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107.やさしい紅茶

ピンポーン


 時間は十時半。約束の時間ぴったりに部屋のインターホンが鳴った。


「来たみたいだな」


 キッチンでおでんの様子を見ていた涼葉に声をかけて、モニターを見ると、間違いなく篠部達だったのでエントランスの自動ドアを開けるボタンを押して、そのまま部屋の玄関に向かう。

 すぐに上がって来るだろうから、ドアを開けて待ってようと考えたのだ。


 「さむっ」


 呟きながら玄関のカギを開けて、ドアを押し開く。ちょうど同じタイミングでエレベーターが開く音とにぎやかな声が聞こえてきて、思っていたよりも多い足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


「あ、待っててくれたの?ありがと諒ちゃん」


 諒一の部屋のドアが開いている事にすぐ気づいた篠部が小走りにやってきて、ドアを開けて待っていた諒一にニコニコと笑いながら言った。


「今日は一段と冷えてるな。寒かったろ?ほら、入って入って」


 十二月に入って冬の本領発揮とばかりに落ちだした気温は、例年より低いと天気予報で言ってたのを思い出す。それを証明するように次々と玄関に入ってくる友人たちは、誰も鼻や耳を真っ赤にしている。


「っていうか……、増えてるし」


 思わずそう言った諒一に、来ると聞いてなかった人物たちは苦笑いしながら口を開いた。


「急に来てすまない……。やっぱり水篠達にばかり任せておくのは悪いかなって思ってな」


 そう言って鼻の頭をかいている大志と、その後ろにはバツが悪そうに笑う楓花の姿もあった。


「ごめんね、水篠くん。話を聞いて私も行きたかったって言ったら、るみちゃんが一緒に行こうって……。事前に連絡しようってしたら、それもいいからって……」


 なるほど、どうせいきなりやって来て脅かそうとか、そういうノリだったに違いない。そう考えた諒一が主犯の篠部にジト目を送ると、本人はケロッとしている。


「いやー、平凡に過ぎていく日常に、少しだけいろどりを添えようと思ってね?軽めのサプライズ?的な」


 そう言って笑うとサッサとリビングの方に行き、ドアを開けた瞬間「来たよ、すぅちゃん!」と、にぎやかな声を上げている。


 悪びれるどころか、部屋の住人である諒一に許可を取ることもせずに中に入っていき、壮太も一緒になってあがっていった。


「すまん……」


 それに対して、大志が申し訳なさそうにそう言ってくる。諒一は気にするなと、大志の肩を軽く叩いて中に入るように促しながら言う。


「いや……なんて言うか、篠部だから、な。ああ、大野さんもいらっしゃい。寒かったでしょ、入って」


 寒そうに立っている楓花にもそう言って部屋の中に誘い入れる。篠部るみという人物にだいぶ慣れてきた諒一は、この程度の事であれば「篠部だから」で流せるようになっていた。



 大志と楓花を伴ってリビングに入ると、すでにテーブルのまわりに座ってくつろぐ篠部と壮太の姿がある。そしてふわりとさっきはなかった香りが漂っている。

 ……涼葉がみんなに温かい紅茶を振舞おうとしているらしい。


 諒一は大志達にもくつろぐように言って涼葉を手伝おうとキッチンに向かった。


キッチンでは人数分のカップを並べて紅茶を注いでいるところだった。


「あ、りょういちくんはコーヒーがいいですか?」


 諒一がやって来るのに気づいた涼葉がそう聞いてくる。見ると諒一のカップだけ少し離して置いてあるのを見ながら諒一は首を振る。


「いや、とりあえずみんなと一緒でいいよ。ありがと」


 何も言わずにさっと準備してくれる涼葉にお礼を言いながら、諒一は棚からお盆を出してきて、涼葉が入れた紅茶を乗せていく。


 そうしていると、一緒でいいと言われた涼葉が、少しだけうれしそうな顔になって諒一のカップにも紅茶を注いでいるのに気づいた。それを見ていると、視線に気づいた涼葉が諒一を見てにっこりと笑顔を浮かべて言った。


「今日の紅茶は、とても上手にできたんです。だからりょういちくんも一緒に飲んでくれるのがうれしくて」


 「自信作ですよ?」と、そう言って微笑む涼葉に、諒一の心臓がどきりと弾む。だいぶ慣れたとはいえ、こういう時の嬉しそうな笑顔は、まだまだ諒一の心臓を跳ね動かす力は十分にあるのだ。


「なーんていうか……二人は、いつまでもまぶしいねえ」


 そんな声が聞こえてきた方を見ると、いつの間にか楓花がリビングとキッチンの境界にあるカウンターに肘をついて開いた手にあごを乗せた状態で二人を眺めていた。


「ふっ、楓花さん!いつからそこにいたんですか?」


 のぞき見されていた涼葉が頬を染めながらそう言うと、楓花はニコニコと笑顔のまま言った。


「いや、飲み物入れてくれてるって聞いたから、運ぶのくらい手伝おうかなって思ったんだけど……二人の空間を邪魔するのが忍びなくて、黙って見てた」


「も、もう!声をかけてくださいよっ」


 頬を赤らめた涼葉にそう言われ、楓花は笑いながらごめんごめんと謝りながら、紅茶を乗せたお盆に手を伸ばして、涼葉から受け取ると、それを持ってみんなの所に戻って行った。

 

 「……なんか、ああいう時の大野さんって、俺たちが話しているのを眺めるときの諏訪崎さんに似てない?雰囲気が」


 諒一が苦笑いしながらそう言うと、涼葉は目線を上に上げてしばらく考えると「ああ!」と頷いた。


 それは諒一や涼葉の周りにいる友人全員に言える事なのだが、特に楓花と舞香は、諒一と涼葉が仲良く話している姿を好んで見ている感じがある。

 もしかしたら楓花も、舞香の言う「潤い」なるものを感じているのかもしれない。


 そんな事を言って笑い合いながら、涼葉の隣に行く。その前には涼葉が買ってきたペアマグが並んでいる。二人の分はお盆に乗せなかったようだ。


「はい、りょういちくん。熱いですよ」


 涼葉はやってきた諒一に、薄い緑色の背景に白い模様の入ったカップを手渡してくれる。


「うん、ありがとう」


 カップを受け取った諒一は、息を吹きかけながらカップに口をつけて香りを堪能しながら口に含んだ。温かい液体が、喉から食道を通って、胃の方に流れていくのが分かる。

 

 そして「ほう……」と息を吐いて顔を上げると、少し不安そうに諒一を見る涼葉と視線が交錯する。


「うん、おいしいし、香りがいいね」


 諒一がそう言うと、涼葉はホッとしたような顔をした後、少し自慢げな笑顔を浮かべる。


「口に合ってよかったです。この茶葉は、私も香りと優しい口当たりが気に入ったんですよ。すこし高かったですけど、りょういちくんにも味わってほしくて買っちゃいました」


 嬉しそうにそう言うと、涼葉も自分のカップから一口飲んで、満足そうな顔をする。

 

 そんな涼葉の笑顔と、お気に入りを分かち合おうとしてくれる気持ちが諒一の胸をほんのりと温めてくれる。涼葉の、その嬉しそうな笑顔は、だいぶ見慣れているはずの諒一の心を揺さぶって、暖房の効いた部屋と紅茶の温かさだけではないものが諒一の頬を染めていく。


 ――その笑顔は反則だ……。

 

 心の中でそう思いながら、自分のカップを持って、微笑み合いながらリビングの方に歩いていくのだった。

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