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96.居場所

 「…………ほんとの事を言えば、私も似たような事を考える時はありました。学校に行けずに人に世話ばかりをかけて、何の役にも立たない、必要ない人間じゃないかって……そう考えていると、どんどん自分の中に引き籠っちゃって、心配してくれる、優しい人の声も私の心に届かなくなってました。でも、りょういちくんが来てから……勝手に仲間だって思っちゃったんですかね?りょういちくんの事は、割とスムーズに受け入れていたんですよ」


 そう言って、涼葉はクスクスと笑った。


 「初対面が印象的だったからじゃないかな?」


「そうかもしれません。私、知らずにとは言え、不法侵入してましたからね?……勝手に仲間認定したりょういちくんは、それから私をたくさん助けてくれました。それと同時に、りょういちくんも私以上につらい思いをしてここにいる事も分かりました。」


「そんな事……。つらい事なんて人それぞれなんだから、比べるもんじゃないよ」

 

「ふふ……そうですね。……正直に言えば……私、人の事なんかどうでもよかったんですよ。自分の事も満足にできないのに、人の事を気にするなんてって思ってましたし……でも、りょういちくんの事は気になるんですよね、引っ込み知り同士だからですかね?」


 それは……あるかもしれない。俺もわりと仲間意識あった……のかも……


 優しく髪を梳きながら、染み入るような声で語りかけられ、想像以上の心地よさに、諒一の心は溶かされかけていた。

 涼葉はうとうとしている諒一を見ると、とても満足そうな表情で、いつまでも優しく諒一の髪を梳きながら、優しく、静かに語りかけていた。



 ふと諒一が目を覚ますと、いつの間にか仰向けになっていた。

 その諒一を優しい表情で涼葉は見下ろしている。


「俺……寝てた?あ、ごめん!」


 膝枕をしてもらったまま、うっかり居眠りしてしまった。諒一が寝てしまったから涼葉も動くに動けないでいたに違いない。


「ああ……もっとゆっくりしててもいいのに……四十分くらいですかね。一時間も経ってないですよ?」


「四十分⁉︎……ごめん、つらくなかった?足とか痺れてない?」


 四十分も寝ていた事に諒一が慌てて涼葉を気遣うが、涼葉は穏やかに首を振る。


「いいえ、私もリラックスしてました。またしましょうね?」


「いや、動けなかっただろうし、痛くない?本当に大丈夫?」


 あわあわと涼葉の体を気にする諒一に、涼葉は少し呆れた顔になる。


「もう!私が良いって言ってるじゃないですか。そんなに気にするんなら毎日やりますよ?」


「や、毎日はさすがに……」


「じゃあそれ以上気にしないで下さい。わかりましたね?」


 そう言って、涼葉が人差し指を立てて、諒一の鼻先に突きつける。


 こう言われると諒一は弱い。なぜだか分からないが反論できなくなるのだ。


「……はい。」


 こう言うしかなくなる。

 涼葉は満足そんな顔をしているが……


「ふふ……またいつでもお気軽にどうぞ」


にっこり笑ってそう言われると、諒一もつられて笑顔になってくる。


「涼葉には勝てないなぁ……」


「あら、勝とうと思ってるんですか?」


 挑戦的な表情になってそう言われるが、諒一は両手を上げた。


 満足そうに笑った涼葉は、立ち上がってキッチンの方に歩いて行った。

 やかんを出しているので、飲み物を準備してくれているんだろう。


「……不思議ですよね。私、あまり人とお喋りするの得意じゃないのに……りょういちくんとは普通に話せちゃいます。まぁ……結構密度の濃い時間を共有した自覚はありますが……」


 キッチンから、涼葉が話しかけてくる。


「俺もそうだよ?まぁ、俺はそれなりに人生を経験してきた事が大きいけど、涼葉みたいな可愛い子には大体緊張してうまく話せない」


 少し笑いながら諒一がそう言うと、涼葉はカップを取り出しながら少し照れている。

 かわいいと言われて、沈んだ表情をしていた事を思い出すと嬉しくなってくる。


「その……なんて言ったらいいか、難しいんですけど……」


 今回は紅茶をチョイスしたようだ。いい香りが立ち昇るカップを諒一の前に置いてくれる。


 それに、礼を言って涼葉を見ると言葉を探しているような顔をしていた。

 そのまま、紅茶を一口飲んで、ホッと息を吐く。


「さっきも言いましたけど、りょういちくんにはスムーズに近寄ってしまうというか、膝枕なんかもそうですし、普通は男女のお友達はしないとは思うんですよね?」


 改めて、そう言われると途端に恥ずかしくなってくる。頬が熱くなるのを紅茶を飲んでごまかす。


「……るみちゃんとか、他の女の子の友達からも聞かれるんですが……その、二人は付き合ってるのか?と。も、もちろん否定するんですけど、側から見るとそう見えるような事をしているんですよね……」


 女子は女子で、やっぱりそういう話になるらしい。諒一もあまり話したことのない男子から声をかけられれば、大体要件はそれだ。


「私としては、お付き合いとかは、その……早いと思うんです。ぐ、具体的に何をすればお付き合いしている事になるのかも分からないのですけど……」


 じっと紅茶のカップを見つめてそう言った。


「気にしなくていいんじゃないかな?」


「え?」


「涼葉が早いって思うんなら早いんだよ。人それぞれなんだから。たぶん付き合うという境界線も人によって微妙に違うと思うし……いずれにしても、俺はもうここを自分の居場所だって思ってるから、動くつもりはないけどね」


 自分の座っている場所。涼葉のすぐ隣の場所。それを指して諒一が言うと、涼葉も少しスッキリしたような顔になった。


「そうですね。人それぞれ……なんかスッキリしました。そ、その……私はなし崩し的にりょういちくんのお部屋にお邪魔していますけど……私も、ここを私の居場所と思ってもいいですか?」


「なし崩しか、確かにそうか。いまだに涼葉の鍵で俺の部屋の扉が開く事もわかってないもんな。もう気にもしてないけど。……あのさ、図々しいかもしれないけど、俺の居場所っていうのは……涼葉が隣に座っていてくれて成立するんだ。だからそう思ってくれないと、困るかな?」


 少し緊張しながら、そう言うと涼葉は照れるような、ホッとしたような、そんな顔をしていた。


 そして諒一を見ると、ふにゃっとした笑みを見せて言った。


「じゃあ、ここが私の居場所です。りょういちくんがダメって言うまで……いちゃいますよ?ずっと……」


 本当に油断した時にしか見せない微笑みは、相変わらず諒一に対して、効果はばつぐんだ。

 まともに見れなくなり、目を逸らした諒一が一言だけ言う。


「そんな事……言わない」


 ポツリとこぼした諒一の言葉は、いつの間にか軽くなっていた部屋の雰囲気にゆったりと溶け込んでいった。

 

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