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94.居場所

 未成年の自分でも戸籍を調べる、親の戸籍謄本を取れるのか。

 調べると決めて最初に思った懸念がこれだった。できるらしい。直系の親族で、戸籍に乗っている人なら身分証明書だけでとれるそうだ。


「自治体によって必要な書類があるところもあるみたいだけどね?戸籍謄本なんて取ってどうするんだい?」


 分からないなら聞けばいい。幸いそう言った事に詳しそうな人は身近にいる。早速涼葉と二人連れだってあじさいの事務所に行き、たまたまそこにいた総一郎に聞いた所、そう教えてくれた。


「少し自分の事を調べたくて」


 諒一がそう言うと、総一郎は「そうか。なら身分証明書だけあれば請求できるよ。300円くらいかかるけどね」と教えてくれた。


「あの、私も聞いていいですか?」


 聞きたいことは聞けたと思った諒一だったが、涼葉が聞きたいことがあるらしく、質問を続けた。


「もちろんだよ。なにかな?」


 総一郎は諒一達が仕事を中断させているにもかかわらず、快くそう言ってくれた。


「もしもなんですけど、私やりょういちくんの戸籍謄本を総一郎さんや亜矢子さんにとってきてほしいってお願いする事はできますか?」


 涼葉がそう聞くと、総一郎は少し微笑んで答えた。


「もし涼葉ちゃんのを取るなら、僕たちは監護権も持ってるから簡単だね。諒一君も大丈夫だと思うけど、念のために委任状に署名捺印してもらっておけば確実だね。取ってきてほしいのかい?」


 総一郎がそう聞いてくると、「ちょ、ちょっとだけ待っててください」と言って、涼葉は諒一の手を引いて少し離れた所まで移動した。


「どうしたの?」


 諒一が聞くと、涼葉は少し真面目な顔で聞いてきた。


「りょういちくん、苗字の件、総一郎さん達に知られるのはいやですか?」


 そう言われて諒一は理解した。涼葉は諒一が誰にも知られたくなくて、どうしても自分で取りにいきたいか、と確認しているのだ。


「隠していても高校受験の前には知られるからね。それに総一郎さん達は信用してるから大丈夫……ってそうか、俺たち学校」


 ようやく気付いたのか、諒一は涼葉の質問の意味に気付いた。戸籍謄本は市役所に取りに行く。市役所は平日の八時から五時までしか開いていない。そしてその日、その時間。諒一たちは学校に行っている。


 もちろん早退するなり、手段はあるのだがそこまでするより、頼れるなら頼ってしまえばいいと涼葉は言っている。


 諒一は涼葉ににっこりと微笑むと、手を引いてもう一度総一郎の所に行った。


「すいません、何度も……」


 そう言って頭を下げる諒一に、気にしないでいいよと総一郎は微笑む。


「いつも言ってるように、僕たちは君たちの親代わりのつもりだからね?むしろ頼られるのはうれしいよ」


 そう言ってくれてほんとにありがたい。


「すいません、総一郎さん。俺がのってる戸籍謄本を取ってきてほしいんです。自分で行ってもいいんですけど、学校あるし……」


 諒一がそう言うと総一郎は、殊更嬉しそうに笑う。


「諒一くんが、学校があるから行けないって事を言うなんて嬉しいね。そこで休んだり、早退すればいいって思わなかった事が僕はうれしいよ」


 本当に嬉しそうに総一郎は言う。さらに諒一は正直に言った。


「いや、本当は早退を考えたんですけど……涼葉がお願いしてみたらって教えてくれたんで」


 そう言うと、涼葉が軽く叩いてきた。余計な事は言わないでいいのに。という事だろう。


「そうかい。まあそれでも早退を選択しなかった事はうれしいよ。じゃあ、一応さっき言ったとおり一応委任状にサインをもらっていいかい?諒一君の認印は……あ、持ってきてるのかい?準備いいじゃないか……じゃあ、ここにサインして……ここに印鑑をって、書いたことあるのかい?いや、まさかね」


 少し首をかしげて諒一を見る総一郎に、諒一は「前にちょっと……」と答えた。


 それ以上、総一郎は何も言って来なかったので、もう一度お願いして、その日は自分の部屋に戻った。


 ◆◆ ◆◆


 そしてお願いした翌々日、学校が終わって家に帰ってきた頃合いを見計らって、総一郎が部屋まで来てくれた。


「とりあえずどうぞ」


 諒一は玄関を開けて中に誘う。少しだけ表情が険しい総一郎は黙ってそれに従った。


 リビングに入ると、聞こえていたのか涼葉がお茶を入れていてくれた。総一郎をテーブルの所に案内して、涼葉が前にお茶を置くと、少しぽかんとしてその様子を見ている。


「どうかしましたか?」


 諒一が聞くと、総一郎は我に返って微笑んだ。


「すごく自然に涼葉ちゃんがいて、当たり前のように応対してくるからちょっと驚いただけだよ。まるで、どこかの新婚さんのお部屋に間違えて入っちゃったかな?と思ったもんだから」


 総一郎が笑いながらそう言うと、涼葉がボッと音がしそうな勢いで耳まで一気に染めると、お盆で顔を隠しながら慌てている。


「そ、そんな……お、お付き合いもしてない、のに……し、新婚とか!そんな……」


 しどろもどろになって、そう言うと涼葉がキッチンに逃げて行った。


「おっと……失言だった。済まないね」


 諒一は苦笑いを返すばかりだった。その後、すぐに表情を改めた総一郎は、諒一を正面から見て聞いた。


「諒一君、君は分かって、もしくは心当たりがあって戸籍謄本を取りたかったのかい?」


 真面目になった雰囲気を察して、まだ顔が赤いが涼葉も諒一の隣に座った。総一郎はその涼葉をチラリと見たが何も言わなかった。


「正確には心当たりがあって、ですかね。でもその様子だとやっぱりって感じですか?」


 諒一がそう言うと、総一郎は少し憤慨した様子で、市役所の封筒から一枚の用紙を取り出した。そこには諒一の名前や出生年月日、本籍などが記されている。のだが……


「ああ……ごめんなさい。そっかぁ……余計な手間を掛けさせてしまって」


 諒一がそう言って総一郎に謝った。総一郎は気にしないでと言っているが、涼葉は何を言っているのかよくわかっていない顔をしている。


「あ、戸籍謄本って本籍のある所でしか取れないんだ。俺が母親の籍に残ったままなら隣の県になるから……総一郎さんはわざわざ隣の県まで取りに行ってくれたんだよ」


 諒一がそう説明すると涼葉の表情が曇る。それを見て、諒一は事態が思っていたよりも悪かった事に、涼葉を同席させてしまった事を後悔していた。


「え?それってどういう……」


 諒一が困っているのを見て、涼葉は総一郎を見た。


「あー、その。諒一くん?」


 総一郎は諒一に向かって確認するように声をかける。それに諒一は苦笑いしたまま頷いた。


「えっと、諒一くんは両親の離婚と共にお母さんの籍に入って当時のお母さんの住所に移った。その後お父さんに引き取られて、現在の住所に移動したんだけど、お父さんは住所のみを変更していた。つまり、諒一くんはお母さんの籍に入ったままお父さんの住所で生活していた事になる。」


「そんな事があるんですか?」


 涼葉は驚いた声を出す。総一郎は渋い顔をしたまま頷く。


「いや、本来はありえない。両親のどちらかが気づいて是正する。ただ、諒一くんのお母さんは数年後に再婚して、相手方の籍に諒一くんの兄妹達を連れて入ってしまっていた。その……元の籍に諒一くんを残して……」


「…………」


 涼葉はもう驚きすぎて声も出ないようだ。諒一がそっと手を握って落ち着かせようとしたが、今回ばかりはあまり効果がなかった。


「お母さんの本籍に一人残された諒一くんは、どちらからも気付かれる事なく今に至ってるわけだ。諒一くん?君はどこまで想像していたんだい?」


「……正直言えば、苗字までです。本籍の事は頭にありませんでした」


 諒一がそう言うと、総一郎は深いため息をついた。そして何度か首を振ると、痛ましそうに諒一に向かって言った。


「それは仕方ないよ。君達くらいの子に本籍とかの仕組みは少しややこしいからね……しかし、こんな事があっていいのか……」


 深いため息をつく総一郎と、驚いた顔のまま声を出せない涼葉。

 重い空気が立ち込める。

 

 いつもは陽当たりのいいこの部屋だが、厚い雲がその柔らかい光を遮ってしまっていた。

 

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