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102.みんなでカラオケ

 「うえーい!俺の番だな」


 一番手の篠部が、今人気らしいアイドルグループの曲を歌い終えると、しばしの空白のあと、次の前奏が始まる。


 ……なんか、聞いた事ある。

 

マイクを掴んでハイテンションの壮太が画面を向く。


「お前はまたアニソンか?」


 どこか冷めた目で言う大志に、壮太は得意気に返した。


「おう!今日は誰でも知ってそうな有名なやつにしといた!」


「そ、そうか……」


 そんなやり取りの後で流れたイントロは、滅びそうな地球を救うために、銀河の彼方に飛び去る既存の戦艦をモデルにしたアニメだ。


「知ってるけど……前の俺より昔のアニメだぞ?」


 諒一がポツリと溢すと、涼葉が声をひそめて聞いてくる。


「そんなんですか?」


「うん、知らないでしょ?」


「……名前は、聞いた事ある、気がします」


 苦笑いをしあう二人をよそに、壮太は熱唱している。運動部特有の通る声で……


「これだらかこいつと来ると……」


 大志が疲れた顔をしていると言うことは、きっと毎度のことなんだろう。


 そんな空気の中でも、自分のペースは崩さない篠部は、楓花と一緒に選曲する機械を覗き込んでいる。

 あれでもない、これでもないと選んでいるようで、随分と難航しているみたいだ。


 そう思って見ていると、急に目が合った篠部が寄ってくる。


「諒ちゃん、諒ちゃん。この曲知ってる?」


 篠部が見せて来た機械に表示されているのは、少し前に流行った恋愛ソング。

 諒一も知っている曲だった。


「……知ってる、けど?」


 嫌な予感がよぎりつつ、ついそう言ってしまった。そしてニヤリと笑う篠部。


「歌わない……「ねえ、すぅちゃん!すぅちゃんも諒ちゃんの歌聞いてみたいよね?」


「おま!」


 諒一が涼葉の言う事なら断らないだろうと、踏んで言ってきている。


「え!そ、それは……聞いては、みたいです、けど……」


 そう言ってチラチラと諒一を見る涼葉の顔は期待が垣間見えている。


「ほらぁ、諒ちゃん!すぅちゃんも聞きたいって!」


「篠部、ずるいぞ!」


 篠部を睨む諒一に隣から無情な声が聞こえてくる。


「諒一は、割といい声してるからな。俺も興味はあるな」


 ……このグループの良心だと期待していた大志がそんな事を言った時、ああこれはもう止められないな。と諒一は項垂れるのだった。


➖➖せめて時間が欲しい。


 そう言った諒一の、最後の抵抗で二曲後に予約されてしまう。


「あー……すまん、諒一。つい思った事を言ってしまって」


 項垂れる諒一に済まなそうに言う大志に、構わないと手を振る。

 仲間内のカラオケで歌うくらい、社会人になりたての頃に会社の忘年会で隠し芸を強要される事に比べればかわいいものだ。


 開き直ってドリンクのお代わりを取りに行くと、涼葉もカップを持って着いてきた。


「ん、涼葉もおかわり?」


「はい。次は別のを飲んでみようかと」


 ドリンクコーナーには結構な種類の飲み物があった。初手で数種類のミックスを作っていた壮太には引いたが、せっかくだから普段飲まないものにチャレンジしてみるのもいいかもしれない。


 涼葉にそう言いながら、自分はさっきと同じコーヒーを入れようとしている諒一に涼葉が呆れたような声を出す。


「りょういちくんはいつものコーヒーなんですね?」


「ああ、俺は食べ物とか飲み物で冒険しなくていいタイプだから」


 そう言って笑うと、少し不満そうに涼葉は見る。


「もう、それだから損をしているんです。自分の知らない味にも挑戦してみないと。美味しいかもしれないじゃないですか」


 そう言いながら、涼葉が置いたのは普段飲む事を見た事がない炭酸飲料の所だ。


「涼葉……炭酸飲んでたっけ?」


 普段の姿を思い浮かべても、涼葉が炭酸飲料を飲んでいる姿が思い浮かばない。

 少なくとも諒一の部屋では諒一が入れるコーヒーを除けば、お茶か紅茶せいぜいフルーツジュースくらいな物だ。


「ふふ……さっき、るみちゃんが美味しそうに飲んでたの見て、少し興味をもったんです」


 ああ、なるほど……と納得しかけて、頬がひきつった。

 さっきの篠部の姿というのは、部屋に入った途端に持ってきた炭酸飲料のコップ半分以上を一気飲みして、「カアアっ」とかまるで仕事終わりにビールを一気に飲んだおっさんみたいな声を出していた姿のことだろう。


 涼葉に悪い影響を与えないで欲しい……


 そんな涼葉は、コップについだ炭酸飲料のシュワシュワしているのを、珍しそうに眺めた後一口飲んだ。


「っ!」


 吹き出すかと思った……。目をまんまるにさせた涼葉は、なんとか飲み込むと苦い顔をして、言った。


「炭酸って……私には合わないです」


「ハハハ……。慣れないとびっくりするよな。どうする?それ」


 諒一がコップにまだたくさん残っている炭酸飲料を指すと、涼葉は眉をいっぱいいっぱいまで下げて諒一を見た。


「……ハイハイ。ほら、俺が飲むから」


 そう言うと諒一は涼葉からコップを取る。


「……あ。」


 さすがに一気に飲みはしないが、三度ほどに分けて飲んでしまうとコップを返した。


「ふう、久しぶりに飲んだ」


 そう言って涼葉を見ると、涼葉は諒一から返ってきたコップを見つめている。


「あ!悪い、嫌だよな。店員さんに言ってコップ替えてもらおう」


 そう言って涼葉からコップを取ろうする。


「あ、違うんです。気にしてないです。ただ……」


 パッとコップを引き寄せて、涼葉は諒一を見る。


「え?ただ……?」


「あんな飲み物をよくそんなに飲めますね?りょういちくんも普段、炭酸飲料は飲みませんよね?」


 信じられない物を見るような目で諒一を見てそう言った。


「あ、そうだね。今の体になってからほとんど飲まないもんね。もう少し大人になったら涼葉も飲めるよ。もしかしたら、ビールとか一気飲みして、「ぷはあぁ!」とか言ってるかもよ?」


 そう笑いかけると、受け入れ難いのか僅かに憮然とした顔になっている。


「……りょういちくんもそうだったんですか?」


 コップにオレンジジュースを入れ直した涼葉が、窺うような目で諒一を見る。


「ん?俺はお酒飲めなかったから」


 さらっと言うと、涼葉は愕然とした顔になった後、言った。


「……飲みません」


「や、無理して飲む事はないけど、おいしかったら飲めばいいじゃない」


 将来の可能性を狭くするようで嫌だった諒一がそう言うと、涼葉はまた窺うような顔になる。


「……そして、ぷはあぁ。って言えばいいと?」


 そう言われて、今より大人になった涼葉が、ビールを一気飲みする姿を想像する。

 ……想像できない。


「い、いいんじゃないかな?おいしいらしいし……」


 少し言い淀んだのを見てか、涼葉はもう一度言った。


「……飲みません。飲んでもいいません!」


 そう言い残して、涼葉は部屋へと戻って行った。


「…………」


 その後ろ姿を諒一は難しい顔で見送っていた。


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