曼珠沙華
話が短いので、読みやすいです。 天保の大飢饉。 私塾の宣教師、寿安が、キリシタン禁止令に追われ、とある村の、お倫と、勝治に助けられる。 とある村に、印教の、言い伝え、人柱がくる。 若い、女を、人柱として捧げたら、天の龍神様が喜び、雨が降るとか。 人柱に、選ばれる。お倫。数日後に、勝治と結婚をひかえていた。 果たしてどうなるのか?
曼珠沙華 小説
表紙。繋がれた手
一面の曼珠沙華畑を走る二人
紅葉した山々をUPして秋空。
照りつける太陽。ひび割れた田畑。
N「4年にも及ぶ、水不足により、田畑は荒れ果て、
作物は実らないでいた。これが寛永の大飢饉である」
黒
布団に伏している男「ゴホゴホッ」
女の子が駆けてくる。
男「おりん」
おりん「まだ休んどらにゃ、今水持って来るけえ」
奥の方へ行ったおりんを見ている男、微笑む。
「だんだん母さんに似てきたな」
江戸、賑わう長屋町。『寛永、江戸』
饅頭をたらふく食っている町人を、
格子越しに、一瞥するお侍さん。
売り子「お侍さん、饅頭、食べて行ってけろ」
お侍、手に持った、十字架を握りしめ、隠す。
お侍「失礼、急ぎの用があるゆえ」去るお侍。
長屋の屋根の上に、のっそりと、首をもたげる入道雲。
N「豊臣秀吉の時代から、
キリシタンの弾圧は年々厳しくなり、
キリシタンは、減少の一途をたどっていた」
長屋、昼。
板床に机を並べ、子供達は座っている。
その前で教えている男。
先生「殺してはならない、姦淫してはならない、
盗んではならない、偽証してはならない」
「父と母を敬え。あなたの隣人を、あなた自身の様に愛せよ」
子供A「先生、父と母を敬えの、」
「敬えとはどう言うことですか?」
先生「天の御国には、」
「父と母より尊い存在がおられるからです」
風車を回しながら、子供。鼻をほじりながら聞いている。
子供A「?わかりました」
先生「はい、他に質問は?」
子供B「先生、重要度順に教えていただけますか?」
先生「はい、先に述べた順から、罪は重くなります」
「最後に述べた、隣人愛は、簡単そうで難しいものです」
子供B「ありがとうございました」
難しそうな顔で考えこんでいる子供達や、嬉しそうにしている子供達。
先生「今日の講話の最後に一つ」
「もしも、道にさまよったら、聖書の教えに立ち戻ってほしい」
先生「はい、今日の授業は、ここまでにしましょう」
子供達「はい、ありがとうございました」
嬉しそうに、帰り仕度を始める子供たち。
江戸、大通り。
瓦版売り「読売~、読売~、島原で松平信綱公に、天草四郎が討ち取られる」
「キリシタンである者を密告した者には金、十両の褒賞あり~」
後ろ手に、十字架を隠した侍は、読売を一枚買う。
江戸、長屋、学習塾。
子供たちの帰った後の、硯を片付けている先生。
大勢の走る足。
読売を一部買った、浪人が駆け込んで来る。
浪人「寿安さん、天草四郎が討ち取られた」
「幕府から役人がやって来るのは時間の問題だ」
浪人「ここは私に任せて、逃げてくだせえ」
大勢の走る、侍衆。
ひとり座る、寿安。
首を振る寿安。「子供を置いては逃げられない」
浪人「寿安先生、子供たちには、全て教えたでしょうが」
「今度は、別の地で、私たちに教えた様に、伝えてください」
寿安「子供を置いては逃げられない」
浪人「逃げる時間があるのに、みすみす捕まったら自殺する事と同じじゃろう!」
「自殺は罪になると、説いていたのは、あなたでは!」
無言でいる寿安。
侍の足音。
戸を開ける手。
役人「村井寿安、キリシタン禁止令により捕らえに参った」
誰もいない長屋。
街道
街道を歩いている寿安。
懐から、銭袋を取り出すが、二文しか入っていない。
ふらつく足。
水筒を上に掲げる、水が一滴落ちる。
目が宙を泳ぐ。
太陽が左右にぶれる。
寿安「うぅ」膝から崩れ落ちる寿安。
黒から徐々に、フェードイン。
曼珠沙華畑
おりん「お父ちゃん」花束を持って振り返る、おりん。
大名行列が歩いて来る。」
寿安を睨みつける、お侍。
寿安「ひいっ!!」
ひれ伏す、寿安。
おりん「はーい」父のもと走っていく。
大名行列の前に進みでる、おりん。
侍「無礼者!!」娘を切りつける、お侍。
寿安『!!』
黒。
湧き水が出ている、岩。
湧き水に列をなしている、村人たち。
その中に混じって、若い男女のカップル。
若い女「勝治、しっかり水汲んで帰ってな」
勝治「んだ。ずんら、ずんら」水を汲む勝治。
水の入った桶を持って歩いている二人。
首を傾げる、若い女。
若い女「あんれま、あそこに、人が倒れてねえけ?」
桶を置いて、走っていく二人。
寿安を、木陰に連れて行って、雑草の上に横たえる、勝治。
桶から、手ぬぐいを水に浸し、寿庵の首を冷やす、若い女。
寿庵、うっすらと目を開きかける。「うぅ」
若い女「まだ、休んどらにゃ、」
「さあ、水でも飲んでけろ?」
寿庵「おりん‥?」
若い女「はぁ、なんで私の名前、知ってるけろ?」
顔を見合す、お倫と、勝治。
勝治「ハハ、ばあさんとこに連れて行くべ」
民家
民家の、板戸を開けて、お倫が帰って来る。お倫「帰ったベー」
婆さん「なんじゃ、今頃帰って来てに」
婆さん「なんじゃ、こん人は?」
お倫「ゆき倒れ」
婆さん「この食いもんのない時に、」
「どこぞの馬の骨を助けるなんざ、まったく」
お倫「ごめんけろ」小さく、舌をだす、お倫。
お倫「勝治、こん人を寝かせんて、」
「おら、飯作ってくるけ」 土間へ出ていくお倫。
民家 土間。飯を炊いている、お倫。
木戸が、音を立てて開く。『ギギィ~』
ももひきの、壮年の男が、息を荒立てて入って来る。
お倫「さきっつあん」
佐吉「お倫、今夜、庄左衛門宅で、」
「寄り合いがあるから、来るんだぞ!」
お倫「寄り合いって?」
佐吉「昨夜、竹蔵一家が、心中しただ。」
「蓄えが、底をついただと」
佐吉「伝次郎とこも、夜逃げしたし、」
「このままでは、村がだめになってしまうだ」
お倫「わかった」
佐吉「暮れ六つだぞ!」
お倫「六つに」
佐吉「次は、小助の所っと」
走っていく、佐吉を見送る、お倫。
お倫「ごめん、遅れたけろ」
栗がゆを、寿安の所に持ってくる、お倫。お倫の荒れた手。
寿安「君は?」
お倫「もう済んだだ」『ぐうぅ~』お腹がなるお倫。
寿安「一緒に食べよう」お倫の荒れた手に、手を重ねる、寿安。
一緒に、栗がゆをすする。寿安と、お倫。
『ズズーズー』
お倫「はじめ、倒れた時、おらのこと」
「おりんと言ってなかっただべか?」
お倫「どうして、私の名前がわかったけろ?」
寿安「亡くなった娘に」
「あんまり似ていたもので」
お倫「ふーん、偶然だべな」
申し訳なさそうに、笑う寿安。
お倫「おらの名前は、お徳婆がつけてくれた、」
「倫理という教科書の、倫を取ってつけてくれたんだぁ」
「お徳婆は、学識が高かけん」
寿安「良い、漢名だあ」
二人、静かに、かゆをすする。
寺の鐘。『ゴーン、ゴーン』
お倫「暮れ六つだけえ」
お倫「寄り合いに行ってくんけ、」
「寿安さんは、寝てるだべ」
慌てて下駄に足をやり、出ていくお倫。
お倫を見送る、寿安。
月夜をバックに、庄左衛門宅。
揺れる、灯芯の炎。
庄左衛門を囲んで、座る村人たし。
村人の真剣な眼差し。
お倫。
灯芯に蛾。
庄左衛門、重そうに口を開く。
庄左衛門「皆、知っての通り、飢饉は4年になる。伝次郎の次は、竹蔵だ。」
「先日、悩んだ末、隣村の、祈祷師のおん婆の所に相談に行っただ」
村人の真剣な眼差し。
村人A「祈祷師の、おん婆様と言ったら、正譲院、出身だべ」
驚愕の表情の、お徳婆。
庄左衛門「祈祷師のおん婆が言うには、悪魔の干ばつは、」
「龍神さまがお怒りになってらっしゃるかんだとと」
つばを飲む佐吉。
佐吉手をあげる。
佐吉「んで、龍神さまの怒りを鎮めるためには」
「どうすれば、いいんだ?」
村人たち「んだ、んだ」
口を開きかける庄左衛門。
つばを飲み込む、村人たち。
庄左衛門「おん婆が言うには、彼岸峠から、」
「若い女を人柱として、捧げにゃならんと言うんじゃ」
村人たち『ザワザワ』
村人A「彼岸峠」
村人B「身投げの名所の」
村人C「どうすんべ」
ざわめく、村人衆。
一人の若い男。小助が立ち上がる。
庄左衛門「小助」
小助「そうだ、お徳婆の所の嫁がいいだ!」必死の形相で、指を指す。
お倫の恐怖の顔。
ポカンとする、庄左衛門。
佐吉「馬鹿いうでね。」
「お倫は、来月、嫁っ子に行くことになっとるじゃ」
慌てて、勝治の方をみるお倫。
目をそらす、勝治。うつむく。
村人D「んだ、村の衆の命には代えられねえで!」
村人E「んだ、んだ、お徳婆の所のお倫がいいだ!!」
絶望の表情のお倫。
村人衆「お倫、お倫がいいだ!!」
助けを求める、お倫は、お徳婆をみる。
泣いている、お徳婆さん。
お徳婆「すまぬ、許してけろ」
庄左衛門「儀式の日は、3日後、3日後どー」
歓声をあげる村人たち。『ウォォ~ー!!』
表情のないお倫。
お徳婆さんの家。
居間の隅で、小さくうずくまっているお倫。
寿安「何か、心配事でもできましたか?」
寿安の手を振り払う、お倫。お倫「どうにもならんちゃ」
お徳婆さんの方に振り向く、寿安。
お徳「よそ者に、話すことなぞ、なんもないわ」
「元気になったんなら、はよ出て行け」
追い出される、寿安。
月明かりで照らされる神社。
境内で、星空を見上げる寿庵。
星空に流れ星。
腹が鳴る、寿安。「グ~~」
寿安「うーむ」
草むらが揺れる。『ガサガサ』
軒下に隠れる寿安。
勝治とお倫が境内に現れる。
勝治「こんな所に呼び出してどうするんじゃ」
お倫「なんで、あん時、ダメだって言ってくれんかったん?」
勝治に詰め寄る、お倫。
軒下で、隠れて見ている寿安。
寿安「お倫さん?」呟く。
勝治「村の衆の決めたことにゃ、逆らえねえだ」
勝治の、必死の形相。
お倫「意気地なし!!」
お倫「おらが、捨て子だから、人柱になって死んでもいいんじゃね?」
軒下で、びっくりする寿安。
勝治「‥‥」
しばし、無言の二人。
しばし、無言の二人。別アングル。
勝治「わし達、もう会わん方がいいだ」
お倫「!」
お倫「馬鹿~ー!」泣いて、そばを去る、お倫。
勝治、一人になる境内。
軒下から這い出る寿安。
寿安「勝治さん」
ビクっと振り返る、勝治。
勝治「寿安さん!」
寿安「盗み聞きするつもりななかったのですが」
「失礼ですが、人柱って?」
顔をしかめる勝治。
勝治「この旱魃は‥龍神様の・お怒りだそうで‥
お倫が生贄になれば‥きっと・雨が降るだで‥」
訥々と話し出す。
眉をひそめる寿安。
勝治の手に、そっと十字架を握らせる、寿安。
寿安「それは、迷信です」
勝治「メイシン?」
寿安「道理に合わない言い伝えで、彼女が死んでも、雨は降らない」
寿安「抱かせてくれますか?」
勝治を抱く、寿安。
寿安「天の神様、どうかこの子の心の苦しみをあなた様が、救ってくれますように、」
「主イエスキリストの御名によってお祈りします、アーメン」
動きが止まる、勝治。
勝治の目から、一筋の涙が。
勝治「おら、本当はは、死ぬのが怖い」泣き崩れる勝治。
月をバックに、手を取り合う、寿安と勝治。
村、昼。
お徳婆の家。
居間。
皆に手伝われ、死化粧をしているお倫。
お倫の死んだ表情。
土間の戸が開く。男「あいつが、キリシタンだー!!」
寿安を、お侍に突き出す、村人衆。
お倫の死んだままの表情。
村、大通り。
村人達、立ち見の、見物客などごったがえしている。
侍A「隠れキリシタンを見つけてー、これより、処刑の儀を行うー」
村人A「なんだ、なんだ?」村人B「隠れキリシタン?」
猿轡を咬まされ、連れてこられる寿安。
皆の見る中、お侍Bは、寿安に、踏み絵を見せる。
侍B「おんしは、キリシタンか?」
頷いて、首を振る、寿安。
侍B「あい、わかった。それでは、これが踏めるか?」
何か、もごもごと言う寿安。
お侍Bに、耳打ちする、お侍C(執行人)。
お侍B「何、少し、時間が欲しいと」
祈る、寿安「天の神様、どうかこの人々の罪を許したまえ」
ギョロっと目で物を言う寿安。
お侍B「よろしい、では、踏みなさい」
寿安「うおおおおー」くぐもった声で叫ぶ寿安。
踏み絵の横を踏む。
侍A「キリシタンだ」
勝治と目の合う、寿安。
寿安『負けるな、勝治!!」と言ったような気がする。
十字架を後ろ手に隠す、勝治。
勝治、その場を離れる。
顔を見合わせる、侍Bと、介錯人(侍C)。
侍B「キリシタンだ」
侍C(介錯人)「では、つかまつる」
寿庵「ちょっと待ってくれ!!」
侍「?!」
寿庵「介錯は解ったが、その前に、主に祈らせてください」
侍「?!」
話し合う、侍連。
侍A「ふぬぅー、あい解った」
「祈りの時間を取らせよう!」
寿庵「□主の祈り
天にいまします我らの父よ
願わくは、御名を祟めさせたまえ
御国を来らせたまえ
御心の天になる如く
地にも成させたまえ
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ
我らの罪をも許したまえ
我らを試みに合わせず
罪より救い出したまえ
国を力と栄とは限りなく、汝のものなり
アーメン」
黄疸の出る侍
侍A「ペテンめが!!」
一刀のもと、寿安の首を刎ねる。
人混みをかき分け、逃げる、勝治。
目には涙が。
瓦屋根の背後に、のっそりと顔を出す入道雲。
龍神祭 当日。お徳婆の家。
居間。
白無垢に、身を包み、死化粧しているお倫。
表情は死んでいる。
土間の戸が開く。
佐吉「勝治が見当たらねえ」
お徳「臆病風に吹かれたんじゃろう」
黒装束に身を包んだ、庄左衛門。
庄左衛門「では、行きましょう」
列をなして、歩いている、村人達。
無言で歩いている。
歩く村人達。
彼岸花畑まで、歩いてくる。
一面の彼岸花畑。
太陽を覆う、薄雲。
一面の彼岸花畑に、狐雨が降ってくる。
庄左衛門、空に手をかざす。
庄左衛門「‥雨‥?」首をかしげる。
神社。境内。
神社の、境内で、一人泣いている勝治。
晴天の入道雲。
手に、握りしめた、十字架を投げ捨てようとするが、できない。
泣く勝治。
太陽に薄雲がかかる。
勝治の右手に、雨粒が当たる。
勝治「雨?」
空を仰ぎ見る勝治。
空に、うっすらとかかる、虹。
寿庵「負けるなー勝治」と言ったように思える。
勝治「寿安さん!」
走る勝治。
微かな、狐雨の中、一面に咲く、彼岸花。
村人A「おおー本当だ、龍神さまが、お喜びになっている」
峠を、とうとうと、登っていく村人達。
美しく、死化粧をした、お倫の目は死んでいる。
無言のまま峠を登りきる村人一行。
村人B「峠の頂上だ」
峠の頂上から、見える風景。眼下を見下ろす雄大な景色。
庄左衛門「それでは、龍神の儀を執り行う」
崖のへりに、寝かされる、お倫。
お倫の顔に、微かな、雨粒が当たる。
お倫の目に光が戻る。「雨‥」
土砂降りの中、祈る、村人達。
庄左衛門「では、龍神さま、生贄をお受け取ってくださいませ」
崖から、お倫を放ろうとする、村人たち。
勝治「待ってくれー!!」すごい勢いで走る、勝治。
崖にお倫を放る。
勝治「お倫~ー」
すんでで、お倫の、片腕を掴む勝治。
庄左衛門「勝治!」
勝治「馬鹿野郎、雨が降っていたろう。迷信だー」
助けだされる、お倫と勝治。
お倫「あ、雨がやんだ」
曼珠沙華畑。
手を取り合う、勝治とお倫。勝治「結婚しよう」
積乱雲の下。
晴天の天空に、虹が登り、龍が登る。