103.お礼参りとお友達の招待
すっかり陽が短くなって、早めに暗くなりつつある道を諒一と涼葉は歩いていた。
「楽しかったですね」
ご機嫌な様子で涼葉が言う。あれから結局三曲ほど立て続けに歌わされた諒一は、少し疲れ気味だ。
さすがに可哀想と思ったのか、大志も一緒にマイクを握ってくれたし、それに影響されたのか涼葉も一緒に歌ってくれた。
「涼葉も歌上手だったじゃん。篠部達も驚いてたけど、この前カラオケ行った時は歌ってなかったの?」
思い出したくもないが涼葉が信二に連れて行かれた日。あの日は篠部と楓花と三人でカラオケに行ってた筈だ。
「あの日は歌ってないです。るみちゃんも楓花さんも無理強いはしてきませんよ?今日だって多分りょういちくんが本気で嫌がったら「しょうがないなぁ」って諦めてたと思いますよ?」
涼葉がした篠部の真似が意外に似ていた事に、顔を見合わせて笑ってしまった。
それはそれとして、しょうがないなぁで見逃したのは相手が涼葉だったからじゃないだろうか。篠部のイタズラっ気の強い笑顔を思い浮かべて諒一は苦笑する。
「あれ、お二人とも。おでかけだったっすか?」
そんな感じで歩いていたら、後ろからそんな声が聞こえた。誰が発したのか見なくてもわかる特徴的な言い方に、もう一度涼葉と顔を見合わせて笑った。
「相変わらず仲がいいっすねぇ……。いいことっす。潤いは大事っす」
そう言いながら、買い物の帰りらしい舞香が涼葉の隣に並んだ。
「前々から思ってたけど、なんなんだよその潤いって……」
半目で舞香を見ながら諒一が言うと、舞香は悪びれることもなく笑う。
「潤いは潤いっすよ。お二人が仲がいいと発散されるっす。ありがたやありがたや」
「拝むな!訳がわかんないんだけど?」
睨むのをやめない諒一に観念したのか、舞香は僅かに苦笑いになる。
「説明するのは難しいんですよねー。なんて言うか……お二人が仲良くしてるのを見ると、こっちも嬉しくなるんす。それが潤いっす」
一応説明したつもりなんだろうが……
「やっぱりわからん」
諒一はそう言い、涼葉は苦笑していた。
「あ、そうだ!舞香さんお願いがあるんです」
パンと両手を合わせて、涼葉が言うと舞香は興味深々で涼葉を見た。言う前から「いいっすよ!」って言う姿が見えてくるようだ。
「今度の冬休みに、舞香さんの地元に行きたいんです。正確に言うと、舞香さんの地元の神社ですね。買ってきたもらったキツネさんのおうちにお礼を言いに行きたくて」
ニコニコと笑顔でそう言う涼葉を見ていた舞香も、すぐに笑顔を浮かべて言った。
「いいっすよ!」
◆◆ ◆◆
「へぇ、お礼参りってそう言う意味だったんすか。諒一先輩博学っすねぇ」
感心した様子で諒一を見る舞香に、なぜか涼葉が機嫌良く受け答えしている。
「そうなんですよ?決して不良の方が仕返ししに行く事じゃないんですからね?」
「ジブンはそう思ってたっす。よかったっす、聞いた時は諒一先輩が木刀担いで神社に乗り込む姿を想像したっす」
ニコニコ笑顔で話す涼葉と舞香を、諒一は憮然とした顔で見ている。
「だから、なんでそうなるんだよ……。俺がそんな事するわけないだろ?」
「いや、涼葉先輩が絡むと諒一先輩は暴走気味っすから。亜矢子さんからも言われてるっす」
亜矢子は舞香に一体何を言ってるんだろうか。
「まぁとにかく、冬休みっすね?りょーかいです。お任せあれ!あ、じーちゃんち旅館なんですけど、なんだったら一泊します?ちょっと日帰りはつらい距離っすよ?」
舞香のお爺さんが旅館を経営しているのは初耳だけど、一泊するっていうのは……
涼葉を窺うと、目が泳いで動揺しているのが分かる。
「その……例えば日帰りだと、そんなに強行軍になるのか?」
諒一も動揺を抑えきれないまま聞くと、舞香はおとがいに手を当てて考え出す。
「うーん……やってできない事はないっすけど……電車を使って片道五時間くらいはかかるっすよ?」
「五時間!意外とかかるんだな?」
諒一がびっくりしていると、舞香は苦笑いになって言った。
「山の中っすからね。最寄りの駅から車で一時間ちょっと走るっすから……やっぱ日帰りはきついっすよ」
舞香の言葉に、諒一は少し簡単に考え過ぎていたと反省した。
だからこの前総一郎さん達と舞香が地元に戻った時、あんなに時間がかかってたのかと今納得した。
「その……舞香さんのおじいさんの旅館って、お願いしたら泊まれるんですか?」
涼葉も少し意外だったようで、神社行きの計画が危ぶまれて心配そうな顔になっていた。
「それはお任せっす。ジブンがお願いすればいけるっす。そんなにお客さんでいっぱいになる事ないっすから大丈夫っすよ。」
舞香がそう言うと、諒一と涼葉は顔を合わせて考える。
「そっかー。ちょっと考えとくよ。いや、神社には行きたいからさ。もしかしたらお願いするかもだから、一泊の料金を聞いといてくれないか?」
神社に行く事は確定のつもりで言うと、涼葉は嬉しそうな顔で手を握ってきた。
行けないかもしれないと心配していたみたいだ。
「神社には俺も行きたいからさ。どうしても行くのに時間がかかるなら、それなりの準備をすればいいわけだし」
「はい!楽しみです」
柔らかい表情でそう話す二人を見て、舞香も笑顔になっていく。
「いやー、神社よりお二人を見てた方が幸せになるっすねー。あ、費用は心配ご無用っす。ジブンが身内特権でお二人を招待させて頂くっす!」
胸を叩いてそう言う舞香に、諒一も涼葉も驚く。
「いや、それは……」
「悪いですよ舞香さん!」
口を合わせたように言い出す諒一と涼葉を見て、舞香はさらに笑みを深くする。
「やあ、潤いが溢れてるっすねー。じーちゃんもお金なんかいらないって言うと思うっすよ?でもお二人の気持ちも分かるので、じーちゃんに話してみるっす、冬休みのいつぐらいに行くつもりっすか?」
舞香にそう言われて、涼葉は諒一を見る。
「あ……そこまで具体的には。でも泊まるにしてもお客さんが多い時だと迷惑だろうから空いてる時期を聞いておいてくれないか?それで決めるよ」
諒一が言うと、舞香は「気にしなくていいのに……」と言いながらも少し嬉しそうな顔で頷いた。ちょうどそこでマンションに着いたので、エントランスを通ってエレベーターのボタンを押す。
「りょーかいっす。じゃあ、聞いときますね。お二人が来てくれるの楽しみです。自慢じゃないっすけど、お友達を招待した事なんかないっすから、じーちゃん達も喜んでくれると思うっす!」
嬉しそうに舞香はそう言った。
「それじゃあ、舞香さん。お願いしますね?」
そう言って涼葉と舞香が手を振り合って別れた。そして諒一の部屋で一緒に夕食を食べた後、ゆっくりしている時だった。
ぴんぽーん
諒一の部屋のインターホンが鳴った。
「こんな時間に誰でしょう?」
時計を見ながら立ち上がった涼葉が、インターホンのモニターを確認すると、さっきまで一緒にいた舞香が立っていた。
「りょういちくん、舞香さんですよ。さっきの話ですかね?」
あがって貰いますか?と涼葉が聞いてくるので「お願い!」と返した諒一は、シャワーでバスタブについている泡を落としにかかった。
ちょっと風呂掃除の真っ最中だったのである。
諒一が手が離せないため、涼葉が玄関に行って鍵を開けた。
「どうぞ、舞香さん」
そう言いながらドアを押し開くと、舞香が目を丸くしていた。
「や……涼葉先輩、まるで諒一先輩の部屋に住んでるみたいに馴染んでますねちょっとびっくりしたっす」
あらためてそう言われて、涼葉は頬を染める。確かに当たり前のように応対していた。
――これではまるで……
これ以上考えたら動揺が酷くなりそうなので、涼葉はそれ以上考えるのをやめた。
そして、舞香がリビングに座り、涼葉がお茶を出し終わった頃にようやく諒一はリビングに姿を現した。




