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ドレミ  作者: 新木
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04

仕掛けられた勝負に乗るなんて一言も言っていない。それに、その勝負的には僕が音楽室に行った方が、彼女にとって話したい私、側になってしまう。そのため、実質的な僕の負けになる。


なのに、今の心情的には行かない方が負けな気がしてきた。


元々は行く予定だった音楽室。

だが、彼女がいることによって行かなくなった音楽室。プライドとも違う何かが僕の心を逆撫でする。


「……」


いっそのこと僕の事を揶揄ってそう言ったんだ。そう思い込んで歩みを進める。


「……ふんっ」


そうだ。別に彼女に会いたくて来たわけではない。最初から無関係なんだ。あそこで彼女に話したくない。顔を見たくないと言われても、僕は音楽室が好きだから音楽室に行くだけで。


ドアノブに手をかけながら、僕はそんな事を2度3度思って手に力を入れた。

そして。


「私の勝ち。ってことかな?」


「勝負に乗った覚えないな」


「それはそれは。上手く逃げられちゃったね」


「逃げてない。元々だ」


思い込みは思い込みに過ぎず。

現実は現実なんだと思い知らされる声を聞きながら僕は彼女を見る。


相変わらずピアノの椅子に座っている。

別にピアノを弾くわけでもなさそうな体勢。

何をしてるんだか。


「じゃあ、お話ししよっか」


「断る」


「えぇぇ!しようよ〜!!」


「ノーセンキュー」


何度も何度も言ってやる。

僕は音楽室が好きだから音楽室に来てるんだ。彼女と話したいわけでも、彼女に会いたいわけでもないんだ。


「じゃあ、なに?ここで二人、無言で過ごすの?」


「まあ、そうなるな」


「どんなお笑いだ!!!」


「いや、日常だ」


当たり前の回答を彼女に差し上げる。

すると彼女は、はぁと軽く息を吐いた。


「じゃあさ、こうしよう」


すると彼女はピアノの蓋を開けた。

その後、立ち上がって、ピアノの屋根を開いた。全開だった。

重そうに手を若干振るわせながら開けるその様子には流石に心配にもなった。


だが、頑張って屋根を固定させて、彼女は再びピアノの椅子に座って、今度はピアノを弾く姿勢になる。


「音当てゲーム。しよ」


「なんでだよ」


「私と亮太で音を当て合うの。多く当てた方がなんでも1つ言う事を聞く」


「僕が不利じゃないか」


「まあ、そこはご愛嬌ってことです」


「いや、おかしいだろ」


「兎にも角にも!!!やるよ」


有無を言わすまいという、そんな視線に圧倒されてしまった僕は嫌とも言えずゲームがスタートしてしまった。


「じゃあ行くよ?」


そう言って彼女が音を鳴らす。

スコーンという力強い、大きい放物線を描くように飛ぶ音を僕は目を瞑って聞いた。


「……」


2回目の音だ。

……。考えても分かるわけがなかった。

僕には絶対的音感なんてもの存在しない。

かと言って相対的なものも微妙だ。


「はい。答えは?」


分かるわけがない。やはり不利だ。彼女がどれだけできるかは分からない。それこそ僕と同じくらい分からないかもしれない。


でも、そんな分からない勝負を仕掛けてくるか?

否だ。あの自信に満ち満ちた表情。絶対に僕を潰しに来てる。


ニコニコとしながら答えを待つ彼女に僕は考える事をやめて適当に口を開く。


「ラのシャープ」


「……」


その沈黙が何を意味しているのか分かるのは数秒後だった。

そんな数秒の沈黙の時間。だが体感は何分にも感じた。おしゃべりな彼女が黙り込んでいる。その状況だけで異様。そう判断してしまったからであろう。


「答えは?」


沈黙に耐えれなかった僕が、時を動かした。


「正解…」


まるで化け物でも見たかのような、そんな目を大きく開いた彼女の様子。

絶対に正解しない、そう思い込んでいたようだった。


「はっ、これが僕の実力だよ」


そんなことは決してない。運だ。

12分の1の確率で勝つ勝負に勝っただけのことだ。


「亮太すごいね…!」


キラキラとした視線がこちらを覗かせる。

やめてくれ。運なんだ。僕には音感なんてもの1ミリもない。

だから、だから…。


「じゃあこの音は!?」


そう言って、音を鳴らした。

さっきとは全然違う音。当たり前か。同じ音を出すはずがない。

さっきよりも低く感じる音に、僕は困惑した。

やっぱり、相対的なものも僕には無いんだ。


「分からん」


「何それ!さっきわかったじゃん!!」


「さっきはさっき。今は今」


そんなどこぞの母親と子供のような会話をする僕自身に内心で笑う。


「むー。何それー、」


「まあ、さっき正解したんだからいいだろ?」


「んんー、」


「それよりもこれは勝負だろ?ほら、変わって」


これ以上問題を出されても困るっと思った僕は、半ば無理やりに話を展開させ、次のステップへ移行させる。


彼女が座ってる椅子から彼女をどかして、僕が座った。


少し低いその椅子に違和感を覚えながらも彼女がピアノの鍵盤が見えない位置にいる事を確認して、そっと鍵盤に手を置いた。


そして、僕は音を鳴らす。


「……。」


鳴らした音は、2音だった。

性格が悪い。そう言われても仕方ないと思った。


だがそれ以前に、彼女が鳴らした音とは比べ物にならないくらい弱々しい、響かない音で、スノードームの中でも反響しなさそうな、そんな音だった。


そんな音に包まれる彼女は、目を瞑っていた。

そして、だ。


「ドのシャープとファ」


それは完璧な回答だった。

どちらも正解の回答。

さっきの偶然を実力と言ってしまった僕自身を恥じた。


「……正解、」


分かるわけがない。そう思っていたんだ。

だからこそ、動揺が凄かった。


「やったー!」


上品に、でも子供っぽく笑う彼女には、口角が上がってしまう。

そんな彼女の様子を見ていると、こちらに視線を移してきた。


「そんな事より!なんで2音なんだよ〜!」


「それは…ごめん、」


「いや、別にいいけどさっ!」


格の違いを見せつけられた。そんな感覚だった。

頬を膨らませる彼女に手を合わせて謝りつつも、完全な敗北を僕は味わっていた。


「じゃあ、私の勝ちでいい…?」


「うん、」


NOだなんて、そんな往生際の悪い事しなかった。

実際、完全敗北したんだ。


確認の了承を得た彼女は目をキラキラと輝かせながら、うーんと顎に人差し指を置いて考えるポーズを取っていた。


そして数秒の思考の後。

何か思いついたのか、目を少し大きく開いて、笑った。


「じゃあ私の名前ちゃんと呼んでよ。あ、あと!これから放課後一緒にここで話そ」


「……?」


何かの違和感。それに気付いたのは刹那にも満たない時間だった。


「って、2個じゃねぇか!」


1個だけなんでも聞くと言う条件で始めたはずなのに、提示されたのは、名前呼びと、一緒に話すという2つ。


「あ、そっかそっか、ははは」


軽く笑ってごめんと手を合わせて謝る彼女に僕は優しく睨みつける。そして、


「で、」


と彼女に問いかける。


「うーん。じゃあ名前は呼びはいつかしてもらうとして、だから、明日から一緒に放課後音楽室で話そうよ」


「……」


素直にOKとは頷けなかった。

僕が好きな沈黙の音楽室で一人という状況がこれから壊れてしまうのだ。


でも、勝負だし。

そう簡単に割り切れるものでもなかった。


「ちょっと考えさせて」


「うん!いくらでも!」


そう言って僕は音楽室の扉を開けて外に出た。


このまま逃げ出してしまったら、勝負による代償から逃げてしまったら、しまえたらどうなるのだろうか。


彼女はどこまでも追っかけてくるのだろうか。


いや…。そんなに彼女も暇ではないだろう。だったら逃げるが勝ちなのではないだろうか?


そうだ。きっとそうだ。このまま、そう。このまま逃げてしまおう


僕は足を動かし始めた。



「とりあえず1ヶ月だ」



目的地は目の前だった。

音楽室。そこが僕が設定した目的地だった。

逃げても良かったが、それは負けた気がした。


無論、僕の好きな空間、時間が壊されたのは納得がいかない。


だからこその、制限時間だった。


「んー、わかった」


無条件要求が、僕の我儘で条件付きになってしまったのは恥じるべきであろう。


だが、それこそそこは大目に見てほしい。


「あれ、帰っちゃうの?」


「ああ」


もう今日は疲れた。もうどれくらい経ったんだろうか。

……?まだ15分ちょっとしか経ってない。


体感1時間の今までの出来事に驚いた。


「じゃあ、また明日ね」


「ああ、わかったよ」


同じ味だと飽きてしまうように、音楽室に飽きないように、少し色が足された。

そう考えることにして、僕は音楽室の扉をゆっくり閉めた。


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