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⑲坂下日奈子



今思い出しても、うまく整理が追いつかない。


一か月半前に起こった出来事は何だったのだろうか?


私の周りから人が消え、見慣れてきたあの街の風景さえ、もう全て違ったものに見えてしまったのだ。



私も警察から6回ほど事情聴取を受けた。


嘘みたいに真っ白い部屋の中で、警察官と2人で話をし、話を聞いた。


どれだけ長い時間、拘束されたのだろうか、行き場のない感情に私の精神は疲れ切ってしまっていた。


カタカタとキーボードを叩く音が部屋の中で響く度に、私の証言はディスプレイに表示されていった。


私は知っている事を全て話したつもりである。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの日、私は朝から大学に行き、講義を受ける予定だった。


いつもより早く朝6時にベッドから抜け出し、大学に行く前に大ノ森公園で散歩をしながら子猫を探した日だった。


その日も結局、子猫は見つける事はできなかった。



それが終わると一度アパートに戻り、簡単な朝食を食べてから、大学に行く準備をした。


これからいつもと何も変わらない日々が始まろうとしていた。



見慣れてしまった風景の中を通り過ぎて、大学に到着し、いつもと同じ席に着き、講義が始まるのを待っていた。

だが、教授が教室に入って来て、手に持っていた分厚い資料を机の上に置いたと同時に、火災警報器がけたたましく鳴り出し、構内に響き渡った。



学生たちは聞いた事もないサイレンに動揺し、首を左右に振り出してから、目線を四方に向け、何事かと周囲を見回した。勿論、私も同様の事をした。


するとブチっと音がし、スピーカーから放送が流れはじめた。


「火事です。大学の外に逃げてく下さい」と緊迫感を含んだアナウンスが流れ、避難警告が出された。


学生たちは一斉に椅子から立ち上がり、どこか怯えた表情になりながら、早歩きで大学の外を目指し出した。


一旦外に出ると、外は気持ちの良い気温と晴れやかな空で、大学もぱっと見ではいつもと変わらない様子であった。

すると学生たちは一体何事かと、一斉に情報の共有を求めだした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


火元を探ると、出火元は大学の端にある視聴覚室からであった。


視聴覚室からボヤが出ていると、誰かが発見したのだ。


そして、誰かが消火器を持って視聴覚室に入っていった。


火事自体の被害は視聴覚室の一部を焼くほどのもので、大きな被害は出ていなかったが、

火事なんかより大きな問題となったのは、煙が充満した部屋の中で、一人の死体と全身火傷を負った人間が発見された事であった。



死亡していたのは、大学2年生の梅原美咲。


火災の後、すぐに到着した警察のその後の捜査によると、梅原美咲は大学構内の視聴覚室にて、背後からナイフで刺された事が原因で、死亡したみたいだった。


そして、梅原美咲の死体からほど近い距離で倒れており、梅原美咲を刺したと思われる容疑者になった、大学3年生の古瀬康太は、梅原美咲を殺傷後、視聴覚室にガソリンをまき、所持していたライターで火をつけ、自身も焼身自殺を図ったが失敗。現在、古瀬康太は全身火傷を負った容疑者として、現在も尚、入院中の身である。


警察の発表によると、この事件の発端は、恋愛感情のもつれによるものではないかと、スマートフォンの解析などから判明しみたいだった。



大学で悲惨な事件があった。誰もがその事件に対して、驚きを隠せなかったが、

その翌日、大学関係者、学生たちを震撼させた、さらなる続報があった。



大学1年生 上村信人の死体が梅原美咲が住んでいたアパートのクローゼットから見つかったのだ。


死亡原因は梅原美咲と同じく失血死で、監視カメラの映像、梅原美咲の身体にあった傷跡と同じような傷跡、そしてなぜか古瀬康太が所持していた上村信人のスマートフォンなどから、

古瀬康太に新しい容疑の疑いがかり、新たな殺人罪で再逮捕となった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの日、


何台ものパトカーと消防車が大学内に入ってくると、大学構内は一時立ち入り禁止となり、

学生たちは全員、門の外に締め出された。

その異様な非日常感に対し、笑い、はしゃぐ学生も多かった。


「本当だ、ちょっと煙が見える」


「煙の臭いするね」


「うわっ、やっば、やっば」などと言う声が側から聞こえていた。



そして、私は側にいた誰かの噂話をするには大きい声で、視聴覚室にいた2人が美咲さんと古瀬部長だと聞いた。

そして、美咲さんらしき人物がナイフで刺されて死亡しているのではないか?とも聞いたのだ。


それを聞くと、私は美咲さんと古瀬部長がそんな結末になった事に対して、非常にショックを受けた。

いや、ショックという言葉では表せられない何かだった。



大学の前には、「わーきゃー」と人だかりができて、うるさかった。


すると、「ここから離れて、ここから離れて」と厳しい表情をした警察官たちが来て、

大学の前でうごめいていた学生たちはバラバラに散り出し、私も一人でアパートの部屋に戻る事にした。



私は一時間ちょっと前ぐらいに通った道を、自転車で再び通りアパートに戻ると、

すぐにツイッターで情報をかき集めたり、テレビを付け、何かニュースになって流れていないかと画面に釘付けになる事になった。


だが、世間にはまだニュースとして流れていなかった。



そして、大学で火災報知器が鳴ってから数時間後、お昼の全国ニュースが始まった時、一番はじめのトピックとして、私が通う大学のニュースが流れた。


女性のアナウンサーが神妙な面持ちで、淡々とその事件の状況について読み上げる。


だが、その時には殺人事件の可能性についてはあまり触れておらず、○○大学で火災発生、死亡者、重体者ありと報道されていた。


中継として、大学の前に既にテレビクルーが到着しており、そこでアナウンサーが質問の受け答えをしていたが、そのニュースは割とすぐに終わり、違うニュースになった。

だが、続報の可能性がある為、私はテレビを付けたままにしておいた。



それからしばらく、私は椅子に座りながら何度もリモコンでチャンネルをザッピングをしたりしていた。


妙な緊張からか、のどが渇き、冷蔵庫を開けて買ったお茶を飲み、軽く昼食を食べることにした。


そして、冷凍食品を解凍していた最中、遠くの方で鳴る救急車のサイレンが薄っすらと聞こえた。



その日、大学でそんな異様な出来事があったのにも関わらず、午後にはまた別の事件がニュースとして流れて来た。



最初に大学のニュースが流れてきてから30分後、新たなニュースが速報として、又は先程のニュースの続報なのではないか?という憶測を込めた事件話が飛び込んで来たのだ。


それは、私が住むアパートからそう遠くない住宅街で殺人事件があったというニュースだった。


テレビのキャスターは、「先ほどの大学の火事と何か関連があるかもしれません」と深刻な表情で話していた。



私は今度、興味本位でその事件についてツイッターですぐ調べてみると、上の方である動画がヒットした。


そのツイートは45分前に投稿されたものだったが、既に数万回も再生されており、大量にコメントが付いていた。


その動画の内容は、


内血まみれの男が自転車を漕いでいる映像であった。



私は10秒ほどの動画を見てから、コメントも読んだ。



「これさっきニュースで流れてた大学近くの場所じゃね?」


「放火の犯人じゃない?」


「近くの大学の火事と関連があるのでは?」


「これ消さないとヤバいやつ」


「不謹慎」


「こわっ」


などと書かれていた。



全身から血を流し、配達用のリュックを背負い、クロスバイクを運転する男の映像。



私は一目で気が付いていた。



この人は白崎海斗だと。



だが、なんで白崎くんが血まみれなのかは理解ができなかった。



そして、ツイッターにアップされたその動画は、投稿されてから1時間後には削除されていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



同日に起こった事件は、警察のその後の捜査によって、無関係だとの発表があった。



住宅街で起こった事件の被害者は大学1年の白崎海斗。


被害者の白崎海斗はフードデリバリーのアルバイト中、配達先の家の住人、職業無職の川口仁成という男にいきなりナイフで襲われ、右腕や背中、顔などを刺されれ、重症を負った。

その後、白崎海斗は自力で自転車に乗ってその場を逃げ出したが、その途中、現場から数百メートル離れた大ノ森公園の付近で倒れているのが見つかった。

近くにいた人が救急車を呼び、出血多量で瀕死状態だったが、運ばれた病院先でなんとか一命を取り留めた。



なぜすぐに救急車を呼ばなかったのでしょうか?


なぜ誰かに助けを求めなかったのでしょうか?

との世間の声もあったが、パニックになって正常な判断ができなかったのかもしれないと、私はそう思った。



殺人罪で現行犯逮捕された川口仁成容疑者の供述は、中学時代に同級生であった 白崎海斗から当時いじめられたことのへの復讐が動機であると語ったみたいだった。


その後、川口仁成容疑者が住んでいたアパートからは衰弱死した一匹の猫の死体と、ビニール袋に入れられ、腐敗した何匹かの動物の死体が見つかったようだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私はその事件当時、美咲さん、古瀬部長、上村くん、そして白崎くんに起きた出来事について一度に聞くと、これが現実なのかが、よくわからくなってしまっていた。


それから寝て起きても、夢の中にいるようだった。


これが地続きの現実だとは到底思えなかった。


しかし、これが現実に起きた出来事だと、はっきり理解できたのは、警察からの事情聴取だった。



私が警察から事情聴取されることになったのは、大学での事件と住宅街で起きた事件の2日後の事であった。


聴取目的は白崎海斗と沼田圭についてだった。


事件当日の前日と前々日に白崎海斗と会っていた事から、大学を通して私は警察に呼ばれ、話をした。



どういう関係なのか?


どうして食事をし、どうして翌日も公園にいたのか?と様々な質問をされ、私は洗いざらいに話をした。



そして、次に、沼田さんについても話さなくてはならなかった。


その時になると、白い部屋には私と1人の警察官ではなく、もう1人の警察官が部屋に入って来た。


すると早速、

「この人、知っていますか?」と1人の警察官が沼田さんの顔写真を見せて来た。


私は表情には出さなかったが驚いた後、無言で頷いた。



「じゃあ、聞きますが、あなたとこの方、沼田圭はどういう関係ですか?」



「......ただの知り合いです」



「本当に?どういう、ただの知り合いなの?」



「......」



「なんかあるよね?」



私は観念し、すぐにパパ活についての話を始めた。


そうすると、警察の方も事前にそうなる事を想定しているような素振りを見せた。

私にかまをかけていたのだ。



私は、沼田さんと食事をし、その度に資金援助してもらっていた事を正直に話をした。

食事しただけで、それ以外は本当に何もしていないと。ちゃんと食時しただけで別れていることも話した。


会うたびに録音していたテープレコーダーが証明になっている。誘ってきたのも全部向こうからだと。むしろ私はストーカーされた被害者なのだ。と軽く話しておいた。


それに大学にパパ活している人は沢山いるとの話もした。



警察はその間、あまり口を挟まず、何か軽蔑の表情をしながら私の話を聞いていた。

勿論、同情なんてものは1ミリもないようだった。



その話が終わると、次は白崎くんと川口仁成容疑者の事件についての話になった。



話に聞くと、沼田さんが、白崎くんと川口仁成の乱闘現場に居合わせ、警察に電話した張本人みたいだったからだ。


その事件当時、沼田さんは駆けつけてきた警察からの任意聴取で、「なんでここにいるのか?」と聞かれ、しばらく回答に渋った後「日奈子ちゃんがいるかと思って」と私の名前を出し、「会いに来た」と言ったみたいだった。



そのせいで、私はこの事件に関する重要人物となった。


白崎海斗と沼田圭、2人と関係があったのだ。



事件当時、警察は沼田さんが、何の用事でこの近辺にいたのかが分からない為、任意聴取をし、手荷物検査をその場でさせたみたいだった。


「ちょっと一様、鞄の中を見せてもらっていいですか?」と警察官から言われると、沼田さんは動揺した様子を見せた事から、警察官はさらに違和感を覚え、


沼田さんが鞄の中から財布などを取り出す際、「そこのタオルは何か?」と指摘したようだった。


すると、沼田さんはその場から逃げ出そうとしたが、警官に足止めさせられ、沼田さんは渋々、タオルの中から刃渡り15センチのナイフを取り出し、そのまま銃刀法違反で現行犯逮捕されたみたいだった。


多分、それは私に向ける為のナイフだったと思うが、沼田さんは今も尚、ナイフはたまたま携帯していたと主張しているらしかった。



そして、沼田さんは警察署に連行され、

「なぜこの住宅街に坂下日奈子がいると思ったのか?」と警察からのさらなる事情聴取の際、

沼田さんは私にプレゼントした、あの猫のぬいぐるみ付きのキーホルダーの中に小型のGPSを入れていたからとすぐに白状したみたいだった。


GPSで坂下日奈子を追跡したら、白崎海斗と川口仁成容の乱闘現場に居合わせたと。




そうなると警察官は、私の目をはっきり見ながら、「なんで人からプレゼントされたものを白崎海斗にあげたのか?」と聞いてきた。


「白崎くんは猫が好きだったし、キーホルダーは私の趣味には合わないかなと思って」と私は言った。


次に、「GPSについては気が付いていたか?」と聞かれると、


私は「GPS?知らないです」と答えた。



その後、警察は、沼田圭についてさらに調べを進めていくと、過去に未成年の少女と連絡を取り合い、ホテルに行ったやりとりなどがスマートフォンに履歴として残っていた為、未成年売春の容疑で再逮捕となったみたいだった。


そして、私とはいうと、警察に私の指紋や顔写真も撮られたが、事は厳重注意で済んだのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そして、私は今、地元に戻っている。


大学は休学している。


勿論、事のすべては両親の耳にも入ったし、わざわざ大学近辺にある警察署の方に出向いてもらう事にもなってしまった。


両親は警察から事情を説明され、パパ活をやっていた私に、悲しみが混じった感情で叱咤した。



話に聞くと、死者2人、重傷者2人を出したなんでもサークルは事件後すぐに廃部になり、残された部員には呪われているなどと言った根拠のない噂話が大学のあちこちで立ったようだった。


多分、私はこのまま大学を中退すると思う。


もう戻る事はできないだろうと思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



実家のリビングでは夜のニュースがやっていた。


私はそれをぼーっと眺めながら、この前の出来事を思い出していた。



思い出す。



古瀬部長にわざと、美咲さんと上村くんがいい感じですね。との何度か話した事があった。


勿論、古瀬部長と美咲さんが付き合っているのは事前に知っていたが、知らない体で話をしてみたのだ。


古瀬部長は、美咲さんと上村くんの関係に気が付いていない様子で、かなり驚いた表情をしてみせた。


「部長、わからないですか?美咲さんと上村くん、FPSの最中でも楽しそうじゃないですか?2人で合言葉とか作ったりして」と。


私もパパ活で儲けたお金でゲーム機を購入し、サークル内でのゲームに何回か参加していたのだ。


それから古瀬部長とたまに大学内で会うと、「ありがとう」と何故だか私に言うようになった。




思い出す。




沼田さんから貰い、白崎くんにあげた猫のぬいぐるみのキーホルダーの中に、GPS機能がついた小型の受信機が入っていた事を見つけたのを。


私はそれに気づくのが遅かった。


猫のぬいぐるみの顔の部分を触ってみてようやく気が付いたのだ。

ぬいぐるみの縫い糸をよく見れば、縫い直しも荒く、もっと早く気が付くべきだったと思った。


それを取り出してみた時、最初は盗聴器か何かだと思ってしまった。


だが、それをよく調べてみると、同じものは検索で出てこなかったが、似た形状のものから、どうやら遠くにある物の場所がわかるスマートステッカーの一種の様だと、その時は結論付けた。


気付くのに遅くなってしまったが、沼田さんとは既に次会う日時の約束もしてあったし、その間沼田さんは仕事で忙しいなどと言っていた事から、

スマートステッカーによるストーカーはまだしていない、大丈夫だろうと私は何故か高を括っていたのだ。


それにネットには、このサイズなら半径60mの範囲でしか反応を示さないような事を書いてあったので、情報を鵜呑みにしていた。


そして、今度会う時にそのお返しとして、沼田さんにあげたペンギンのキーホルダーの中にも、

自分で購入したスマートステッカーを入れておいた。


向こうがそうするなら、ストーカー被害を回避するために、こっちも同じ事をした。

貰った猫のキーホルダーは、次会う日に持っていないと怪しまれる為、まだ持つことにした。


そして、プレゼントをお返しする日で、沼田さんと会うのは最後にしようと決めていた。


しかし、いきなり沼田さんから同棲の提案があり、話がごちゃごちゃになってしまった。


私のやんわりとした拒否に対し、沼田さんは諦めてくれればよかったのにと思った。


沼田さんが先にレストランを出て行ったあと、鞄に入れた封筒を見てから、これでもう会う事はない、そう思ったのだ。



その次の日、私は白崎くんと公園で子猫を探し、もう見つからないから探すのを止めようとした時、

私のスマホのアプリにスマートステッカーからの反応が見つかり、沼田さんが近くにいる事が分かった。

それは猫のぬいぐるみのキーホルダーを白崎くんにプレゼントとしてあげた後だった。



近くにいると分かった時、心臓が飛び出そうな気分になった。


私は怪しまれないようにゆっくりと周囲を見渡してみたが、どうやら姿を隠しているらしく、沼田さんの姿は見えなかった。


もしかしたら、昨日、白崎くんとレストランにいた事も沼田さんに筒抜けになっていたかもしれないとその時に思った。

いや、既にアパートがバレている可能性だってあった。


その時になってより、沼田さんは危険な人だと再確認できた。



だから私は、沼田さんからの何かしらの危害を回避するために、白崎くんの自宅にお邪魔する事を提案をしてみた。


彼氏らしき人物がいると分かれば、沼田さんが引き下がる可能性があるだろうと思ったし、

公園で白崎くんと別れてしまえば、沼田さんのスマホでスマートステッカーのアプリが白崎くんの居場所を示してしまう可能性があり、あげたのがバレてしまう可能性もあったからだ。



今思えば、猫のぬいぐるみ付きのキーホルダーは公園のどこかに落とし、紛失した事するのがベストの選択だった。

だけど、猫が好きだという白崎くんに思わずあげてしまったのだ。

しかし、それは裏目に出てしまった。



私が白崎くんの部屋にあがると、すぐに私のスマホから沼田さんが近くにいるという反応が消えた。

15分経っても無反応のままだった。


それで一旦一安心し、白崎くんからアパートから出る事にした。


その日の夜は、少し怯えながら過ごしたが、アプリが反応を示す事はなかった。


沼田さんは私と白崎くんといるところを見て、諦めたものだと私は思ってしまっていた。



だが、そんな事はなくて、翌日、


まさかナイフを所持して私に会いに来る人までとは想像が出来なかった。

一体何をするつもりだったのだろうか?


そして猫のぬいぐるみの中にあったのは、スマートステッカーではなく、中国のベンチャー企業が作った小型GPSの発信機であったと気づかされたのは、警察での聴取の際だった。



私は、白崎くんに猫のぬいぐるみのキーホルダーをあげた事で、間一髪、助かったのだ。



また思い出す。



川口仁成らしき人物がアップしていた動画のコメントに、


「大ノ森公園 猫 保護 検索」って何度もコメントをしたのは私だった。


白崎くんがツイッターにアップしているのは知っていたし、正義は何かと、動画のアップ主に分からせようと思ったからの行為だった。


だけど、川口仁成容疑者と白崎くん、上村くんとの関係は全く知らなかった。

あんな結末が待っていると知っていたら、私はあんな書き込みなんてしていなかった。


だから許して欲しい。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



実家のリビングに、一か月半前のあの日から別居先から帰って来ている教師の父が入って来た。



父は私の側でテレビを見出し、たまたま番組で取り上げていた、フーデリアの特集を見始めた。


「これ、流行してるな。お前の大学の友達もやってたヤツだろ?被害にあった子。今どきこんなの特集やって大丈夫かよ」

と父は私に目を合わせず、テレビ画面を見たまま聞いてきた。



「...うん」と私は言った。



するとそのタイミングで、手に持っていたスマホに誰かからメッセージが届いた。


画面を見ると、それは、白崎海斗からのメッセージだった。




白崎くんは事件後3週間ほど入院してから、退院をし、今は実家に戻り、自宅療養をしているとの噂を、元なんでもサークルの茜という人から聞いていた。



白崎くんとはあの日、大ノ森公園で会った以来で、あれ以降一切の連絡をしていなかった。



「地元に戻ったて聞いたよ。日奈子ちゃん元気?あの日以来だね」



その文面を見て、私はどう返信していいのかが分からなかった。


白崎くんは、私があげた猫のぬいぐるみの中のGPSの件は知っているのだろうか?


私がパパ活をやっていたことを知っているのだろうか?


あの日から連絡を、見舞いの連絡をしていないのを、恨んでいるのだろうか?


色んな考えが頭の中を巡った後、私は訳も分からず、


「ごめんなさい」とだけ返信をした。



すると、すぐに白崎くんから返信が届き、



「いいよ、なんのことかわかんないけどw」と返ってきた。



「でね、連絡したのはさ、あの猫見つけたんだよ。あの大ノ森公園の猫」



とそのメッセージの下に、ある写真を送信してきた。



私はその画像をタップした。



その画像に写っていたのは、大ノ森公園のあの小山の付近で撮られたような写真で、


その中心には、もはや子猫というには大きすぎるが、


あのせっちゃんという保護された猫によく似た、右目の周りに黒の模様がある猫がいた。



私は少しの間、その写真を眺めてから、「よかったね」と他人行儀のような返信をしてしまった。



絵文字も付けずに、何の思い入れがないかのような返信だった。



すると白崎くんから「ちゃんと保護したよ。この子を実家で迎え入れようと思ってるw天からのお届けものだw天国に行きかけたからww」と返信がまた来た。




私はもう冷めていた。



自分でもわからないのだが、既に冷めてしまっていたのだ。



自分でも怖いくらいに。



子猫の行方なんて、無事なら何でも良かったのだ。



その時、


父が見ていたテレビがコマーシャルに入ると


「日奈子、お前は池魚の殃だったな」と今度は私を見ながら言ってきた。



私は白髪が増えた父の顔を見ながら、


「...ちぎょのわざわい?」と聞いた。



「そう、池魚の殃。中国の故事だ。災難の巻き添えをくうことだよ。大変だったな。俺がもっとちゃんとしてれば」と父はそう言って、次の言葉を詰まらせた。



私はその返事に対し、何も言えなかった。



いいえ、違うの。



巻き添えをくったのではないの、



私が彼らを巻き込んだの。




テレビでのCMが、猫の餌のCMに代わり流れ始めると、


父がテレビに映る子猫に向かって「可愛いな」と言った。



最後まで読んで頂きありがとうございました。暗い話ですみません。

最終話だけ長くなりました。


誤字脱字などがあれば教えてもらえると助かります。


次作のモチベーションの為に、評価していただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

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