⑥ある男
ある男の動画が急上昇ランキングに表示されてから、チャンネル登録者数と再生数は未だに伸び続けており、固定ファンも付いて来ているのが分かった。
ある男は毎朝起きると動画をチェックし、お昼に新作動画をアップするのが日課になっていた。
アップすると、すぐさまいいねとコメントがつく。
今や動画投稿だけが、ある男に生きがいを与えてくれる唯一のものだった。
やっとトンネルの向こうに光が見えてきた...。
ある男は長年にわたり夢に見てきた陽の目を浴びに、トンネルの外に出る、
そのはずだった。
だが、ある男はトンネルの出口手前で立ち止まる事になった。
ある男が撮影していた大ノ森公園の猫たちが誰かに保護されてしまったからだ。
そして、暗雲は続き、
今日アップした動画にあるコメントが付いた。
「あれ?妊娠してる猫いない?」と。
そのあと、そのコメントに「本当だ」というコメントが続いた。
猫に対しての何一つ知識を持たないある男は、普段から餌を過剰に与えていた為、どの野良猫も以前よりふっくらし、妊娠に気がつかなかったのだ。
その動画には「生まれたら保護しないといけない」とのコメントも多数あった。
新たな命が宿った母猫を見ると、今まで通り、ただの野良猫として扱うのは倫理的に難しいというのが一般的な感覚であるみたいだった。
ある男は冷や汗を掻き、この動画をどうすべきか迷ったが、高評価が多いため、そのままにしておいた。
そして、次の日に投稿した動画にも同じようなコメントが付き、一人の視聴者が新たな変異に気が付く。
「動画の中に、桜の花が落ちてないか?」
「あれ?本当だ」
「寒い地域かもよ?」
「寒い地域でももう桜は咲いてるだろ」
「今の時期に桜なんて咲いてない」
「いや、咲くかもよ」
「多分、これは古い動画だろ」
ある男は、「そうです。この動画は桜の花が咲いていた辺りに撮った動画で、撮りだめしていた動画の一部です」とコメントし、自分のコメントをコメント欄でピン刺しておいた。
それは事実であり、ある男は一日を使って、何時間も一気に溜め撮りをしていたのだ。
だが、「だったらもう子猫は生まれてない?」
「そうだよね?」
「あのお腹の様子だともう生まれてないか?」とコメント欄での指摘は止まらなかった。
ある男はそんなコメント欄を無視し続け、動画編集をし、それでも毎日投稿を続けていた。
そして、撮り溜めていた動画がある程度なくなると、
「公園の野良猫の最後の動画」という名の動画がアップされ、「公園の野良猫たちはどこかに保護されたみたいです」と動画内で説明を加えておいた。
だが、その間にも、
「子猫どこ?」
「えっ、いきなり?」
「子猫も保護されたの?」との視聴者は混乱しているみたいだった。
そして、ある男の動画にバッドボタンが急増しだしたのは、
「新しい家族ができました」の動画投稿からだった。
ある男はスマホのカメラで、部屋のある一角を映していた。
その映像には籠に入った長毛の猫がいた。
明らかに公園にいた猫とは、見た目が違っていた。
ある男は動画内で、この猫がどういう猫かと声に出して説明をした。
ロシアかどっかの猫で、グリーンの瞳が綺麗で、ペットショップで一目惚れし、広告収入で購入し、購入して暫く経ってからウチに来たなどと説明を加え、ある男はスマホを猫に近づけた。
長毛の猫の毛並みは美しく、鳴き声はか細く、上品に聞こえた。
しかし、その動画で逆に際立ったのは、ある男の部屋の散乱具合だった。
コメント欄にも、
「部屋汚い」
「猫ちゃん可哀想」
「洗濯物、畳みなよ」
「カーテンボロボロ」などと好き勝手に書かれてしまっていた。
毛並みが美しい長毛の猫は、ゴミが散乱した部屋にはとても似合わなかった。
「猫をだしにして、金儲けか」
「野良猫より高級猫」
「やってること最低」
「子猫はどうした?」
ある男が夜にも確認すると、予想した反響とは真逆の結果に驚きを隠せず、動画に付いたバッド数、コメント数に驚愕していた。
「えっ、なんで...?...みんな猫が見たいんじゃないの?」
ある男はそれでもめげずに、いつものように昼に新しい猫の動画、「餌をあげてみた」「部屋の隅にいる時の様子」「寝顔」などのタイトルを付けた動画を連日アップし続けた。
だが、それらをアップしても再生回数が伸びるどころか、いいね数は減り、登録者数も減っていった。
そのような状態がさらに続くと、
ある男は懐かない飼い猫を睨み、
身体をトンネルの中の方へと再び向けた。
続きます。
誤字脱字などがあれば、教えてもらえると助かります。
ありがとうございました。