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⑧坂下日奈子 



坂下日奈子が沼田圭に会うのは今日で5回目だった。そして、今日会うのは沼田さんだけだった。


日奈子は電車で待ち合わせ場所に向かう途中、これまで沼田さんとかなり短いスパンで会ってきたなと改めて思っていた。そして、半年か一年と決めていたが、もうどこかパパ活をするのは潮時だなと感じていた。


これまで沼田さん以外にも4人に会ってきたが、最後にはいつも虚しく思え、万札が入った封筒を受け取る際に、頭の中で様々な感情が入り混じる感覚に、内心もう懲り懲りだと思っていた。



電車が他県に到着すると、日奈子は電車を降り、駅の北口にあるいつもの待ち合わせ場所へと歩き出した。沼田さんは既に到着しており、「待っている」という連絡が先に来ていた。


日奈子は普段履かないヒールをコツコツと鳴らしながら、ランチが美味しいと有名な小洒落たレストランの扉を開けた。



席に座る沼田さんはいつも通りの笑顔とスーツ姿だった。ワックスで髪を固め、どことなく個性が強い、いつものメガネをかけていた。


「お待たせしました」と日奈子は言った。


「いやいや、いつもありがとね」と沼田さんは腰を浮かしながら言った。


日奈子が席に着くと、店員さんが水とメニュー表を持ってきた。

日奈子は礼を言って受け取り、特に見たくもないメニュー表を開いた。



私と沼田さん、傍から見ると、どういう関係に見えるのだろうか?


父親と娘という関係に見られるほどの歳の差は感じないだろうが、どこかに違和感を感じるはずであると日奈子は思っていた。


どういう接点があるのか、想像がつかないと思うのだ。


...そもそも私は、沼田さんのことをどれだけ知っているのだろうか?


日奈子が知っている沼田さんについての情報もまだ不確かなものが多かった。



沼田さんの年齢は確か、36歳で、仕事は製薬会社の営業、好きな映画はブレードランナー、好きな音楽は......あれ?、好きな食べ物は、麵類全般だったかな...?


日奈子はメニュー表を見る振りをしていた。


もしかしたら、彼女持ちかもしれないし、既婚者で子供もいる可能性だってあるのだ。


会うのは今回で5回目だが、まだ信用するほどの人ではないと思っている。

今まで会った人の中で一番まともに見えるだけなのだ。



注文が決まると、2人は同じランチを店員に頼んだ。

その際、メニュー表を返す時、「ジュースはいる?」と沼田さんは聞いてきた。


それは毎度の事だった。


ドリンクではなく、ジュースなのだ。


日奈子は「水でいいです」と答えた。



2人の間に無音の空気が流れていた。


日奈子は沼田さんと会う回数が増える度に、会話の内容が薄くなっているのがわかっていた。

趣味も特にない日奈子は同世代ともあまり話すことがないのに、一回り以上離れると余計になかったのだ。



店内にいた他のお客さんがお会計の為にレジ前に向かった時、


「そうだ、日奈子ちゃん、この前教えてくれた猫の動画見たよ。かわいいね」と沼田さんは言った。


「あっ、見てくれました?そうですよね。可愛いですよね」


「けど最近、投稿者さん、コメントで叩かれてるよね」


「そうみたいですね。可哀想ですよね」と日奈子は言った。


「まぁけど、コメントする人の気持ちもわかるよね。気持ちを持て遊んでんだから」


「まぁ、そうですね...」と日奈子は言ってから、自分の鞄の中に手を突っ込み、あるものを取り出した。


「あっ、これ、この前のプレゼントのお返しです」とペンギンのぬいぐるみ付きのキーホルダーを沼田さんに差し出した。この前会った時、好きな動物を偶然聞いておいたのだ。


「あぁ、ペンギンね、この前話してた。嬉しいね」と沼田さんは受け取り、「30超えても、嬉しいもんだね、こういうの。付けるよちゃんと」と笑顔で言い、


「日奈子ちゃんは付けてくれてる?キーホルダー?」と聞いてきた。


「はい。アパートの鍵に」と日奈子は答えた。




それから運ばれてきた食事を取りながら、たわいもない会話は続けていると、1時間半が経過していた。



「あと、30分か」と沼田さんは時計を確認してから、そう口にし、

「あのさ、話があるんだけど...」と言い出した。


「話...ですか?」


「うん、ちょっと言いにくい事なんだけどさ...」


「えっ、なんですか...?」


日奈子は沼田さんの声のトーンが変わった様子に気が付いた。



「あのさ、こうやって会うのって面倒じゃん、毎回毎回いちいち連絡とって、電車で来てもらうのってさ」


「...えっ?」


「面倒じゃない?」


「いや、それは全然大丈夫ですけど...」


「いやいや、いちいち悪いからさ。大変じゃん」


「そんなことないですよ。ぜんぜっ」と日奈子が言う時に、沼田さんは話を遮り、



「だからさ、僕と同棲しない?今、借りてる部屋が広くてさ、日奈子ちゃんの部屋の分もあるし、大学に行く電車賃はちゃんと出すし、家賃とか要らないからさ。お金に困ってるんでしょ?いい条件だと思うけど」と沼田さんは言った。


「いや、それはちょっと違う...かな...」と日奈子はたじろぎながら言った。



「そうかな?...いいと思うんだけどな。おこずかいもあげるよ。今よりもっと」と沼田さんは何故か引き下がらなかった。



「......いや...」


日奈子は何も言えなくった。



「日奈子ちゃんってさ、彼氏いるの?」


「...い、いません」


「だよね、いないよね。こんなことしてるもんね」


沼田さんの口調が少し荒くなったのがわかった。


「他に、僕以外の人と、こういうことしてる?」


日奈子は少し黙り、「いや...」と言った。



重い沈黙があった。



「まぁいいや、気が向いたらまた連絡してよ。今日はもうこの辺で」と沼田さんは鞄から封筒を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。その所作はいつも通りのものだった。



日奈子は沼田さんに対し、上手く目を合わせれずに、「ありがとうございます」と小声で言い、軽く会釈をすると、


「じゃあ、また連絡する」と沼田さんは席を立ち、会計を済まして店を出ていった。



カラン、カランとお店の扉についたベルが鳴った。



結局みんなこうなんだと、結局こうなるんだと、一人店内に残った日奈子は思った。



日奈子はテーブルの上にある封筒を、中身を確認することもなく鞄に仕舞い、椅子の背もたれに体重をかけ、そしてそのまま数分間、思考を停止させた。




カラン、カラン。



と新たなお客さんがお店の扉を開ける音がした時、日奈子は椅子の背もたれから身体を離し、スマホを構い出した。


スマホの画面を見ると白崎海斗からのメッセージが届いていた。


今日の夕方から白崎くんと食事する予定になっている。それを忘れていないか?の確認であった。


日奈子は来た内容に目を通し、何故だか「ちょっと時間早くなっても大丈夫?」と返信をした。


すると、すぐに「もちろん!」との返事が来たので、


日奈子は時刻表を確認し、レストランを出て、駅に戻り、次に来た電車へとタイミングよく乗り込んだ。





 続く。

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