⑭梅原美咲
梅原美咲は、なんでもサークルの部長・古瀬康太から、今日は朝からミーティングがあるからと言われ、大学の端にあり、予約を取れば誰でも使用できる視聴覚室に呼ばれていた。
一体、なんのミーティングがあるのだろうか?
梅原美咲は視聴覚室へ続く、節電の為に普段蛍光灯のスイッチを切られた薄暗い廊下を1人で歩いていた。
「...あれ?」
廊下の遠くの方から見えるガラス越しの視聴覚室には電気は付いておらず、部員全員に集合がかかったと思ったが、誰一人の声もしなかった。
美咲は冷えたドアノブをガチャッと回し、扉を開け、視聴覚室に入った。
「あれ?誰もいない...?」
そう言葉をこぼした後、
「おれがいるよ」との声がした。
開けた扉のせいで見えなかったが、長机の端に古瀬康太が座っていた。
「...あぁ、康太、いるのね」と美咲は言った。
「うん。僕が呼んだからね」
「ガチャン」と扉が閉まった。
「他のみんなは?」と美咲が聞くと、
「来ないよ」と古瀬康太はあっさり言った。
「...は?」
「みんなは来ない。僕と美咲だけ」
「は?なんで?どういうこと?」
「...話したい事があるからさ」
「いや、なんでわざわざここなの?話なら電話でもいいじゃん」と美咲は立ったまま腕を組み、古瀬康太を見下ろしながら言った。
わざわざこんな視聴覚室で話すことなんて何一つないのだ。
その時、美咲は目をあまり合わせない古瀬康太の顔色がどこかおかしい事に気がついた。
そして、どこか挙動不審に見えた。
美咲は不思議に思い、「どうかした?」と聞いた。
「ふぅん」と古瀬康太は鼻で笑った。
「どうかはしてる。...そう、どうかしてる」
「...どういう意味?」と美咲は聞いた。
「美咲さ、」と古瀬が言ったところで、
美咲は何故だか薄っすらと恐怖を感じてしまった。相手は自分の彼氏のはずなのに。
「美咲って、嘘ついてるよね?」
「...嘘?」
「うん、僕がこんな性格だからって、なめて、嘘ついてるよね?」
「何の話?」
美咲は既になんのことかは理解出来ていた。思い当たる節があったのだ。
「もっといいものだと思ってたよ。彼女ってのは。もっといいものだと」
美咲はその言葉に何も言えなかった。
「...僕より、上村の方がよかった?あの生意気なヤツが」
「...何言っての?」
「僕と付き合ってさ、もうすぐで1年じゃん、けど、あいつと出会ってまだ数か月でしょ?そんなに良かったんだ」
「......。」
「知ってるよ。僕もバカだから、人に言われて気が付いたんだけど、美咲と上村、2人とも隠すのが下手だから。まぁ、あいつは隠すことに努力もしてなかったけど。あいつは年下のくせに僕をバカにしてくるんだ。みんなでゲームをすれば、あいつはすぐに死ぬ僕をいつもバカにしてくるんだ。
それで美咲まで手を出してさ。いや、美咲の方も上村に気があったのかもしれないな。どうなの?」
美咲はその場を一歩を動かず、口も動かせなかった。上手く思考が出来なかった。
「なんか言ってよ。謝るでもいいからさ...。」と古瀬康太は美咲が喋らないことに対して、どこか優越感を感じているようだった。
「そうだ、昨日、上村が美咲のアパートに無断で侵入しようとしてたところを捕まえたんだ」と古瀬康太はそう言うと、その言葉に美咲は血の気が引いた。
「連絡つかなくて、おかしいな?と思ったでしょ?今、あいつのスマホを僕が持ってるから。うん、まぁ、だから、あいつを殺しておいたよ。不法侵入される前に。ゲームでは僕の方がすぐ死ぬのに、現実世界ではあいつの方が先に死んだよ。あいつの方が雑魚だった。でね、あいつは今、美咲の家のクローゼットの中にいるよ。見なかったの?なんで今まで気がつかなかったの?一昨日の夜でも、昨日でも今朝でも、クローゼットの中?変な臭いしなかった?」
「......」
「そっか、美咲は最近ずっとその同じ、柄物の服を着てるもんね」
「......」
「でね、一昨日あいつを殺した後、美咲ん家に火を付けようと思ったけど、怖くなって出来なかったよ。あぁ、そうだ。今もちゃんと美咲の家の合鍵も持ってるよ。僕には一度もくれなかった合鍵」
古瀬は震えた声でそう言うと、座っていた椅子の後ろに手をやり、ナイフを取り出した。
「クローゼットの中...どうやら見てないんだね、残念だよ。美咲って、本当色んな事をしてきたんだね。知らなかったよ...」
古瀬はナイフを持ったまま立ち上がり、美咲の方へと近づいてきた。
「ねぇ美咲、ここで僕と死なないか?ガソリンとライターもちゃんと用意しておいたからさ」
― 逃げなきゃ ― 逃げなきゃ ―
美咲は必死にそう思うが、足が動かなかった。
「ねぇ美咲さ、...謝ってよ。こんなに好きなのに...、最近ずっと疑ってたんだから!!!...ねぇ!!謝れ!!!!」
視聴覚室に今まで聞いたことのない古瀬の怒号が響き渡ると、
美咲の足は動きだし、
ドアノブに手を掛け、急いで回した。
だが、美咲がドアを内側に開いた時には、背中の方に強い痛みを感じていた。
「こんなに好きだったのに......」と古瀬康太の小さな声が体の後ろから聞こえると、
美咲はドアノブから手を離した。
続きます。
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