101.みんなでカラオケ
「なるほどなるほど……舞香ちゃんが言ってた事がよく理解できたよ」
歩きながら言い合っていた諒一と涼葉を、ニコニコしながら見守っていた楓花が突然そんな事を言った。
「なんでここで諏訪崎さんが出てくるの」
訝しげに言う諒一を、楓花はどこか楽しそうに見ながら歩く。
「ほら、この前水篠くんのうちにお邪魔したじゃない?その時に舞香ちゃんと話していたんだけどね?」
そういえば、篠部も楓花も諏訪崎さんと親しげに話していた事を思い出す。
二人ともあの日が初対面だったにも関わらず、すっかり友達になっていた。
「その時に舞香ちゃんが言ってた事があるんだけど……うん、なんかわかった」
何がとは言わない楓花は、一人納得している。そして、そう言われれば気にもなる。
「何の事?なんか変な事を聞いたんじゃないの?」
諒一がそう言うのを見て、楓花はクスクスと笑った。
「教えません!どうしても知りたいなら舞香ちゃんに聞く事だねぇ」
「気になる……涼葉は何か知ってる?」
振り向いて涼葉に聞いたが、涼葉も首を振った。
「そ、その……舞香さんの言動はよくわからないものが多いので……」
確かに……。
諒一はしばらく考えていたが、答えに思い当たる前に目的地に着いてしまった。
「よっしゃあ、歌うぞお!」
「うえーい!」
すっかりテンションの上がった篠部と壮太に引っ張られるようにして、中に入ると、目の前にカウンターがあって、あまりやる気のなさそうな店員が一人立っていた。
みんなが慣れた様子で受付しているのを黙って見ていると、それぞれ会員証を受付に出しているのに気づいて、受付を終えて戻ってきた大志に聞いてみる。
「みんな会員証みたいなの出してるけど、それ俺たちも会員にならないとだめなの?」
諒一がそう言うと、聞こえていたのか篠部があちゃーというジェスチャーをした。
「ごめーん!忘れてた。ここは全員が会員じゃないといけないんだよ。でもほら!別にお金かかる訳じゃないし、二人も作っとけば、今度二人で来れるよ?」
……二人でカラオケ。お先にどうぞを延々と繰り返したあげく、何を歌うか迷い続けて……結局何も歌わず時間が来てしまう。そんな事を想像してしまった。
「ぷふっ!」
思わず口に出した諒一のイメージを聞いて、篠部が吹き出した。
「ウフフ!なんか想像つくけど……とりあえず作っとこ?すぐできるから」
そう言われて、涼葉と二人で「新規っすね。これ書いてくださーい」と、店員に用事を渡される。
「まぁ、ここまで来て二人追い出されるのもあれだし、入っとくか」
そう言って、涼葉にも用紙を渡す。涼葉も「それはさすがに少し寂しいですね」と言って用紙に目を落とす。
名前と生年月日、住所と連絡先。書く内容といってもそんな物だ。五分とかからない。
さっさと項目を埋めて言ってると、後ろから素っ頓狂な声が聞こえた。
「えっ?なんで……ええっ!」
振り返ると、篠部が両手で口を押さえて諒一と涼葉を見ていた。正確には諒一と涼葉が書いているここのカラオケの入会申し込み書だ。それを交互に見た後、諒一達の顔を見てくる。
口にしなくても、「なんで?」っ顔に書いてあった。
「「あ!」」
思わず諒一と涼葉は顔を見合わせた。
「……あーっと……中で話すよ。」
とりあえず受付を済ませようと促すと、篠部はカクカクと頷いた。
他の三人は意味がわからず、篠部の様子に驚いた顔をしていた。
……別に隠すつもりはなかったんだけど、そりゃ驚くか。
入会用紙を埋めながら諒一はそう思った。
◆◆ ◆◆
そのカラオケはワンドリンク制らしく、ドリンクコーナーでそれぞれ好きな飲み物をグラスに入れてルームに入る。
全員が座った途端に篠部が声を出す。
「あのね?言いにくい事だったら別に言わなくてもいいよ?ここにいるのはみんな余計な事はいわないしさ?」
露骨に反応してしまった事が悪かったみたいに篠部は思っているのか、気まずそうな顔で諒一達に言った。
「あ、いや大丈夫だから。別に隠してた訳じゃないし、言いたくないとか、そんなんじゃないから」
そうは言ったが、篠部はどこかすまなそうにしている。諒一も涼葉も家庭に問題を抱えている事は今いるメンバーでは周知の事実だから、余計な事を聞いたのかもと気にしているのだろう。
「どうしたんだ?るみ。お前らしくないな」
大志が篠部にそう言うくらいにはシュンとしてしまっている。
「えっと、ごめん。こっちの問題なんだけど、俺も涼葉も苗字が変わるから。というか、もう変わってるんだけど篠部はそれを見て不思議に思ったんだろ」
諒一がそう言った途端、空気が引き締まった感じがする。みんなの表情が固くなっていて、諒一は苦笑いを浮かべた。
「そんな大した事じゃないから……えっとね」
そう言って簡単に苗字が変わった原因を話す。涼葉は義父の籍から離れる事ができたから。諒一はそもそも水篠に変えてなかったという事を……
「そっか……卯月さ、おっと結城さんだっけ?正直に言うと俺たちも心配してたんだ。でも口を挟みにくいからさ、家庭の問題って……口を、というか、体ごと差し込んでいった水篠がおかしいんだよ。あ、お前も水篠じゃないのか……ややこしいな」
珍しく大志が困惑した顔をしているので、思わず笑ってしまった。
まぁ、こっちの都合なので少し申し訳なくはある。
「ごめんな、ややこしくて。うん、俺は親が適当だったせいでなんだけど……俺は藤島だけど、面倒なら名前で呼んでくれればいいから。壮太みたいに」
急に名前を出されて、少し驚いた顔をした壮太は、言われた事を理解すると自慢げに笑った。
「そうそう、俺なんかなんも変わらないからな。諒一!まぁ、卯月じゃなくて、結城さんは慣れるまで間違うかもしれないけど……その時はごめん。もう先に謝っとく!」
そう言って壮太は涼葉に向かって頭を下げた。
「そ、そんな!こっちの家の都合なんですから……その、間違えたくらいで、怒ったりは……しないです、から」
「私も普段通りでいいから問題なし!でもよかったねすぅちゃん……」
普段「諒ちゃん」「すぅちゃん」と呼んでる篠部は関係ないと笑っていたけど、よかったねと言う時は少し瞳を潤ませていた。大志が言うように、普段から気にかけて心配してくれていたのだろう。
「私も間違うかもしれないけどゴメンね?でもよかったよ、涼葉ちゃん……こう言ったら悪いかもしれないけど、あの人、涼葉ちゃんをみる目が……こう、娘を見るような目じゃなかったからさぁ。」
楓花も優しい目つきで涼葉を見て、そう言った。
信二が涼葉を連れ去った時、篠部も楓花も一緒にいたから見ている。二人も異常なものを感じていたらしい。
「そんな……ありがとう、ございます。その……心配かけて、ごめんなさい。」
涼葉は口々によかったと言ってくれる友人達を見て、びっくりした顔をしていたが、次第に優しい顔になって言った。
「それにしても、水篠……諒一の方は何と言うか……実の父親なんだよな?」
涼葉を優しい目で見ていた大志は、諒一に対して困ったような顔を向けてくる。
「一応な……」
そう返すと、篠部も楓花も眉を下げて諒一を見る。
「や、俺はいいんだよ。どうせ高校受験の時とか、進学したらわかった事だし」
そう言うと、涼葉を除く全員が首を傾げた。
それを見て、諒一は余計な事を言ってしまったと後悔したが、もう遅い。
高校受験の時に戸籍謄本が必要になる事を言った。
「何でお前そんな事知ってんの?」
不思議そうに壮太が聞いてくる。
「……本か何かで読んだ」
少し苦しかったが、なんとかそれで押し通した。大志が何か言いたそうな顔をしていたけど、篠部が入れた一曲目が始まり、その疑問は喧騒の中に消えていった。




