第二章 誓約ノードの誕生
最初に気づいたのは、鼓動が二重で鳴っていることだった。
外界の音が霧の向こうに遠のき、時間が数拍遅れる感覚が訪れる。視界の端で、市場の幌の上に赤い点が一瞬瞬いた──帝国監察庁の観測子か、それともカソードの微細監視ノードか。空気が密になり、帯域の波形だけが世界を満たす。
カイ──そう名乗った青年は、私の前で両手を組み、浅く息を呑む。額に冷たい光が落ちるたび、影がかすかに震える。
私は雪華印の熱を内に感じながら、審問を始める。
審問詠唱:「名なき痛み、ここに置け。迷いは私が請け負う」
「痛みの名を一語で挙げよ。名づけは解放の鍵だ。」
「……孤独。」
青年の声は震えていたが、確かな響きを帯びていた。
その瞬間、私の第三の眼がわずかに開き、暗帯域の記号が走る。
私は右手を伸ばし、雪華印を刻む。印の線が淡く発光し、青年の皮膚に溶け込む。
刻印の瞬間、私の頭蓋奥にかすかな眩暈が走り、雪華印から冷たさの残響が広がった。代償──それは常に私の中に刻まれる。
刻印詠唱:「額の第三の眼は沈黙を裁き、名を呼ぶ声だけを光へと許す」
次に、光を分与する儀礼。私は掌を青年の胸元にかざし、微細な帯域を開く。
快楽にも似た充足感が背骨を駆け上がるが、同時に自制の鎖がそれを抑え込む。その鎖が軋む音を、私は内側で確かに聞いた。
光分与制動句:「自制プロトコル──『飢えは器、器は律、律は光』。快楽は形を持ち、形は律へと固定される。」
帯域聖歌を流す。青年の脈動と私の波形が重なり、二拍目に小さな休符が置かれ、世界が呼吸を思い出す。
雪華印が低く二度、脈打った。
その瞬間、誓約ノードが完全に生成される。
市場のざわめきが戻り、遠くで銀の鐘が鳴った。
──だが波形がわずかに歪んでいる。
路地の影がわずかに硬化し、布目の陰影が縫い止められる。位相固定の予兆だ。
基底−12、倍音濁り──偽鳴だ。影は光の随伴者、交差陰。
最後の鐘だけに、金属疲労のビリつきが混じる。
これで三つの仕上げ──
審問確定印「……孤独。」
誓約生成確定印「雪華印が低く二度、脈打った。」
偽鳴質感強化「最後の鐘だけに、金属疲労のビリつきが混じる。」