第1話:寄り途中のできこと
見渡す限り緑の絨毯が敷き詰められたような野原を、列車は快調に走り抜けていく。目指すは【アインタル王国】の北に位置する聖都、【アークライト】だ
コンコン
まずは、自己紹介から始めましょう。
私の名前はシェリア・エイル、窓側の席に座る乙女。目の前に流れていく風景にすっかり夢中になっている。
車窓の外には、時折小さな村やきらめく川が姿を現し、心を捉えて離さない。
「シェリアがこれほどまでに嬉しそうにするのは珍しいね。やはり馬車ではなく、列車を選んだのは正解でしたよ」
その言葉に、風景から視線を外し、少し頷いた。初めて乗る列車の旅は、私にとって、忘れられない特別な体験となっていた。
「うん、うん、かわいい妹の顔を見て私も嬉しいよ。それに、これからは私たち二人の同居生活が始まるんだしね。楽しくなるのも無理はないよね」
「それ、違うって言ったでしょ! 同じ寝室を使うだけだから!」
「同じことではないか。素直に認めればいいのに。『お姉ちゃんと一緒っていいよ』って」
「言ってる意味は全然わからない。意味が全然違うではないか!」
抗議は、彼女の楽しげな笑い声にかき消されてしまった。
私と話しているのは、実の姉であるヴァレリア・エイルだった。由緒ある貴族の家系に生まれた私たちは今年で十五歳を迎え、これから【アインタル王国】北部の聖都アークライトにある名門、【戦闘学園ルシズ】に進学するため、この列車に揺られている最中だった。
「シェリアは期待していないのかい? これからお姉ちゃんとの生活は」ヴァレリアが茶目っ気たっぷりに尋ねる。
「わたしは……楽しみにしているけど、お姉ちゃんの言うことは誤解を招くような言い方じゃないか。そういうの、勘弁してよ」
姉さんはくすくすと笑う。「はは、ごめんごめん。シェリアがこんなに嬉しそうなのはあまり見ないものだから、つい揶揄したくなっちゃったんだ」
「まったくもう…」
姉の悪ふざけには、ただ溜め息しか出ない。
そうしている間に、列車は広大な野原を横切り、次の駅へと滑り込むように到着した。
「あら、もうこんなところまで来たのね」姉さんが窓の外を見て呟いた。
「シェリア、お腹空いてない?何か食べ物持ってくるから」
「うーん、うん、じゃぁ甘いものをお願いする、お姉ちゃん」
「はは、本当に好きだもんね、甘いもの」姉さんは楽しげに笑い、「行ってくるね」と言って席を立った。
「うん、いってらっしゃい~」
姉さんの後ろ姿を見送りながら、私は再び車窓の外の景色に視線を戻した。列車はもう発車しているようだ。このまま順調に進めば、あと数時間経てば聖都アークライトに着くだろう。
「それにしても、新しい生活か…」
姉さんと一緒だからと楽観的に考えていたけれど、やはり少し不安が募ってくる。今までずっと生活してきた場所から離れるのは、想像以上に心細いものだ。新しい学園で、うまく友達ができるだろうか。
「はぁ…」
(まだ少し不安になってきた。お姉ちゃんと一緒だから、完全にぼっちになるまでとは言わないけれど、もしお姉ちゃんがすぐに友達を作って、その輪の中に私がうまく混ざれなかったら……本当に一人ぼっちになってしまうじゃないか?)
急に現実的な心配が押し寄せ、お腹がしくしくと痛み始めた。
「お腹が空いたどころか、痛くまで来てしまった……」
(不安な思いがどんどん増していく。お姉ちゃん、早く帰ってきてくれないかな……)
私の心の動揺が反映されたように、なぜか周囲まで急にざわめきが始まっているようだった。車内の穏やかな空気はどこへやら、乗客たちの声が急に大きくなってきた気がする。
(考えすぎだろ。私だってこれまで、それなりにちゃんと生活してきたわけだし、これからもうまくできるはずだ)
ざわざわ…
(でも、冷静に考えてみると、私は今までずっとお姉さんとばかり遊んでいたし…家の仕事が忙しくて深く考えることもなかったけれど、私に今まで本当に友達と呼べる人がいただろうか?)
ざわざわ…ざわざわ…
周囲の喧騒が、私の内なる不安と重なり合い、どんどん大きくなっていくようだった。
(話したことはあるけれど、よく考えると、他の人と遊ぶことなんて一度もないよなぁ……もしかして、私は今までずっとぼっちだったの?)
ざわざわ…ざわざわ…
(いやいや、そんなことはない。家が忙しかっただけだ、友達はできていたはずだ! 一緒に遊ぶ時間がなかっただけだ! きっとそうなのだ! 友達はこれからもできるはずだ!)
ざわざわ…ざわざわ…
前向きになろうとした私の心とは裏腹に、周囲のざわめきは全然消えない。むしろ、どんどん大きくなっているような気がする。
うん?
ざわざわ…ざわざわ…
(いや、これは私自身の不安のせいじゃなくて、本当に何かが起きているんじゃないか?)
ざわざわ……ざわめきは続き、不安な雰囲気は全く消えなかった。私は思わず、お腹を押さえていた手を離し、周囲を見回した。
(え? 何か揉め事でもあるのか? お姉ちゃんはまだ帰っていないし、巻き込まれなきゃいいんだけど……)
私は身を縮め、状況を窺おうとした。
(でも、この列車は出発前に危険品の検査もする上に、警備も見守っている。たとえ揉め事があったとしても、すぐに収まるだろう。不安になることはないはずだ)
そう自分に言い聞かせた瞬間、私の希望的観測は脆くも崩れ去った。車両の扉が乱暴に開き、数人の男たちが入ってきた。彼らの手には、明らかに危険物とわかる刃物が握られている。
「全員動くな! 我々はこの列車を乗っ取った! おとなしくしろ!」
(え?嘘……)
私の頭の中は真っ白になった。あれほど心配していた、めちゃくちゃ不安なことが、最悪の形で起きてしまったのだ。




