを来て行こうと決めて、お風呂に入る準備を始めた。


 前の人生では、ほとんど旅行などしたことがなかった。不登校だった学生時代は、修学旅行も行かなかった。高校の時はまともに行くようになったので、高校の修学旅行くらいしか記憶にない。

 ほとんど家にいない父親がどこかに連れて行く事はないし、自分も働きだしてからは、忙しいのと一緒に行くような人もいなかったので、わざわざ旅行に行ったりもしなかった。


 こうして、楽しそうな旅行に行く前の高揚感は、初めて味わったと言ってもいいくらいだった。


「本でよくある、遠足に行く前の日に楽しみすぎて眠れなかったってよくあるけど……こんな気持ちって事はなのかな?確かにわかるな」


 一人呟きながら、諒一は微笑む。そして、着替えを手にすると脱衣所のドアを開けて中に入る。

 すると、目の前にある洗面化粧台の鏡に自分の姿が写る。


「楽しみそうな顔しちゃって」


 そう言って諒一は鏡を指で弾くのだった。

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