お散歩
練習場は熱気に満ちていた。
木剣が互いにぶつかる音や、鎧がこすれる音がアデルの耳に届いた。
兵士たちは砂地で模擬戦を行っていた。彼らは汗を流し、常に専念した目を保っていた。
アデルは練習場を歩いていた。兵士たちは彼女に挨拶するために練習を止めていた。彼女は手を振って、兵士たちに練習を続けるように合図した。
アデルはすぐに目的の人物を見つけた。
「エリナ。」
「お嬢様。」
アデルに返答したのは、長身の女性だった。精悍ながら女性らしい丸みを帯びた顔には、鋭い目が光っていた。女性は髪をポニーテールに結んでいた。軽い鎧を身に着け、長剣を腰につけていた。女性はまっすぐに立っていたが、そこにいるだけで武器のような雰囲気を漂わせていた。
「忙しいの?」
「いいえ。ちょうど巡回が終わったところです。空いています。」
「散歩に行きたい。ついてきてくれる?」
「はい。」
エリナはアデルの斜め後ろをしっかりとついて歩いた。
「仕事の状況はどう?前回、外にトロルが出没していると言われたが。」
「問題ありません。朝にはすでに掃討が終わりました。」
「エリナは本当に頼りになるね。今日の護衛もお願いするよ。」
「はい。でも、お嬢様がこんな時間に現れる理由は何ですか?今は座学の時間ではないですか?」
「つまらなくて逃げ出しただけ。」
アデルの返答を聞いて、エリナは苦笑した。
「なるほど。あまりセリーナ殿に迷惑をかけないでくださいね。」
「ああ、わかっている。そんなことより、行こうか。」
雨が降ったばかりの道路が、朝の光を反射して濡れた輝きを放っていた。木の葉には水滴がついており、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
アデルはリンゴを買い、小さくかじりながらエリナと一緒に大通りを歩いていた。エリナはあまり話をせず、若い主人に黙ってついていった。ふたりは活気に満ちた街を歩き、売り手たちや人々が行き交う中を通り過ぎた。
アデルは手を伸ばし、気持ちよさそうに体を伸ばした。
「ああ、引退生活はこんな感じであるべきだね。」
「引退なんて。お嬢様の人生はこれから始まるんじゃないですか?」
「まあ、客観的に見ればそうかもしれないね。」
「何を言っているんですか。そんなに曖昧な言い方をするなんて。」
「秘密だよ。」
「はあ。」
「エリナは自分の引退生活をどうしたいと思っている?」
「それは…考えたことがありません。もし剣を振るうことができなくなったら、湖畔の家があるといいなと思います。そこで犬を飼って、好きな人と平凡な生活を送りたいですね。」
「好きな人?ふーん。つまり男?」
「普通に考えればそうかもしれませんね。」
「ふぅん。」
「憧れたことはありませんか?理想の相手、王子様など。物語には必ず、出会いの運命のような話がありますよね。」
「そんなの大嫌いよ。どうして男とそんな出会いをしなければならないんだろう。」
「でも、少なくとも好きなタイプはあるでしょう。もし理想の相手がいたら、どんな人なのでしょうか?」
「エリナみたいな人だよ。」
「え?」
「美しくて、かっこよくて、優しくて、強い人。そして、自分のわがままに付き合ってくれる人。」
恥ずかしそうにする護衛を見て、エイドリーは花のように笑った。
「ほら。数言で恥ずかしくなるんだから、可愛いよね。」
「もう。こんな話し方、どこで習ったんですか。」
「ええと、たぶんここかな。」
アデルは指を指し、エリナは眉をひそめた。
「冒険者ギルドですか。あの人たちを罰する必要がありそうですね。」
「そんなこと言わないでよ。彼らの冒険譚は面白いから。来たんだから一度行ってみなよ。」
アデルは冒険者ギルドに足を踏み入れた。
§
「おお、お嬢。今日は何の用事で来たんだい?」
2人に話しかけたのは、タバコをくわえた男だった。男はだらしないシャツを着ており、無精髭を生やしていた。散らかった髪を後ろで小さな三つ編みに結んでいた。外見は汚いが、目は鷲のように鋭かった。だらしない服装の下には、引き締まった筋肉が見え隠れしていた。
男に向き合って、エリナは親しげに挨拶をした。
「よっ、ハンスギルド長。今日も怠け者してるのがいい感じだね。」
男が返事をしようとしたとき、剣が一閃し、男がくわえていたタバコが真っ二つになった。アデルは振り返りと、エリナが剣を収めたのを見た。
「お嬢様の前でタバコを吸わないでくれませんか?煙や薄っぺらさはお嬢様を汚します。」
「おお、エリナ。今日も元気だね。何かいい事あったのかい?」
男は平然と腰をかがめ、地面に落ちた半分のタバコを拾った。
「ようこそ、ふたり。特に、今話題の中心となっているお嬢でね。」
「どういうこと?」
「おいおい、忘れたのかい?今朝、エドガー商会の御曹司を蹴り飛ばしたのはお嬢じゃなかったか?冒険者たちの間では話題になっているよ。」
「ああ、あのロリコン野郎ね。」
「顔はかっこいいし、お金もある。何が不満か?」
「子供の体に欲情するような奴は、いい人じゃないわよ。」
アデルは手を開き、一回転した。
そうだったのか、と。ハンスは手をたたいた。
「まあ、そう言われても仕方ないな。でも、お嬢は美少女といえども、相手があんたの体に興味を持っているわけではないよ。エドガー商会といえば、やはり彼らが手掛ける魔物加工品が最も有名だ。全国の冒険者の三割はこの商会の出資で委託をしていると言われている。おそらく彼らも薬品製造に手を出したいと考えているだろう。もしフラーズ家との関係を築けたら、事業の推進にはきっと役立つはずだ。」
「だからこそ嫌いなんだ。政略結婚というような自由のないものは嫌い。」
「ははあ。お嬢やっぱり政略結婚ではなく、恋愛結婚を望んでいるのかい?この野郎を含め、拒絶された人の数は二桁を超えたとか。本当に王子様のような真実の愛を待っているのかい?」
ハンスは手を上げ、10本の指を広げて振った。アデルは鼻で笑った。
「なぜ男とそんな出会いをしなければならないのかしら?出会いがあるなら、やっぱり可愛い女の子と一緒にいたいわ。」
「可愛い女の子と出会いたいって思う気持ちはわかる。どう?おじさんと一緒に可愛いお姉さんがたくさんいる店に行ってみないか?」
「それはいいね。」
剣が再び光る。ハンスが口にくわえていた半分のタバコが瞬時に四分の一になった。
「おおっと。誰かが不機嫌になったみたいだね。この話はまた今度にしよう。もしかしたらお嬢がもう少し大きくなってから、この話をするのがいいかもしれないね。」
「それは年齢とはあんまり関係ないよ。言うなら、私の精神年齢はあなたよりも上かもしれないね、ハンス。」
「あーっはは。なるほど。賢いお嬢にとって、俺たち庶民の頭は未熟な子供たちと同じかもしれないね。」
「そんな意味じゃないわ。まあいいわ。依頼を探しでいる。ちょっと挑戦的な仕事がいいの。お願いできる?」
「いいよ。でもお嬢がもの好きだね。お金に困ってるわけじゃないのに、いつもここで討伐の依頼を受けてるよね。」
「別に。単に小遣いが欲しいだけで、それと体を動かしたいだけなの。」
「あの!もしもお金が欲しいなら、僕の依頼を引き受けてくれないかな?」
朝、アデルに飛ばされた金髪の青年が、緊張した表情で三人の前に現れた。