⑫上村信人
上村信人は今日、友人の家に泊まることになっていた。
夕方に大学の講義が終わると、そのまま友人宅に向かっていた。
そう言えば、美咲さんが襲われたアパートはここからそんなに遠くない事を思い出し、まだ時間に余裕もある為、ちょっと見てみるかという好奇心でその現場のアパートの方へと歩き出した。
上村はそのアパートに行くまで、特に道に迷う事はなかった。
以前美咲さんの話を聞いた時、グーグルアースを使って既に調べていたのだ。
歩き出して20分程度、「思ったよりかかったな」と目印であるコンビニを見ながら口にした。
そして、コンビニから路地に入り、そのまま住宅密集地を30m直進し、右折すると検索した通りのアパートが見えてきた。
雑草が背を伸ばし、至る所に錆も見受けられ、あまり綺麗な外観ではないが、とは言えそこまで古さも感じない造りのアパートだった。
上村が辺りを見渡すと、こんな立地で女性が叫んだら、近所に聞こえ目立つだろうから、美咲さんを襲った奴はよっぽど頭がおかしい奴に違いないと思った。
上村はさらに近づき、一階の隅にある103号室を数メートル離れた距離から眺めた。
ここか、ここに住むやつがヤバいやつか。と上村は心の中で思った。
上村は今度、アパートの二階部分を見てみると、「川口不動産 入居者募集中」と小さな弾幕があることに気が付いた。
「...川口」
上村がそんな風にしてアパートを見ていたら、一人の男が上村の横を颯爽と通り過ぎた。
サンダルを鳴らしながら歩き、コンビニの袋を持った男でマスクをしていた。
髪は長めで、後ろから見るとマスクからはみ出た無精ひげが見えた。
上村はなぜか、その男を凝視した。
その男は上村に注意を払うこともなく、体をアパートの方向へと向けた時、
上村は薄暗くなった視界の中でも、男の横顔、目元から鼻にかけてのライン、そして丸々とした体形で気が付いた。
「あっ、あれ?もしかして川口?」
と上村が男に聞こえるように口に出して言うと、
その男は上村の方を振り向き、しばらく目を合わせて来た。
それは数秒の出来事だったが、男は一瞬で硬直したようになり、
目線が離れると、それから何か慌てたようにポケットから鍵を取り出し、103号室に急いだ様子で入って行った。
「...やっぱり、川口じゃん。...えっ?...103号室?」
上村は状況がよく掴めないまま立っていると、次第に鳥肌が立ってきた。
「川口...だよな...」
そして、もうこの場から離れることにした。
中学の頃、白崎とつるんでいじめていた川口仁成の実家は、川口不動産という、この街では中規模の不動産会社の一つであった。
その為、実家が裕福であろう川口に対して、上村は白崎と一緒に金をせびったりしていたのだ。
上村は来た道を小走りで走っていた。
「まさかな、まさか、川口とはな...」
上村は薄ら笑いを浮かべながら、友人のアパートへ向かっていた。
走り出してから10分ぐらい経った所で、上村は、「そうだ、白崎に電話しよう」と思いたち、電話をかけた。
白崎海斗は1コール目ですぐ電話に出た。
上村はさっき起きた状況を白崎に報告をした。
白崎はその話を聞くと、かなり驚いた様子で、「えっ!マジ?俺からも話がある」と興奮気伝えてきた。
「えっ?それ長い?長い話?」
「うん、まぁ長いかも」
「そんなの今度会った時でいいよ」
「けど、凄い話だぜ」
「いいよ、今度で」と上村は自分が話したいことを話すともう面倒になり、一方的に電話を切った。
なぜなら、上村は友人のアパートの前にもう着いていたからだ。
そして、上村は乱れた呼吸を整えながら、明るい街頭の下で、ポケットから受け取った合鍵を取り出し、部屋の中に入ろうとした。
その時、誰かが息を切らしながら、暗い夜道の中、こちらに勢いよく走ってくる足音が聞こえた。
上村はアパートの扉に鍵を差し込んでから、その足音がする方を振り向こうとした。
だがその瞬間、誰かが上村に勢いよくぶつかってきた。
上村は道路に倒れ込み、頭を打つと、理解が追いつかない鈍い痛みが自分の横腹の辺りで広がっていくを感じた。
続きます。
読んでいただき、ありがとうございました。