03
木曜日も7限まで授業がある日だった。
6限終わりでも決して楽とは言えないが、7限終わりが二日連続で続くとキツイものがある。
そんなことを思いながら僕は音楽室へ歩みを進める。
だが、いつも以上に乗らない気持ちに困惑していた。
理由は…。分かっていた。そうだ昨日の女生徒だ。名前は確か…霧島詩菜。
聞いたこともない名前だ。顔も見たことがない。そんな彼女はどうやら同じ学年らしい。
今日だって今の今までずっとソワソワしていた。まるで自分がその子に恋をしてしまったのではないか。そう勘違いしてしまう程に彼女のことを考えてしまっていた。
考えながらも僕は音楽室の扉を開ける。
相変わらずの重い扉。そして開けると漂うセピア色の香り。
中に入り、音楽室を見渡した。
そして、だ。それを見つける前に僕はその存在に気付かされた。
「昨日ぶりだね。亮太」
その子の声だった。
霧島詩菜。彼女は今日も音楽室にいたんだ。
それも昨日と全く同じ位置で、体勢でいる。
「何してんだ?」
声をかけると彼女はフフッと笑った。
「お互い様。だよ?」
「確かにな」
「うん。でも私から答えてあげる」
「別に頼んでない」
「さっき聞いてきたじゃん!もー。まあいいや」
そう言って彼女はピアノの椅子から飛び降りる。
読んで字の如く飛び降りた。
そこまで高くない椅子だ。それに足だってついている。なのにそんな表現が似合ってしまうほど、爽やかにスピード感のある下り方をしたんだ。
「聞いてくれておいて申し訳ないけど、特に理由はないの」
「理由、なし?」
「うん!亮太は何しに来てんの?」
「……」
改めて何をしに音楽室に来ているかと聞かれたら困ってしまった。
僕も理由なんてなかった。
ただ音楽室に居たかったから。そんな理由にならない理由しか思いつかない。
「亮太も理由ないのか〜」
見透かしたようにいたずらに笑いながら言う彼女を軽く睨みつける。
「ごめんごめん、はは」
「強いて言うなら、ここが好きだから」
さらっと答える。
理由無し。似たものもの同士だね!そんな展開になられても困るんだ。
「音楽室が好きなんて、亮太って変な人!」
「それは間違いないな、はは」
「なにそれ、変なの」
だって音楽室が好きな人なんて、変な人の何者でもないだろう。
彼女の全体像を改めて確認した。
夕陽に照らされオレンジに染まる彼女。
「……?どうかした?何かついてる?」
改めて見ると綺麗な顔をしていた。
可愛いと言うより美しいの言葉が似合うような、そんな清楚な顔立ち。
アイリスの香りを纏っていそうな、そんな高貴な雰囲気に僕は彼女を視界から外した。
「え、帰っちゃうのー?」
「そりゃあな」
音楽室が好きなのは、この誰もいない空間の、なんとも言えない雰囲気に僕一人でいると言う状況が好きなんだ。
彼女がいたら、その理論も壊れてしまう。
つまりいる理由も、居たい理由もなくなる。
「えぇ〜、明日は??」
「知らん」
もちろん明日も行くだろう。
ここは僕が好きな場所だ。
でも、行くなんて答えたら、じゃあ明日もっと話そう。そんなふうに言われるかも知れない。
「じゃあ、来て?」
予想外の言葉に僕は言葉を失って目を丸くする。
「なんでだよ」
「だって、亮太ともっとお話ししたいし?」
「俺はしたくない」
「おぉ、どっ直球なお言葉頂きました!」
「ごめん…、でも、うん」
流石の自分でも、強すぎる言葉と思ってしまった。素直に謝る。でも本心であることは間違いなかった。
「いや、いいよ。大丈夫」
「うん…、じゃあ」
そう言って音楽室から出ようとした時だった。
「私は亮太と話したい。話したくない亮太と話したい私。勝負だねっ」
そんな意味の分からない言葉を背に、僕はそっと音楽室から出た。
一体彼女はなんなのだろうか。
なんで、音楽室にいるのだろうか。
04へ