④白崎海斗
白崎海斗のスマホに坂下日奈子からの返信が届いたのは昨夜、バス停にいた時だった。
活動が不定期のサークルを当てにしていたら、坂下日奈子と会う接点がなくなってしまう。
白崎は上村の言葉にも背中を押され、グズグズしていては他の男に取られてしまう危機を回避する為に、一度断られかけたが、再度食事に誘うことにしてみた。そして、見事成功した。
日奈子ちゃんから「わかりました。行きましょう!」というその返信に白崎は喜び、夜中、壁の薄いアパートの部屋の中で大きな声を出してしまった。
その後、白崎はベッドに横たわり、これで少しは思い描いていた大学生活らしくなってきたと思った。
大の字になった状態で、ついでに、これまでの大学生活はどうだったのだろう?と思い返してみた。
一番力を入れているのは、フードデリバリーのバイトではないか?
だから、サークル活動や恋愛をもっと楽しんでもいいのではないか?
白崎は単純ながら、何か一つに光明が差すと色んな視野が開けてきた気がした。
しかし、先日、なんでもサークルの部長、先輩の古瀬康太に「次、何かする予定はありますか?」と聞いた時、「自分たちで決めて」と素っ気なく言われたのを思い出した。
古瀬はどう見ても、何かを引っ張っていく自発的なリーダーではなく、正直、頼りない印象の男だった。
だから白崎と上村は影で古瀬の事を呼び捨てにし、大学生活を楽しむ為に選んだサークル選びの結果に、少しばかり暗雲が立ち込めているような気がしていた。
だが、人の話に聞くと、古瀬もかわいそうなヤツで、なんでもサークルの発起人は大学を中退し、残る古瀬に全てを押し付けたという話だった。
それでも古瀬が未だに部長を務め、サークルを存続させる意味はどこにあるのだろうか?と白崎は不思議に思っていた。
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白崎は今日も大学終わりにフーデリヤの配達をしていた。
夕方から夜にかけてはやはり注文が多く、働きはじめて30分程度で何件かの配達を既に終えていた。
待機先はあの中華屋があり、猫たちを保護した大ノ森公園付近で、暇さえあればツイッターをしていた。
「今のところ10件の配達完了」と白崎は嘘を交えたツイートを10分前にしたのだが、いいね数は0のままであった。
白崎はスクロールをし、再びまた、自分の過去の栄光とも言えるツイートを眺めた。
野良猫を保護するときの一連のツイートは、一つ一つに何十ものいいねが付いていた。
動画ともなると再生回数は1万近くもあったのだ。
白崎は動画ならいいかも!と思い立ち、先日アップした、公園で見かけた不審者の挙動を撮った動画の再生回数は、希望に全く沿えずの2桁で、いいねは1つもつかなかった。
「何ならいいんだろう?」と白崎は口で呟いた。
それから5件ほどの配達を終え、一旦ピークを越えた時間帯が来ていた。
白崎は再び大ノ森公園で待機し、注文が少なくなったと分かると、今日はもう辞めようかな?と思い出した。
だが、そのタイミングで、また中華屋の注文が届いた。
キリがいい、これを最後にしようと、白崎はスマホを見てその注文を承諾しようとしたが、画面上の文字についてのある異変にすぐ気が付いた。
「○○中華店 特製にんにくからあげ弁当 一個」
それはいつもよく見る注文内容だったが、
お届け先を見ると、先日届けに行ったあの住宅街の空き地のような気がした。
「また?」
だが、注文者の名前はあの時の英数字の羅列の人物ではない。
白崎は不安に感じ、アプリを閉じて、その場所をグーグルマップで調べてみると、確かにあの空き地の地番であった。
「はぁ?何これ?」
その時、白崎は友人のドッキリではないか?と思い、辺りを見渡した。
街頭だけが光る薄暗い公園には、まだまばらに人はいたが、誰もこちらの様子を気にしている素振りを見せる人はいなかった。
そして次に、他にフーデリヤのバイトをしている人がいないか見渡した。
だが、誰もいそうにはなかった。
白崎は奇妙に思い、この注文を無視することにした。
きっと暇人の嫌がらせに違いない、こんな奴に構っている暇はない。
白崎は逆にキリがいいと考え、今日はもう切り上げて、アパートに帰ろうと思った。
だが、帰宅しても暇なのはわかっていた。
そうだ!と白崎は、今度、日奈子ちゃんとの食事後のプランを考えるためにも、街中を走って帰ろう、食事だけして解散って事はないだろう?きっと食後にどこかに行くはずである。との考えが浮かんだ。
白崎は停めていたクロスバイクに乗り、ペダルを漕ぎながら、日奈子ちゃんは以前、映画が好き。と言っていたことを思い出した。
だが、白崎の自宅で映画を観るにしても、何のストリーミングサービスにも契約していないし、レンタルしたとしてもDVDを再生するデバイスもない。
「どうしようかな?日奈子ちゃん、カラオケは好きだったかな?」と思いながら、白崎は歩行者信号を無視し、クロスバイクで反対側の歩道に渡った。
その時、左目の視界の隅、白崎がいる場所から20m先の建物と建物の間の歩道、
夜の通りを歩く、梅原美咲らしき人物の姿が見えた。
「美咲さん?」
梅原美咲。彼女はなんでもサークルの先輩であり副部長で、部長の古瀬とは違い、明るく人望もある人であった。
そして、先日、フーデリヤの配達中に、あるアパートに住む男に腕を掴まれた張本人だった。
白崎はなぜだか美咲さんに挨拶しようと思い、クロスバイクのハンドルを切り返し、美咲さんがいた通りの方へと漕ぎ出した。
その途中、飲み屋から出てきたサラリーマンにぶつかりそうになり、睨まれたが、白崎は何も言わずに美咲さんの後ろ姿を探しに通りに出た。
通りはこの街一番の大通りで、歩道には沢山の人がいたが、美咲さんらしき人物の後ろ姿はすぐに見つかった。
街頭に照らされている後ろ姿を見てもやはり美咲さんだと思った。最近よく着ている柄物の服が目立っていたからだ。
白崎は美咲さーんと叫ぼうと、「みっ!」と言ったところで、美咲さんの1m先を歩く、なんでもサークルの部長 古瀬康太らしき人物の背中に気が付いた。
「あれ?古瀬?」
噂には聞いていた。
美咲さんと古瀬康太は付き合っているのではないか?という噂だ。
ただでさえ、人が少ないサークルでは誰もが感づいているようだったが、白崎は美咲さんの彼氏が古瀬だと初めて聞いた時にはビックリしたものだった。
おとなしく無口な古瀬と、明るく気さくな美咲さんの性格は全く反対で、一緒にいる事が想像出来なかったからだ。容姿だって服装だって真反対だった。
それにサークルで一緒にいる時も、恋人同士の素振りなんてものを見たことは一度もなかった。
白崎は、噂は本当だったんだ。と思いながら、2人の後ろ姿を見ていた。
しかし、横に並んで歩いていないところを見ると、やはりと言っていいのだろうか?
2人の関係が上手くいっているようには見えなかった。
白崎は、美咲さんは一体、古瀬のどこがいいんだろう?と考えながらハンドルを来た道へと向け、ペダルを漕ぎ出した。
帰り道、白崎は坂下日奈子とのデートプランのことをすっかり忘れており、それを思い出したのは自宅アパートの自転車置き場でだった。
まだ続きます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があれば教えてくださると助かります。