⑮川口仁成
ある男、川口仁成はじっとその時を待っていた。
川口の母方の実家は不動産会社を経営しており、その持ち家は閑静な高級住宅街の中でも一際目立つほどの大きさだった。
川口仁成はタイミングを見計らい、実家に誰もいない昼時に、それも家の誰かが帰宅する前、最低午後15時までには事を決行しようと決めていた。
ピンポーンと家のチャイムが鳴る。川口はその度にマスクをし、深くキャップを被った。
「フーデリヤでーす」と男の声がする。
すると、握っていたものを玄関に置き、背の高い玄関の扉を開け、配達員の顔を確認すると無言で注文した商品を受け取った。
今日だけで既に三回目の注文であった。
あいつの声ではない。
あいつの声なら、多少大人びた声になってもすぐわかるはずだし、動画で何回も聞いたから間違えるはずはない。
白崎海斗はいつ来るのだろう?
今日はフーデリヤのバイトをしているようである。事前にちゃんとツイッターであいつのツイートを確認したのだ。
「午前までに、4件の配達完了」
唯一のいいね!も捨てアカから川口が押しておいた。
川口は受け取った商品を玄関にあるシューズクローゼットの上に重ねて置くと、
公園の茂みに設置しておいた小型の監視カメラの映像をノートパソコンで確認し始めた。
そのカメラからは丁度、中華屋が見える。だが、映像の鮮明度が良くなく、配達人が白崎海斗かどうかちゃんと確認ができないのだ。
もうちょっと高性能のヤツを買えば良かったと川口は度々後悔していた。
一旦、暇になった川口は中華屋の弁当を一つ食べる事にした。
蓋を開けると、今日の日替わり弁当は酢豚であった。特性からあげにはもう飽きていたから丁度良かった。
川口は割り箸でご飯を持ち上げ口に運び、すかさず酢豚の豚肉も運び咀嚼した。
くちゃくちゃくちゃとだるそうに顎を動かし咀嚼をしていた。
その時、監視カメラの映像に、フーデリヤのリュックを背負った男が公園辺りにいるのが見えた。
川口は弁当と箸を投げるように置き、スマホを手に取り、急いで注文をした。
川口はパソコン画面に食いつくように見て、
俺の注文であれ、
白崎海斗であれ。と願った。
それから時間差で、誰かが中華屋の店内に入ると、
川口はガッツポーズをし、その後、再び弁当を手に取り、食事の続きを再開した。
それからはもはや食事を楽しむ事はできなかった。
白崎海斗。
もしお前なら、
今から早くて10分以内に、死ぬことになるからな。
長い間、この時を待っていた。
やっと陽の目が見れる。
「ハハハハハッ」
と川口は気が狂ったような不気味な声を出しながら笑うと、その笑い声は誰もいない家の中で、トンネルの中にいるように反響した。
続きます。
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