105.冬の一コマ
いつものようにしっかりと朝食を食べて、学校に行く。
十二月に入って急に冷え込んで、諒一は体を丸めながら歩いている。
地域的にあまり雪が積もる所ではないが、太陽も雲に隠れて余計に寒さを演出している。
マンションを出て、歩きながら諒一は思った。今は当たり前のようにこうして登校しているが、学校に行け、と言われていた頃からしたら何だったんだろう。と、思えるほど抵抗はなくなっている。
「どうしたんですか?りょういちくん」
ふとそんな事を考えていたら、隣を歩く涼葉が首をコテンと倒して聞いてくる。
「あ、いや。学校に行くのを嫌がってたのが、今は全くそう思わないからさ」
そう言うと、涼葉も少し考える素振りをする。
「そうですね……なんかすごくスムーズに学校行ってますもんね」
「前の今頃は多分、泣きながら行きたくないって騒いでたんだよな……」
昔を思い出しながら諒一が言うと、クスクスと涼葉が笑っていた。
「りょういちくんが泣きながら行きたくないって言ってたんですか?……少し見たいです。ちょっとやってくれません?」
涼葉が面白そうな顔でそう言うと、諒一は苦笑いになった。
「やだよ……涼葉の前で泣きわめくなんて。」
プイッと前を向いて諒一はそう言ったが、耳が赤いのは寒さのせいだけではないだろう。
「ふふ……残念です。あ、るみちゃん待ってますよ?」
前を見るといつもの場所で、篠部が手を擦り合わせながら立っている。
「寒いんだったら、先に行けばいいのに」
苦笑いして言いながら、二人とも自然と早歩きになってあた。
「あ、諒ちゃん、すぅちゃんおっはよ!寒いねぇ」
「おはよ。寒いなら無理して待ってなくても」
諒一がそう言うと、篠部は涼葉の腕を取る。
「そう言って、諒ちゃんがすぅちゃんを独り占めする気でしょ!私もすぅちゃんとラブラブするんだから!」
「ちょ、ちょっとるみちゃん!ラブラブって何するんですか!」
腕を組まれた涼葉が、篠部の言葉に焦っている。
「ラブラブ?こーんな事だね!」
そう言って篠部は腕を組んだまま涼葉に密着した。
「もう、るみちゃん。でも、今日は寒いからちょうどいいですね」
涼葉が笑いながら言うと、調子に乗った篠部がニヤニヤ笑いを浮かべる。
「そうだね!ほら、諒ちゃんもラブラブしなよ!私が許すから。ほら、そっち側」
そう言って、自分がしがみつく逆側を指差す。
「で、できるか!」
赤くなって、そう言う諒一を見て、篠部も涼葉も笑い声をあげるのだった。
◆◆ ◆◆
「おはよう!水篠……じゃなかった、ええと」
諒一を見た大志が挨拶しようとして、言葉に詰まっている。それを見て諒一も苦笑いになりながら言った。
「いいよ、水篠で。中学の間は水篠で通そうって思ってるし。涼葉もね」
「そ、そうか。でも途中で苗字を変えるって面倒なんだな。深く考えた事なかった。」
少しホッとした様子で大志はそう言った。
「うん、なんで変わったのか聞かれても説明が面倒いしな。結婚して変わるのはまた別なんだろうけど」
諒一がそう言った後に、後ろから変な声が聞こえる。
振り返ると、篠部が涼葉に何か耳打ちしている。変な声を出したのは涼葉だったようで、真っ赤になって焦っている。
「また何か変な事を言ってるな?」
半目になりながら近づくと、涼葉にすごい勢いで目を逸らされた。
それに軽くショックを受けてると、楓花や壮太も登校してきて、いつもの顔ぶれが揃う。
それぞれと会話しているうちに先生が来てホームルームが始まった。
◆◆ ◆◆
放課後、諒一の周りは空気が重くなっていた。特に篠部と壮太がひどい。
「今回範囲はそう広くないだろう。今からでも遅くないからちゃんとやり直して身につければ大丈夫のはずだ」
メガネの位置を調整しながら大志が言うと、篠部が恨みがましい目でそれを見ている。
「大ちゃんは頭がいいからそんな事が言えるんだよ……。少し前に習ったとこなんか綺麗さっぱり頭から抜けてるよっ!」
ヤケクソ気味に篠部が悲痛な声をあげる。その声に壮太も「そうだそうだ!」と同意の声をあげている。
今日の授業で冬の定期試験の範囲が伝えられたのだ。そこで赤点でも取ろうものなら、冬休みに登校して補習という地獄が待っている。
諒一や涼葉は真面目に勉強する方だから、そこまで不安はないのだが、壮太と篠部にとっては不安しかないらしい。
「はぁ……だからコツコツとやっておけとあれほど……。水篠達は平気そうだな?」
苦笑いを浮かべながら、もがいてる篠部と壮太を見ていた諒一の涼葉の方を見た大志がそう言った。
「まぁ……俺たちは、割と真面目に勉強してるからな。俺と涼葉が不得意な科目が違うから、お互いに教え合う事ができるしな」
諒一がそう言うと、篠部のジトっとした目で見られる。
「……いいな、諒ちゃんは。すぅちゃんと勉強できて。そりゃあ私だってすぅちゃんと一緒にお勉強できるならもう少し真面目にやれるさ!」
「おい、篠部……「あら、それなら早く言ってもらえれば一緒にお勉強したのに」
篠部の言葉を止めようとした諒一の声は涼葉の声にかき消された。
「え!ほんと?教えて下さい!」
「お、俺もお願いします!」
涼葉の声にガッツリ食いついてきた二人を見て、諒一は額に手を当てため息をついた。
「あ……でもお勉強するならりょういちくんのお部屋でする事が多いので、りょういちくんの許可がおりればですけど……」
涼葉がそう言うと、篠部と壮太の視線がぐりんと諒一に向く。
その勢いに、もはや何を言っても無駄かと諦めた諒一は、すんなりと許可をだした。
「やったあ!ありがとう、すぅちゃん、諒ちゃん!これで今度の試験はなんとか凌げそうだよ。んでさぁ、試験って何日からだっけ?」
後頭部に手を当てて、エヘヘと笑う篠部だったが、これにはさすがの壮太も引いていた。深いため息をつきながら、試験の日程と科目をスマホのメッセージアプリで送る大志の、普段の苦労が伺い知れた。
そんな大志をよそに、勉強会ができる事を手放しで喜ぶ篠部に、諒一は哀れみの視線を送っていたのだが、浮かれている二人は最後まで、それに気づくことはなかった。
そして、浮かれる二人の後ろで、真剣な顔で試験範囲の確認をしている涼葉の姿を見て、教室の中は暖房が効いているはずなのに、諒一はぶるっと身震いしていた。
「すまないな、水篠。俺は教えるのが下手だって、いつもるみに言われるからな。俺とは一緒に勉強したがらないんだよ。卯月と一緒なら少しは真面目にやると思うから、迷惑をかけるけど頼む」
大志にまで頭を下げられて、諒一は何とも言えない顔になっていた。
「水篠?」
大志は諒一の様子に気づいたようで、声をかけてきた。
「いやぁ……、涼葉ってさ、勉強する時ってすごく真面目と言うか、覚えるまで叩き込まれるというか……結構スパルタだぞ?」
その言葉と諒一の表情で色々察した大志だったが、篠部をもう一度見て、「すまない、頼む」とあらためて言った。
大志としても、篠部が赤点を取るような事にはなってほしくないのだろう。
笑顔の篠部は涼葉と話して、トントン拍子に次の土日で試験範囲を全部やってしまおうという話しになっている。
「それは言い換えれば、試験範囲を涼葉が合格点を出すレベルまで理解しないと解放してもらえない事になるんだけどなぁ」
小さく呟いた諒一の言葉は、隣にいた大志以外には聞こえる事はなかったようだ。
壮太もこれで一安心といった顔になっていたから。




