104.お礼参りとお友達の招待
「あ、すいませんっす」
お茶を出してくれた涼葉に舞香が礼を言っている所に、諒一が手を拭きながらリビングに入ってくる。
「ごめん、風呂掃除しててさ」
一応そう言っておくと、舞香は機嫌良さそうに首を振った。
「いえいえ、諒一先輩の部屋で普通に過ごしてる涼葉先輩が見れたんでよかったっす。ちょ、涼葉先輩叩かないで下さいっす」
舞香が余計な事を言うものだから、隣に座っている涼葉からぱしぱしと背中を叩かれている。
「で?どうしたの。さっきの話のこと?」
諒一が聞くと、涼葉も叩くのをやめて聞く体勢になった。
「はい。電話してみたんですけど、やっぱりじいちゃん達大喜びだったっす。宿泊費も食事も気にしなくていいから、ぜひ来て下さい。だそうです。その、ジブンはまだ行くのは決定してるわけじゃないからって、言ったんですけど、じいちゃん喜んでテンションあがっちゃって……諒一先輩達を連れていくのが、少し心配になってきたっす」
泊まれるかどうかの確認だけのつもりで電話したら、相手の方が乗り気になってしまったと。
「言わないけど、やっぱり行きませんっては言い出しづらいな。そこまで歓迎されると」
若干引いた感じで諒一が言うと、涼葉はニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。
「きっとおじいさんも、舞香さんが来てくれるのが嬉しいんですよ」
真正面からそう言われ、舞香も照れて頭をかいている。
「いやぁ、そうっすかね?でも、宿泊費どころか食事までつけてくれるのはジブンも予想以上だったっす」
「食事付きってのはさすがに悪いなぁ……。こっちが気にするからって言ってもだめかな?」
さすがに食事までお世話になるのは気が引ける。舞香は祖父の家でも、諒一と涼葉にとっては初めて赴く場所だ。
「うーん……じいちゃん頑固っすからねぇ。一度言った事は引っ込めてくれないと思うっす。まあ、いいじゃないすか、得したと思えば」
舞香は簡単に言うが、そこでただ得したと思えるなら初めから言わない。
「諏訪崎さんが言ってもダメか?」
やや困った顔になりながら諒一が言うが、舞香は首を振った。
「じゃあ、ご飯代は払いましょう」
ポンと手を、名案とばかりに涼葉が言うが、それにも舞香が首を振った。
「たぶん死んでも受け取らないって思います……」
「ええ……」
涼葉も眉を下げ、困った顔になった。
「そこで、やったラッキーてならないとこが諒一先輩たちらしいっすね」
苦笑いしながら舞香が言う。
「そう言うけど、初めて訪問するところで、しかも相手はそれを商売にしているんだからさぁ」
諒一がそう言うと、涼葉も同じ考えらしく、何度も頷いている。
「うーん、わかったっす。先輩たちがそこまで言うなら、ジブンからももう一度言ってみるっす。あまり期待はしないでほしいっすけど……」
そう言うと舞香は立ち上がった。
「じゃまた連絡するっす。お二人は日程の計画よろしくっす!」
さっと手を挙げてそう言うと舞香は諒一の部屋を出て行った。
「うまく話がまとまってくれるといいけど……」
舞香が出て行った後を見ながら諒一が言うと、涼葉がクスクスと笑いだした。諒一がどうしたのかと見ると、涼葉は小さくすいませんと謝ってから話し出した。
「だって、変わった悩みだなって……りょういちくんらしいなとも思いますけど」
涼葉に笑われ、ちょっと口をとがらせながら諒一は言う。
「だって、行ってみて良い所だったらまた行きたいじゃん。あんまりよくしてもらうと今度から気が引けるでしょ?」
「まあ確かに、それはそうですね。さすがに毎回こんなに歓迎はしてくれないでしょうけど、気が引けるのはありますね。……でもいいんじゃないでしょうか。それだけ舞香さんがお友達を連れてくるのが嬉しいって事でしょうし。よくしてもらった分、いっぱい宣伝してあげるとか」
意外にも涼葉は受け入れていた。涼葉は気にするだろうと思っていたのだが……。そう言うと、涼葉はまたクスクスと笑って言った。
「だってお友達のおうちですから」
◆◆◆◆
結局、良くしてもらった分周りに宣伝する事と、何か手伝う事があればやると舞香に伝えてもらった。孫が三人来たくらいに思ってくれればいいと。おじいさんとおばあさんの二人で切り盛りしているそうなので、手が回っていない所が結構あるんじゃないだろうか。そう思ったのだ。
涼葉もそれで乗り気になってくれたし。話しがまとまったのが結構遅くなったので、朝から舞香にメッセージを送っている。なんにせよ、冬休みの話だ。まだ冬休みまでは二週間はある。
ちょうどメッセージを送り終えたところで、玄関が開く音がして、スリッパの音が近づいてくる。諒一が時計を見ると結構時間が経っていた。
「おはようございます、りょういちくん。さあ、朝ご飯一緒に食べましょ」
入ってきたのは当然涼葉で、その手にはお盆がある。まだ湯気が立ち上っているので、作りたてなんだろう。彼女の中で諒一をもう少し太らせる事と、食に興味を持たせる計画は依然進行中のようで、こうしてご飯を作って持ってきてくれるのだ。
ありがたいんだけど、申し訳なくもある。
「りょういちくん?」
涼葉が諒一の表情から何かを読み取ったようで、呼び方にわずかにとげを感じる。
「や、ありがとう涼葉。きょうもおいしそうだね」
ここで悪いな、とか申し訳ないとか言うと涼葉の機嫌が悪くなる。自分がやりたいからやってるのだと、朝からお説教を受ける事になるのだ。
口に出かかった言葉を飲み込んだ諒一は、その言葉をお礼と称賛にすり替えて発すると、涼葉の顔が笑顔に変わる。
ばれないように「ふう」と息をつくと、テーブルの方に移動する。言葉は変えても嘘は一切言っていない。今日は和食で揃えられた朝食は、お味噌汁と卵焼き。ここでいつもならシャケや納豆がつくのだが、今日は昨日の夕食に出た煮物が付いてきている。
亜矢子をして主婦並みと称される涼葉の料理は無駄がなく、量が多くなる煮物などはこうして朝ごはんと、おそらくお弁当にも入るだろうし、朝食に出ている卵焼きも弁当の余りだ。
「いつもありがとう。いただきます」
手を合わせてそう言うと、涼葉は嬉しそうに笑ってくれる。同じようにいただきますと言うとお味噌汁に口をつけている。
こうして毎日朝からそれなりの朝食と弁当を二人分作るとなると、大変だろうに、彼女は自分がやりたいんだからと言って譲らない。
「どうですか?」
諒一が味噌汁に口をつけると、わずかに不安を滲ませて聞いてくる。もちろん諒一はにっこり笑っていつも通りおいしいよ。と言うと安心したように食事を続けている。
「これだけしてもらってるのに味まで気を使うって……頭が下がるよ」
思わず諒一がそう言うと、涼葉は優しい顔になって言った。
「これは私が好きでしている事ですから……それにりょういちくんを太らせよう計画の一環でもありますので、おいしくないと食べてくれないでしょう?」
「や、せっかく作ってもらって食べないって事はないよ。でも確かに最近お味噌汁は涼葉の作ったやつじゃないと満足できないようになってきた。やっぱりインスタントってインスタントなんだなって思った」
「ふふ……なんですかそれ。でもありがとうございます。そう言ってもらえるだけで苦労も報われるというものです」
と、本当に満足そうににっこりと笑って言うのだから……やっぱり涼葉にはかなわない。
「こういうのが胃袋を掴まれるって言うんだっけ?」
そう諒一が言うと涼葉は笑みを深くする。
「ふふ……掴んじゃってますか?」
「うん、もうね胃袋が掴まれて関節極められてるね。こうやって」
そう言って諒一が実際に関節を極められて動けない人間の真似をすると涼葉はおかしそうに笑う。
外は冬の風が吹いているというのに、諒一の部屋のこの一角だけは、毎朝春のような温かさが包んでいた。




