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②坂下日奈子



坂下日奈子は電車の中にいた。


今は他県からの帰りであり、時刻は夜8時過ぎであった。


活気のない電車内で、反対座席に座る人々は首を傾げて目を閉じるか、スマホを見るかのどちらかをしていた。


日奈子はその人たちの様子をチラチラと盗み視みしながら、彼ら彼女らは今日一日、どんな事をして過ごしたのだろうか?と考えてしまっていた。


日奈子自身、今日はとても疲れていた。肉体的な疲れではない、精神的な疲労感に襲われていたのだ。


 

日奈子が今日会った人数は2人で、沼田さんと相藤という名の男だった。


沼田さんと会うのは今日で4回目で、相藤と会うのは今日で最初で最後にすることにした。


日奈子は目と瞑ると、先程まで一緒にいた男、会う前の連絡のやり取りでは、もっと紳士的な雰囲気がしたはずだった男、相藤の顔が浮かんできた。


テーブルに両肘を着き、前のめりに座っているせいで上から暖色系のテーブルライトに照らされたあの相藤の脂ぎった顔、黒ずんだ前歯、下心が潜んでいるような窪んだ眼を鮮明に思い出してしまう。日奈子はその度、背中に寒気を感じていた。



相藤は当日の今日、日奈子と会う約束時間を昼3時から、執拗に夕方指定に変更しようとしてきた。

それはどう考えても、よくない兆候だったが、日奈子はその要求を吞むことにした。


日奈子は駅前の本屋や隣接する大型ショッピングセンターで時間を潰してから、

辺りが薄暗くなった繁華街で、相藤と相藤が予約したレストランの前で会った。


相藤はいきなり日奈子に握手を求め、初対面にもかかわらず口数はやけに多く、つまらない冗談を言い、一人でよく笑っていた。


その後、レストランに入り、対面に座ると早々、そのだらしない口元から唾が飛び、日奈子の右腕に透明なドームができて、すぐ弾けた。


その瞬間、この人とは無理だと日奈子は生理的に感じ、手を拭く前に急いでおしぼりでその個所を拭いた。


いや、こういう人が多い事は事前に理解をしていたつもりだが、いざ対面すると、思った以上に気が滅入ったのだ。


一方、沼田さんは、清潔感があり、会う時はいつもランチで、きっちりと時間を守り、佇まいもスマートであった。そして、今まで会った人の中でも一番、お金の払いも良かった。

私は今まで運が良かったんだと日奈子は思った。


沼田さんは2時間で2万5千円、相藤は1時間で5千円だった。



相藤は会って30分ぐらいで、日奈子の態度からそういう気がないと分かると、


「このお金で食事代を払うから」と鞄から出した茶封筒を持ちながらきつい口調で言い、「もう1時間はキャンセルで」と伝えてきた。


日奈子は相藤と早々に別れる事ができて内心ほっとしたが、店の外に出て、挨拶も交わさずにバラバラに歩き出すと、日奈子のスマホに「お前は詐欺師、はしたない女だ」と相藤からそんな短文が送られてきた。


そんな事は私も理解していた。だが、人には人の生活があるのだ。



「パパ活」



それを紹介してくれたのは、大学で同じサークルに所属する、一個上の美咲さんという人であった。


なんでもサークルという謎な名前のサークルの新迎会で、私が奨学金の話、一人暮らしの家賃や公共料金の支払いの話、それとあまり親に金銭的な頼りをしたくないなどの話を軽くし、「何かいいバイトないですかね?」と聞いた時であった。


美咲さんは「ここは奨学金を借りてまで入る大学じゃないよ。世間ではFラン中のFランだしさ、そんな苦労を買わなくても」とびっくりした様子で言ってから、「けど、バイトならパパ活じゃない?」といきなり小声になり、「お金はいいから。身体を売る事はないし、日奈子ちゃん、容姿がいいからさ...」と私の肩をすうっと撫でてから笑い、何かの冗談かと思ったが、美咲さんが何度かした体験談を私にしてくれた。



「適当に話を合わして、何でも感心したように頷き凄いですね。と褒めて、初心なところを見せればいいのよ、男なんてそれでいいの。それで、相手が危なそうなヤツならさっさと引く。これでいいのよ。けど、会うのは夜はダメよ」



話によると、美咲さんの友人にもパパ活をしている人はちらほらいるみたいだった。


「それにあんまりハマり過ぎるとダメ、身を亡ぼす。あまりに簡単にお金がもらえるから」


「そうですよね。怖いですよね、私には無理ですね」と日奈子は言った。



日奈子は高校時代、学力は学年の中でも下から数えた方が断然早かったが、将来の為、とりあえず大学は出ておかないといけないという気持ちから、地方から比較的大きな街の誰でも入れそうな大学に願書を出した。


その時、母は「別にいいけど、自分でお金は返済しなさい」と言い、母と別居中で学校の教員をしている父は「まぁいいんじゃない?お金は多少工面してやるから」とどこか他人事のように日奈子に言ってきた。


何より、日奈子はあの地元を離れたかったのだ。新しい場所へと移り、自由を手に入れたかったのだ。


さらに美咲さんに話を聞くと、今大学ではフーデリヤという宅配サービスのバイトが人気みたいだった。

簡単で誰にでもできるという話だったが、結局は力仕事であり、男性のようにはいかない。


だから、噂に聞く、時給換算のいいパパ活とやらに、誰にも言わずに手を出したのだ。

身体を売ることはなし、一部の世間にも広がっているほどの認知度はある。



そして、美咲さんからチラッと聞いたサイトで早速人と会う約束をし、1回目、2回目のパパ活が終わると、そのあっけなさと報酬の良さに惹かれてしまった。

このまま半年、1年ぐらいなら大丈夫だろう。とそう思った。




日奈子の隣に座っていたサラリーマンが席を立つと、電車の扉が開き、ぬるい空気が車内に流れ込んできた。

それでボーっとしていた日奈子の意識は戻り、握り締めていたスマホの画面を見て、相藤の連絡先、やりとりを全消去する事を思い出し、消去してブロックをした。



そのついでに日奈子はメッセージアプリを見ていると、昨日の夜にメッセージが届いていた、白崎海斗に返信をする事にした。



白崎海斗。


同じサークルに入った時から、妙によそよそしく、私に気があるのでは?と日奈子は感づいていた。

しかし、私は出会ってから月日の浅い白崎くんに対して、何か特別な感情を持っているわけではなかった。


「いいお店見つけたから、この前のお礼をさせてよ」と白崎海斗は書いていた。


この前のお礼とは、公園で野良猫を探す際に、白崎くんがアパートの鍵を公園のどこかで落として、皆で探し、たまたま私が見つけただけの事だった。お礼なら私個人にではなく、探してくれた皆に対してすればいい。


そして、いいお店とは多分、フーデリーで見つけた店だろうと思った。


日奈子は、その文面から白崎くんの単純さに少し笑みをこぼしてしまった。




電車が県を跨ぐと、乗客は半分以下になっていた。



相藤との記憶を相殺する為にも、日奈子は同年代の子と話すのもいいよな、という欲望を少し持ち始め、一旦は「返信遅れてごめんなさい。そんなに気を遣わなくていいよ、ありがとう」と返信したが、

日奈子の思惑通り、白崎くんは「日奈子ちゃんのおかげだから、行こうよ」と数分以内にまた連絡してきて、そこで再び来たの誘いに乗ったのだ。




電車はもうすで自宅アパートの最寄り駅に到着する。


それまで少しの時間、日奈子はスマホで猫の動画を観ることにした。

無邪気に飛び跳ねたり、横になって転がったりする猫たちに癒しを求めた。


彼らは今、ちゃんと無事に生きているのだろうか?


「あっ」と日奈子は思い出し、鞄の中にある、今日の沼田さんとの別れ際、沼田さんから貰った猫のぬいぐるみ付きのキーホルダーを取り出し、それを見つめた。


何かに付けるには少し大きいかもしれない。

そう思った時、電車のアナウンスが日奈子が住むアパートの最寄り駅名を言った。



電車が最寄り駅に到着すると、日奈子はキーホルダーを鞄に入れてから電車を降り、プラットホームで猫みたいに両腕を伸ばし、帰路へと向かった。



_______________



ある男が異変に気が付いたのは、野良猫が姿を見せなくなってから2日後だった。


その日も公園の隅々を探そうとしたが、「動物の遺棄、虐待は法律で禁止されています」という犬と猫の写真が載った看板が公園の至る所に設置された事で理解に達した。


ある男は看板の前で肩を落とし、スマホをポケットにしまった。


これだと撮影するものがないじゃないか。と怒りがふつふつと沸いてきたのが分かった。


「これから、どうすればいい......」


だが、「そうだ」とある男は何かを思い立ち、


「そうすればいいや。それでいい」と口にし、公園を後にした。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


誤字脱字などがあれば、教えてください。


まだまだ続きます。

ありがとうございました。

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