99.髪は長い友達
「涼葉涼葉、手貸して?」
突然そう言われて、小首を傾げながらも素直に手をだす。諒一はその手を取って、自分の胸に当てた。
「ちょっ!いきなり何を」
少し頬を染めながら、びっくりして手を引こうとした涼葉だったが、何かを感じて止めた。
むしろ、よく確認しようと手のひらをぺたりと諒一の胸に密着させている。
「……すごくドキドキしてますね?動悸とか持病は……」
「ないよ。今からそんなんじゃ年取ってからが怖いよ」
憮然とした表情でそう言う諒一に、涼葉は少し笑って「冗談です」と言った。
「おー……高鳴ってますね?」
感心するように、諒一の心臓の鼓動を手のひらで感じている。
「ちょっとは伝わったかな?」
「え?」
「……涼葉のせいでこんなにドキドキしてるんだけど」
「……えっ!」
言葉にして伝える事で、さらに鼓動が高鳴る。涼葉もそれを感じているのだろう。頬を染めて見上げてくる。
「ふふ……そうですか。りょういちくんが、こんなにドキドキしてくれているんですね?」
「ご理解頂けましたか?」
「ええ。私も同じくらいドキドキしてますけどね?」
自分の手を当てて、そんな事を言うからつい視線が涼葉の胸元に……行こうとして、慌てて逸らした。
あぶねー……。涼葉を見るとイタズラっぽく笑っている。
……たまに出てくる小悪魔涼葉は少し苦手だ。
「じ、じゃあ、行こうか?」
多分自分の顔も赤くなっているのだろう。それを自覚しつつそう言うと、涼葉はにっこりと笑って頷いた。
外に出ると冷たい風が一気に体温を下げにかかってくる。
「うー寒っ!」
両手を上着のポケットに突っ込み、身を丸めて歩いていると涼葉が苦笑いを向けてきた。
「すっかり寒くなりましたねぇ。それはそれとして、りょういちくんって寒さに弱いですよね」
歩きながらそれに答える。
「うん、どっちかって言うと暑い方がまだいい。寒いと……出たくなくなるし、体に無駄に力入って疲れる。涼葉は割と平気なほう?」
「うーん……。平気ではないですけど、私は暑い方が厄介ですね。薄着にも限度がありますし、その、視線がうるさくなるといいますか……」
そう言って困った笑みを浮かべる。涼葉はだらしない格好をする事はないし、暑いからと言って無闇に肌を露出させる事もしない。まぁ、してしまうと本人が言うように周りの視線が気になるのだろう。
「あー……美少女は大変だね」
「もう。他人事だと思って……」
そう言って涼葉は軽く諒一の背中を叩いてきた。
そして、そのまま諒一のポケットに手を入れてくる。
「温かい……」
「涼葉の手は冷たいな。ちょっと待って」
諒一はそう言うと、自分の手ごと涼葉の手もポケットから出してしまう。
「あ……」
少し残念そうな顔をする涼葉に、笑いかけると涼葉の手をお互いの指を交差させるようにして繋ぐ。
その上でポケットに入れる。
「こうした方がもっと温かいし、向きも自然に歩けるでしょ?」
諒一はそう言ったが、涼葉は少し口を尖らせて諒一をじっと見ている。
何を言わんとしているのか想像がつかず、何度も瞬きをしていると、涼葉は小さく息を吐いた。
「……りょういちくん、その手の繋ぎ方なんて言うか知ってます?」
「繋ぎ方?」
深く考えずに、歩きやすいようにしたんだけど……
「……知りませんね、その顔は。まぁいいです、このまま集合場所まで行って、るみちゃんに見せて見ましょうか」
「え!ごめん、なんかやっちゃいけない事だった?……篠部が見てって……もしかしてボロクソに言われたりするやつ?」
焦ってそう言う諒一を見て、涼葉は溜飲を下げたのか少し噴き出すように笑った。
「もー。りょういちくん?世間ではそういう手の繋ぎ方を恋人繋ぎって言います。仲のいいカップルがする繋ぎ方ですよ?」
微かに咎めるような色の入った表情でそう言われて、諒一はわかりやすく焦る。
「そ、それは……知らなかったんだ、ごめん……」
そう言いながら、ポケットから手を出そうとしているのに、出せない。なぜなら涼葉な押してくるからだ。
「あの、涼葉……もうちょっと違う繋ぎ方にしようか?確かに篠部に見られたら、めっちゃ冷やかされそうだし……」
しかし涼葉は素知らぬ顔で歩く。
「知りませーん。寒いので手は出したくないです。だいじょぶですよ?外から見えませんし……」
そう言いながらも、イタズラっ気のある顔で諒一を見る。
「それに私はこのままがいいですので……」
「う……」
そんな事を言われたら、無理に離すなんて事できるわけない。結局、待ち合わせ場所までこのままの格好で行き、しっかりとポケットから引きずり出された繋いだ手を見て、篠部にめちゃくちゃからかわれた。
「なんか……変わったな卯月さん」
今は篠部と楓花と女子三人で並んで歩いている。
話しかけて来たのは大志だ。
「そう見える?」
「……うん。なんか、屈託がなくなったっていうか。本当に楽しくて笑っているというか、そんな感じ」
大志の目から見ても、以前の涼葉には遠慮が見えていたのだろう。
そして、今がそう見えるのであれば、諒一にとっては嬉しい事だ。
ちなみに壮太は今から行くホームセンターに、自分が薦めようとしている物があるか、スマホでチェックしている。
最初は壮太がいつも行くドラッグストアに行くつもりだったのだが、カラオケにも行く事になったので、涼葉の部屋のキッチンを修理した時に行ったホームセンターのあるショッピングモールに行く事になった。
最寄りのバス停まで来て、そこから徒歩で二十分ほどかかる。
前を行く女子三人は、時折り笑い声を上げながら楽しそうに会話している。
それとなく見ると、涼葉は笑顔で、聞き役に回る事が多いが、篠部や楓花も気にして涼葉が聞くばっかりにならないようにしているのがわかる。
なんだかんだ諒一も涼葉も友人にはすごく恵まれていると言える。
「水篠、お前保護者みたいな顔するよな?」
涼葉達を観察していたら、いつの間にか自分も観察されていたらしい。
そう言った大志を見ると、壮太も調べ終わったのか、二人で笑いながら諒一を見ていた。
「や、保護者って……人をおっさんみたいに言わないでくれるか?」
精神年齢は間違いなくおっさんが混じってるのだが……
「ふっ……そういう意味じゃない。大切に思ってるんだなって事だよ」
「諒一は卯月さんの事になると、途端にいろいろ漏れてくるよな」
大志は優しげな顔で、壮太は少しからかうような顔で諒一を見ていた。
「……それは。……悪いか?」
我が身を振り返っても否定できる材料はない。なので、開き直る。対外的には彼氏で通してるんだし、問題ないはずだ。
「悪くなんてないさ。むしろよかったなって思ってる。俺もあの時の卯月さんを見ているからな。ああして、笑ってくれるのは俺も安心する」
大志の言うあの時というのは、涼葉の義父が連れて行った時の事だろう。
あの時の事は大志にも大きな衝撃だったみたいで、少ししてから、何もできなくてすまなかった。と俺と涼葉に謝ってきたくらいだ。
どう考えてもただの同級生に何かできるような段階じゃなかったから、俺も涼葉もなんとも思ってないのだが、本人は引け目を感じているみたいだ。
「ありがとう。そう思ってくれる友人が……仲間がいるってだけで力になってんだから、気にするなって。壮太なんかほんとに何もしてないわけだし」
あえて冗談ぽく言うと、壮太が焦りだす。
「え、ちょっとまって。俺は部活行ってたから仕方ないってなったよな?」
慌てて間に割り込んだ壮太が、そう言いながら諒一と大志を交互に見る。
もちろん、壮太の言う通りだし、責めるのはお門違いだ。ただ気を逸らすために、少しいじっただけだ。
最近すっかりいじられ役として定着しつつある壮太に心の中で感謝していた。




