依頼
「ハハ。これは本当に傑作だね。」
「誰ですか?」
金髪の青年を見つめながら、ハンスはおもしろそうに笑った。エリナは警戒心を持ちながら剣の柄に手を伸ばした。
「僕は…」
「ああ。朝プロポーズに来たロリコンだね。」
アデルの言葉が終わる前に、エリナは強烈な殺気を放った。青年は蛇に見つめられたカエルのように動きを止めた。
アデルは再び青年をじっと見つめた。
青年はややカールのかかった、羊毛のように柔らかそうな金髪を持っている。緊張のために大きく開いた青い目。少し下がった目尻に涙の痣がついている。顔立ちは整っており、柔和で親しみやすい雰囲気を漂わせている。青年の緑色のマントの下にはシンプルな革の鎧がある。足元には長い旅に耐えられるように見える特厚のブーツを履いている。装備は耐久性があり品質も良さそうだが、使用の痕跡が多く見受けられる。経験豊富な商人風の装いだ。
「何か用?朝の回答はもう十分にはっきりしていると思うが?」
「依頼!そう、依頼です!僕には頼みたいことがあるんだ!」
「ふーん?」
「まあまあ。この人が断られても話しかけてくる勇気があるということで、少しは聞いてやろうか?お嬢にとってはちょうど時間を潰せるかもしれないしね?」
アデルは考え込んだ。
「いいわ。エリナ。」
「はっ。」
濃い殺気が一瞬で消え去った。青年は明らかにほっとしたようだ。
「で?その依頼とやらは何?」
「僕の依頼はこれです。」
青年が羊皮紙を取り出した。エリナは羊皮紙を受け取り、アデルの前に差し出した。
「護衛と魔狼の討伐の依頼か。」
「そうです。僕は仕事の関係で、この近くの森で魔狼の毛皮を収集する必要があります。特殊な処理が必要なので、毛皮の剥ぎ取りは僕が担当します。依頼してほしいのは魔狼の捜索と討伐、そして僕の護衛です。基本報酬は金貨3枚で、魔狼1匹討伐ごとに追加報酬として銀貨5枚がもらえます。もし魔狼の毛皮の状態が良ければ、さらに銀貨1枚が追加されます。」
「ああ。エドガー商会の定期依頼だな。」
「定期依頼?」
アデルはハンスに説明を求める目で見つめた。ハンスは肩をすくめた。
「さっき言ったじゃん?この国では今や依頼の三割はエドガー商会から出ているんだ。これがそのうちの一つだ。この前線都市の近くには魔狼が出る森があるんだろ?エドガー商会は定期的に魔狼の毛皮を集めに来るんだ。革製品に加工するための材料にするらしいよ。」
「そうです。ギルド長が言った通り、これは当商会が定期的に発注している依頼です。魔狼の毛皮だけでなく、他の魔物の産物も集めています。今回、この都市に来たのは、プロポーズ以外にも材料収集のためです。」
プロポーズの部分はうまくいかなかったみたいですね。苦笑いしながら、青年が後頭部をかいた。
「魔狼の毛皮の運搬手段は?」
「当商会には徒歩牽引が可能なフローティングボードがあります。もちろん、耐荷重能力を高めた特製品です。」
「ああ、フローティングボードか。思い出した。特注のフローティングボードといえば、前回大量に注文をくれたのはあなたたちだったよね。」
「そうです。お力添えいただいて、今ではフローティングボードは商会のみんなに愛用されるツールになりました。魔物の素材を集める必要があるので、徒歩の場合もよくあります。荷物を積むことができるフローティングボードはとても役に立っています。発明者はアデル嬢ですよね。本当に感謝しています。」
「まあね。でもあれは高価なものだよ。一度にそんなに注文できる手段があるってことは、あなたたちの資金はかなり豊富なんだろう。さすかエドガー商会。」
「いえいえ。便利な道具を発明したフーラズ家こそ、尊敬すべき存在です。」
所謂フローティングボードは、錬金術の産物です。
フローティングボードは特殊な鉱物が空気に触れることで揮発し、推力を生み出す性質を利用して、軽量化された金属フレームと組み合わせている。引っ張るためのロープを結び付けると、馬車の代わりになれる。フローティングボードの原理は簡単と言えば簡単ですが、浮遊時の安定性とバランスも考慮する必要がある。推力源となる鉱物は錬金術によって特別に作られている。また、細かい調整にも多くのコストがかかる。したがって、高価な商品となっている。
「ではどうしましょうか?この依頼を引き受ける気になりますか?」
「聞きたいことがある。なぜ指名委託の形で、しかも私たちを指名したんだ?今朝以外、私たちとは会ったこともないはず。私たちがあなたが求めている魔狼の毛皮をきちんと集められるかどうか、あなたは知らないはずだよね。森に行って何も手に入らなかった場合、あなたにとってはただの金と時間の浪費になるだけじゃないか?」
「まあ、そうなるかもしれないね。でも、言えば投資だと思うよ。」
「投資?」
「僕は、フローティングボードという便利な道具を発明したアデル嬢に興味があるんだ。お互いの将来に協力する機会があるかもしれないと考えて、この仕事の機会を通じてお互いを知ることができたら悪くないと思ったんだ。」
「あなたの神経が本当に太いね。大方、プロポーズも商売のためだよね。」
「商人だから。精神的な強さがないと商談はできないんですよ。」
「ふーん。まあいいわ。この依頼を受けることにしょう。」
「ありがとうございます!」
「面白そうだな。俺も参加したい。」
ハンスが手を挙げた。アデルは半目で彼を見つめた。
「お前はまだギルド長の仕事があるじゃない?」
「それは部下に任せればいいさ。探索など、お嬢とエリナより、俺のほうが得意だろ。」
「私は大丈夫だと思う。エリナはどう?」
「お嬢様が承諾されるのであれば、私は構いません。」
「それなら決まりね。ところで、まだあなたの名前を聞いていなかったわね。」
「ベル・エドガーと申します。気軽くてベルと呼んでください。今後ともよろしくお願いします。」
「アデル・フーラズよ。短い期間だが、よろしくね。」
§
森の中で、小さな姿がほぼ自身と同じ高さの木の根に手をかけ、勢いをつけて一気に頂上を乗り越えた。それは精緻な容姿の少女で、長い黒髪と整った前髪が風に舞っている。
少女が着地すると、黒灰色の物体がすぐに彼女に飛びかかった。
それは狼だ。
正確に言うと、森の魔物である魔狼だ。
少女は迫りくる魔獣にも動じることなく、左手から短刀を弾き出して地面に突き刺した。短刀を支点に、少女は振り子のように地面上で半円を描き、一瞬で魔狼の背後に回り込んだ。彼女は地面から跳び上がり、右手を身体と一緒に回転させて魔狼の急転回してくる顔面に向けて斬り下ろした片手剣がうまく合った。
「がぐっ!」という鳴き声と骨の砕ける音と共に、魔狼の頭は容赦なく切り裂かれた。
他の三匹の魔狼が森の中から飛び出し、牙をむき出して少女に襲いかかってきた。
少女は足を止めずに、身体を踊るように回転させ、鋭い片手剣が空中に血の筋を描き、遠心力に乗っている一匹の魔狼を撃ち落とした。彼女はもう一度魔狼の攻撃を避けるために揺れるように身をかわし、両手に持つ試験管を魔狼に直撃させた。管の中で分かれていた黄色と青色の液体が魔狼に当たると瞬時に混ざり合い、一瞬で炎のような激しい赤に変わった。
ドン!という音と共に、二つの火の塊が瞬時に二匹の魔物を包み込んだ。少女は一瞥もせず、片手剣を横に振り放ち、斑々とした血が隣の木の幹に飛び散った。
そして、少女の頭が軽く叩かれた。
「お嬢、前に出過ぎだぞ。それに、委託物を燃やすってどういうことだ?毛皮は台無しになっちまったじゃねーか?」
やれやれ。ハンスが手をアデルの頭から引っ込め、ため息をついた。
「あら。」
「あはは。いいんですよ。二匹の状態は非常に良く、上等な毛皮を剥ぐことができます。」
金髪の青年ベルが魔狼の前にしゃがみ込み、道具を取り出して剥ぎ取りを始めた。ベルがしゃがむ動作に合わせて、浮遊しているものが近づいてきた。
それはフローティングボードだ。
金属で作られた板が地面と平行に浮かんでおり、地面に近い部分には鉱石が埋め込まれた装置が搭載されている。フローティングボードは牽引ロープで繋がれ、ベルの腰に巻き付いている。青年は剥ぎ取った狼の皮を板にきちんと固定した。
「へえ、この使い方か。フローティングボードというやつ、意外に便利だな。」
ハンスはベルの動作を見て、感心した。
「そうですよ。特に障害物が多くてハンドカートが使いづらい場所では便利だね。」
「そうだろ。発明者のわたしを褒めて。」
「よーしよしよし。あんたすごいね。」
ハンスはアデルの頭に手を伸ばし、優しく彼女の頭を撫でた。一閃する剣の光が走り、ハンスは急いで腕を引っ込めた。
「お嬢様を勝手に触らないでください。さっきもお嬢様を殴*りましたよね*。その汚い手がここで切り落とされたいのか?」
エリナからの殺気に耐えながら、ハンスは手を上げて降参する仕草を見せた。
「おっと。本当に悪かった。」
「あははは…」
「あなたたち、もう遊ばないで。ベル、あとどれくらい狼の皮が必要?」
「えーと、もう一群くらい狩猟すれば十分だと思います。」
「よし。ハンス、案内して。」
「はいよ。」
隊は再び移動を始めた。ハンスが先頭を務め、エリナが後を守った。アデールとベルは中間に位置を占めていた。
「ところで、アデル嬢は戦闘が得意なんだってね。」
「まあね。こちらで適切な訓練を受けてるから。驚いた?プロポーズの相手がこんな荒っぽい女だって。」
「驚くことはないよ。むしろ魅力的だと思いますよ。」
ベルの言葉が終わると、彼は再び身を硬直させた。ベルの後ろにいたエリナの視線は容赦なく彼の背中に注がれていた。
「いいよ、エリナ。今の彼は私たちのクライアントだから、少し許容してあげて。」
「はっ。了解しました。」
「ところで、ベル。あなたも少し武術の心得があるようだな。歩き方や筋肉のつき方から感じるよ。鍛錬したことがあるかしら?」
「ふー。分かりますか?まあ、商人として自衛の手段をいくつか練習した程度だけです。アデル嬢みたいなことは全然できないさ。」
あはは。ベルは苦笑いしながら頭をかきむしる。
「十分よ。戦いに関しては部下や雇った冒険者に任せればいい。今のようにね。」
「そうですね。」
「ところで、あなたの部下たちはどこに行ったんだ?」
「みんなそれぞれ担当の仕事があるから、着いた後は必要な素材を集めるために散っていくんです。僕たち最初は冒険者たちが集まって商会を結成したんだから、みんな個別に行動する能力があります。当然、僕もそれに応じた能力が求められるんだ。」
「ふーん、若くしてなかなかやるじゃないか。」
「アデル嬢に言われると、なんだか違和感ありますね。」
「何?この痩せこけたガキにはそんな資格はないって言いたいの?私の精神年齢はあなたよりも上かもしれないよ。」
「ちょっと。お嬢、まだそのギャグやってるの?」
ハンスは面白そうな笑顔を浮かべる一方、ベルは真剣に考え込んでいた。
「そうかもしれませんね。」
「ベルさんよ、お嬢と本気でやりあう必要はないよ。」
「見た目は幼いけど、考え方の成熟度は一般の大人を超えているかもしれません。アデル嬢との会話から、確かにそんな感じがしますね。こんな年齢でフローティングボードを発明する才女だから。」
「あなた、なかなか目があるな。残念、ロリコンは受け付けない。」
「なんだか名誉のない称号をいただいたような気がします!」
「まあまあ。ベルさん、性癖は自由だけど、他の人に迷惑をかけるのはよくないよ。」
「なにもやったわけじゃないのに!」
ベルのフルパワーのツッコミに対して、ハンスは大笑いした。しかし、一瞬で軽薄な表情は真剣で冷静な表情に変わった。
「待ってくれ、前方から血の匂いがする。それに剣がぶつかり合う音も聞こえる。恐らく誰かが戦っているぞ。」
「他の冒険者か?」
アデルの問いに対し、ハンスは首を横に振った。
「知らん。その音は、人同士が互いに戦っているような感じがした。」
「エリナ、前衛を頼む。」
「はい。」
「ハンス。」
「わかっている・」
「ベルは問題ないよね?フーラズの娘として、自分の地盤で起こった紛争を見て見ぬふりはできない。もし後にそれがあなたに損害をもたらすなら、フーラズ家はそれに見合う賠償をしよ。」
「あ、はい、問題ありません。人命にかかわることなので、アデル嬢の指示に従います。」
「よし。では、早く状況を確認しに行こう。」
一行はお互いに頷き合い、森の中を疾走した。