97.髪は長い友達
「すぅちゃん⁉︎どうしたの!」
朝、いつもの通学路。挨拶もそこそこに、いつもに増して大きな声で篠部が騒いでいる。
「え、何かあったの?大丈夫?……諒ちゃん?何したの!」
涼葉の周りを忙しなく動いて、最終的に涼葉の腕を組んで引き寄せると、諒一をに剣呑な視線を向けてきた。
「何で俺が何かしたって決めつけてんだよ……」
「だって!あんな綺麗だった髪をこんなにバッサリと……あのね諒ちゃん、女の子にとって髪っていうのはね!」
諒一に噛みつきそうな勢いで話す篠部を涼葉が止めた。
「りょういちくんは何もしてないですよ?私が気分を変えるために切ったんです。るみちゃん、似合いませんか?」
そう言ってすがるような目をする涼葉に、篠部は慌てて首を振った。
「そんな!すごく似合ってる。すぅちゃんはやっぱりロングって思ってたけど、短いのも似合うんだなってビックリした!」
「よかったです」
そう言ってにっこり笑った涼葉を見て、ようやく篠部は落ち着いた。
「ほんとに気分で切っちゃったの?あそこまで伸ばすの大変だったんじゃない?私は無理だもん。途中で嫌になって切っちゃう未来しか見えないよ……」
そう言う篠部は、今の涼葉と同じくらい短めの髪をしている。時々髪が暴れるのか、その時は結んできたりする。
「うーん、大変だったっていうか……長くなるので詳しくは言いませんが、私が髪を伸ばしていたのは人に言われてだったので……自分の意思で切って、また伸ばすつもりです。それで、るみちゃん髪の手入れとか詳しいですよね?教えてくれませんか?」
「え?あんなに綺麗だったじゃない。ちゃんとお手入れしてたんでしょ?じゃないとあんなには……」
「手入れはしてましたけど……それも作業的な感じだったので……今度はちゃんと自分で考えて、好きなようにやりたいんです」
涼葉がそう言うと、篠部はパアッと明るく笑った。
「そんな事なら、任せてよ!私が知ってる限り伝授しますとも!あ、楓花も詳しいよ?三人で話したらきっと自分に合った方法も見つかるんじゃないかな?」
すっかり髪のお手入れ談義が始まり、諒一には少し場違いな感じなのだが、離れようとすると涼葉の視線がそれを止める。仕方なく聞くとはなしに聞きながら学校まで歩く。
……俺も少し気にしてみようかな?聞きながら諒一は何となくそう考えていた。
「気にしてないとハゲるらしいぞ。」
教室について、楓花も含めて三人で楽しそうに話している涼葉達を横目に、男子三人つられて髪の話になっていた。
ちなみにハゲると力説するのは壮太である。
「壮太んとこは父親も祖父も……何というか、あまりふさふさではないからな」
小さい頃から交流があるらしい大志が、少し言いにくそうにそう言っている。うん、デリケートな問題だからな。デリケートなんだから壮太はハゲハゲ連呼するんじゃない。
クラスの他の連中の中にも、ハゲってお前が言うたびに肩をビクッとさせてる奴がいるから……うん、やめてやって。
「いや、でもな?若いうちから手入れしといたほうが将来的にいいのは確かだぞ?」
祖父や父親から口を酸っぱくして言われているらしい壮太は、そう言うといくつかのシャンプーの商品名を教えてくれる。
……スカルプなんとかって絶対入ってるんだな。
チラリと涼葉の方を見ると、女子の数が増えている。大胆に髪を切ってきた涼葉をみんな二度見していたもんな。
理由はぼかしているが、髪型自体は好意的に見られているようだ。
みんな似合うとかかわいいとか言っている。
ここの中学校は髪型に関する校則は比較的緩い。もちろん整髪料でガチガチに固めてきたりしたら、そのまま職員室に連行されるが、自然に見苦しくなければそう言われない。
諒一は手をかけるのが面倒で、短めに切って多めに漉いてもらっているだけだ。髪の毛が立つか立たないか微妙な長さで。
壮太は運動部に入っているからか丸刈りだし、大志は後ろにかき上げているだけだが、きちっと整えている。
ちなみに五十歳の時点で、諒一は薄くも後退もしていなかった。その点は恵まれていたようだ。年齢的に白髪は仕方ないが、どちらかと言えば毛量は多い方だったと言える。だから心配はしていない。していなかったのだが…
「その、環境が変わったわけですし、必ずしも同じようにはならないのでは?」
話が終わって諒一の隣に戻ってきた涼葉が、そっと耳打ちしてきた。
……確かに、環境は激変している。もたろん良い方になんだけど、前の時と比べて引き籠りと食生活が改善されているからか、体調もいいし前みたいにすぐ風邪をひいたりもしない。
と、言うか。そんな事よりも……
「そ、その……涼葉さん的にも、やはりおハゲは好まないということですか?」
恐る恐るたずねる諒一。
「へ⁉︎……い、いや私は!……その、あまり見た目にはこだわりませんけど……り、りょういちくんが仮にその、は、ハゲても……私は平気といいますか、その……」
わたわたと頬を染めながら言う涼葉に、言いにくい事を言わせてごめんと反省する。
「いや、卯月は水篠が対象だと評価が甘くなるからな……卯月、一般論で考えて欲しい。どうかな?」
冷静に大志が聞くと、涼葉はしばらく考えて
「……す、少ないよりは多いほうが良いのではないかと……」
と、言った。
「……壮太、ちょっと詳しく教えてくれないか?」
「うん、そうしろ。お互いのために」
壮太と肩を寄せ合うようにして、手入れ方法やおすすめを聞いていると、もじもじしながら涼葉が何か言いたそうにしていた。
「おい、水篠。卯月が何か言いたそうにしてるぞ」
そして、ちゃんと周りを見ている大志がそれに気づいていた。
「あ!いえ、邪魔したくはないので……」
慌ててそう言って、両手を振る涼葉を見て、壮太も笑って諒一を差し出す。
「いいのいいの、俺らの話はほぼ雑談だから。諒一も卯月さん優先だろうし?」
ニヤッと笑ってそんな事を言う壮太を軽く叩く。
「涼葉優先はあるかもしれないけど、内容次第だからな?何でもかんでもじゃないぞ、流石に」
諒一がそう言ったが、基本涼葉を優先すると認めてしまっている事に、壮太も大志までニヤニヤしだした。
「な、なんだよその顔は……」
気づいていない諒一が慌てるが、二人は何も言わずに涼葉の方に諒一を押した。
「ご、ごめんなさい。邪魔しちゃって……」
「あ、いや。さっきのはほんとに雑談だったから……どしたの?」
諒一がそう言うと、少し安心したように笑顔を浮かべて、涼葉が話しだす。
「あの……り、りょういちくんも髪のお手入れをするのでしょ?帰りに買いに行きませんか?りょういちくんのおフロにはリンスもトリートメントもないですよね?……肌に優しい物を取り扱ってるところがあるらしいんですよ。楓花さんのおすすめです」
手入れをするなら、そういった物も必要だ。さっき壮太に何種類も紹介されたばかりだ。
「男性用もたくさんあったよ!ちょっと離れてるけどホームセンターとかあるショッピングモールの中にあるんだ。明日ちょうど土曜だし……涼葉ちゃんも興味あるみたいだからさ、お二人でどうぞ!」
ニコニコと上機嫌で楓花が薦めてくる。楓花といい、篠部といい涼葉の周りの女子達は、諒一と涼葉が近しくしているのをなぜか喜ぶ傾向がある。
男子はいまだに涼葉を狙っているのか、諒一に対して微妙な態度をとる者がいるが、女子はそういうのが全くないし、むしろ後押ししているようにも感じる。
……別になんの得もないだろうに、なぜそうしてくるのか。それがわかるのはまだまだ先のことであった。




