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108.やさしくない勉強会

「お昼までもう少し時間がありますから、少しでも進めておきましょうか」


 涼葉が時計を見ながらそう言った。確かに昼までは一時間少々の時間がある。話を聞く限り篠部と壮太の試験対策は絶望的なレベルにあるので、少しでも進めておくべきだろう。


「うん、よろしくお願いします!」


 篠部本人もそれは理解しているのか、普段あまり見せない真剣な顔で涼葉に向き合っている。その言葉を皮切りに、それぞれ持ち込んできた教科書やノートを広げていく。

 想定より人が増えたので、涼葉の部屋からも持ってきたテーブルも合わせて場が整えられていく。


 自主的にやれる大志と楓花は端に行って、重点的に見る必要がある篠部と壮太を真ん中に置いて、篠部の隣に涼葉が、壮太の隣には諒一が座っている。


 まずは篠部も壮太も苦手としている数学から手を付ける。


「じゃあ、るみちゃん。とりあえずこの問題を解いてみてください」


 そう言って涼葉が取り出したプリントは、参考書から抜粋した涼葉お手製の問題用紙だ。最初は基礎的な問題ばかり集めてあり、段階的に難しくなっていく。

 涼葉が参考書を片手に、作ったものだ。


「あれ……もしかして、これ、すぅちゃんが作ったの?」


 篠部が呟くと涼葉はにっこりと笑った。


「優しい問題から順に解いていけば理解も進むと思いまして……。渡さんの分もありますよ?」


 にっこりと笑顔で壮太にもプリントを渡す。


「すげぇ……なんか学校の小テストみたいだ」


「いや、ほんとだな。しかも問題の出し方もしっかり考えてあるしな。卯月、手間をかけさせて悪いな」


 額を寄せ合ってプリントを眺める壮太と大志が驚いている。かかっている手間が分かる大志は申し訳なさそうな顔もしている。


「いえ、どうやったら理解してもらえるか考えた結果なので……作るのは手間ですけど、こうして教える時には楽になるので、そんなに気にしないでください」


 笑顔で天使みたいなことを言う涼葉に、篠部も壮太も拝みだすレベルで感激している。


 「よぉし!すぅちゃんがここまで準備してくれたからには、頑張らないとね!篠部さんの本気を見せるよ」


 そう言って篠部は普段見せないやる気をみなぎらせて、プリントに取り掛かった。カツカツとシャーペンがテーブルの天板を叩く音だけが部屋に響く。涼葉の作ったプリントは一問めで公式や基礎的な部分を理解して、あとはそれの応用で解く問題が続いている。

 だから一問めだけ涼葉や諒一が解き方とか公式のあてはめ方を実践して教えれば、後は自分で応用して解いていける。


 諒一は、涼葉がプリントを作る時に言ってた言葉を思い出していた。


「教える方が本気を見せれば、教わる人にもそれが伝わるものですよ?」


 ちらりと篠部と壮太の様子を見る。二人とも教えてもらった後は、見たことがないくらいに真剣な顔をして問題に取り組んでいる。分からない所があれば、そのままにしないでちゃんと質問して理解しようとしている。どうやら涼葉の本気はちゃんと伝わったらしい。今のところは……。


 ――十分後。


「できたぁ~~!」


「俺もできた!」


 ほとんど同時に篠部と壮太が声を上げた。そして二人は涼葉にプリントを渡して、採点される。

 壮太のプリントをざっと見たが、明らかな誤答は無いように見えた。


 緊張した様子で、採点する涼葉と諒一を見る二人が固唾を飲む。


 やがて、涼葉がそっと赤ペンを置いた。


 「うん、お二人ともちゃんとできてますね。満点ですよ」


 にこりと笑った涼葉がそう言うと、篠部と壮太が歓声をあげた。


「やったぁ!ほら見た?篠部さんも本気を出せばこれくらいの問題なんてお茶の子さいさいなわけですよ!」


 これでもかと、どや顔になった篠部は、そら見ろと言いたげに大志に向かってそう言っていた。


「え、でもこれって……」


 どうやら壮太は違和感に気付いたようだ。戻ってきたプリントに目を落としている。


 「見た?すぅちゃん!本気を出したらこんなもんよ」


 どや顔でそう言う篠部に、にこにこと笑顔を向けていた涼葉が、手を叩いて褒める。


「はい、ばっちりですね。この部分は」


 その言葉に、篠部がぴたりと動きを止める。涼葉は笑顔のまま自分のバッグに手を入れると、別のプリントを出して二人の前に置いた。


「へ?すぅちゃん?これは……」


 プリントと涼葉の顔を見比べてぽかんとした様子でそう言う篠部と、なんとなく先を想像したのか顔を引きつらせている壮太。

 涼葉はそんな二人に笑顔を崩さないで言った。


「じゃ次の問題ですね。あ、最後に総まとめの問題がありますから、今覚えた事を忘れちゃだめですよ?」


 そこでようやく篠部は理解したようだ。いまやった部分は登山で言えば登山口を過ぎたばかりだったという事に。


「あのー……ちなみに、そのプリントって何枚くらいあるの?」


 少し声を震わせながら篠部が聞くと、涼葉はかわいらしく小首をかしげる。


 「さあ、数えてまではいないんですが……。今回のテスト範囲は網羅してますので百枚くらいはあるかと。あ、だいじょぶですよ?今の調子で解いていけばすぐに終わります。頑張りましょうね!」


 そう言って両手を握ってガッツポーズをして見せた涼葉に、蒼白になった顔色で篠部はこくんと頷いた。さっきまでのテンションはあっという間にどこかに飛んで行ってしまったようだ。


 ――それから三十分後。


 篠部がテーブルに突っ伏して、額を打ちつける「ゴン」という音が部屋に響いた。


「る、るみちゃん!」


 慌てて涼葉が篠部の肩を持って起こすと、篠部は形容し難い表情になっていた。


「あ゛~~むりむりむりぃぃ~~~!こんな数字と記号ばっかで何が分かるって言うのよ~~~!」


 絶叫する篠部に涼葉は驚いた顔をしている。


 「おい、るみ。まだ三枚目だろ?基本的な部分だろ。ちゃんと教えてもらえばできるから」


 このままではまずいと思ったのか、大志がそう言って落ち着かせようとする。


 ――なるほど、多分大志が教えようとしたら、一問めでこうなるんだろうな……。


 諒一の脳裏にその情景がはっきりと浮かんだ。論理的だが少し難しい言い回しをするところがある大志と、難しくて分からないものは、記憶からシャットアウトしようとする篠部はその点においては相性が最悪と言っていい。


「ほら、見てください。るみちゃん、このままじゃなくてさっきの公式を使ってこうすれば……ほら答えが見えてきませんか?」


 奇声を発しだした篠部に、涼葉は優しく寄り添って教えている。


「涼葉の作ったプリントは、一問めを実際に解いて見せるからな。その辺も合理的なんだよな」


 そう言いながら諒一も隣の壮太のプリントの一問めを、解き方を説明しながら解いて見せる。そうする事によって、問題が訳の分からない数字と記号の羅列から、ちゃんと意味のある数字の組み合わせだという事を実感できる。


 「数学の苦手な人は特に、数字と記号に拒否感を持っているからな」


 大志が感心したようにそう言って、篠部を見る。篠部は涼葉の説明を聞きながら小さく何度か頷いている。


「あっ、まって!こうして……これを当てはめて……」


 涼葉の言葉をヒントにしながら問題を解いている様子に、周りで見ている人も思わず拳を握る。


「ちょっと待って……あ、え?えっえっ…………解けた」


 ぽつりと呟かれたその言葉に固唾を飲んで見守っていた楓花達からも安堵の息が漏れる。とくに隣で、篠部が投げ出さないように、絶妙にヒントを出したり、正しかったらきちんと褒めたりして、篠部のテンションを維持しながら調整するいう難しい作業も同時に行っている涼葉は凄すぎる。


「解けたよ、すぅちゃん!やっぱあたしってすごい?天才かも!キャー!」


 嬉しそうにまくしたてる篠部を見て、微笑みながらプリントを見た涼葉が、深く頷いて言った。


「すごいです、るみちゃん。答えは間違ってますけど」


「あ、え?……え?あ~……」


 ゴン!


 再び額をテーブルに打ち付けた篠部に、大志は頭を抱えて大きなため息をついた。そんな篠部に、涼葉は慌ててフォローの言葉を並べるのだった。

 

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