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藤井亮太…フジイ リョウタ
霧島詩菜…キリシマ シイナ
これからお願いしますね
「この音は…?」
夕方の音楽室はオレンジに染まる。
バッハの肖像画がどこか儚く見えて、ベートーヴェンもシューマンもショパンも然りだ。
そんな音楽室に一音が鳴り響いた。
ピアノの音だ。純粋なピアノの音。
音楽とは言えないその音に乗せる言葉は、それが何の音か。
「分かるか」
そんな問いに答えるのは男の声だった。
「ぶっぶー。ちゃんと答えなきゃ!正解は…ミの音!」
「俺には絶対音感なんてもの無いんだ。分かるわけがないだろ」
女の問いに答えを拒否する男。それをまた拒否する女に口答えする男。
短く言えば言葉のキャッチボールが続く音楽室。
その2人しかいない音楽室。なのにどこか楽しげで、変に暖かい空気が漂っている。
「じゃあ、改めて……はい!」
そう言って力強い音で鳴らすピアノの音。
「知らん」
「惜しい!ファの音!」
「惜しいも何もあるか」
「もー、つまんない!亮太ちゃんと答えてよね!」
男、もとい藤井亮太はまたもや考えることを放棄した。
考えたってわからないのだ。数学じゃ、国語じゃあるまい。
「じゃあ詩菜はわかるのかよ」
今度は亮太の番だ。
亮太が投げかけるは霧島詩菜。
自分が分からない問題は出すな。そう言わんばかりの勢いでピアノの席を取る。
追い出された詩菜は少し頬を膨らませて、すぐに鍵盤が見えない位置に立つ。
「ん」
ポーン、と遠くに飛ばすような音が鳴ったそのピアノの音は、詩菜の全身を包んで、音楽室の壁に跳ね返る。
「はは、簡単だよ。これはねーー」
僕(亮太)の記憶はここで途切れた。
あれが何の音なのか、僕にはわかってるはずなのに。
なのに。
なのに…。それが正解か間違いか、僕には思い出せなかった。
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