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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

花言葉の物語

終末世界と向日葵

作者: クスノキ
掲載日:2019/10/21


 世界がもうすぐ終わると知って、本当に終わるまでの時間は、二時間と十六分三十三秒。


 笑えてしまうくらい、あっという間だった。


   *


 すっかり廃墟になってしまったビル街を、私は歩く。コンクリートの道はひび割れて、鉄筋のビルは真ん中から折れている。

 コツン、コツン、と歩く度にローファーが音を立てる。足をとめれば、何の音もしない。周りを見渡す。私の他に、動いているものは何もない。


 人はいない。私だけ。空はオレンジ。夕焼けが、私を照らす。


 世界は終わった。私だけが、どうしてまだここにいるのかはわからない。


 真っ黒な太陽が、沈んでいく。あの太陽が沈んだ時、私も消えてしまうんだってわかった。


 胸元のリボンに一度手を当てて、大きく深呼吸をする。残された時間はあとわずか。しゃがみこんで、指先をコンクリートにそっと乗せる。

 オン、ユア、マーク……セット。心の中でつぶやいて、腰を持ち上げる。


 ピストルの合図はない。短く息を吸い込んで、私は左足で蹴り出した。


 走り出す。見える景色が流れるように変わっていく。どうせ最期だ。出し惜しみはしない。目指すはあの場所。走った果てに、息が止まるとしても構うもんか。


 走れ。私と先輩の約束した、向日葵畑へ。


 走れ。


   *


 夕焼けが好きなの。一つ年上の先輩は、私に言った。どうしてですかと聞くと、先輩はとてもきれいに笑って答えた。


「だって、とってもきれいに混じり合っているから」


 昼と夜の相中で、いろんな色が生まれる。紫、青、藍、そしてオレンジ。言葉に言い表せないだけで、他にもたくさん。


 放課後、私と先輩は夕焼けを見上げてみた。とってもきれいなオレンジ色とカーテンみたいに覆いかぶさってくる藍色。混じり合った色に息を飲む。

 いつも見ているはずの夕焼けは、こんなにもきれいだったのか。


 私は、そっと空から先輩に目を移す。先輩は夕焼けを見て、笑っていた。少しだけ焼けた肌に、夕日が射す。この時だ。


 この瞬間、私は先輩に恋をしたんだ。


   *


 走る。ローファーを通じて、固い痛みを感じる。

 コンクリートはますますひび割れて、ビルは音もなく、崩れて消える。


 世界から、音が消えた。跳ね回る心臓の鼓動も、地面をたたくローファーの音も聞こえなくなる。

 静かな世界。太陽が沈んでいく。音もないのにじりじりと。焦る気持ちに任せて、私は走る。



 ――私は先輩のことが好き。ずっと、この気持ちは誰にも言わずにいた。だって変でしょ? 女の子が、女の子を好きになるなんて。



 クラスの友達に好きな人を聞かれた時は、適当にかっこいい男の子の名前を出した。本当の心を隠して。しばらくしたら、その彼が私に告白してきた。断った時は申し訳なかったな。しばらく、友達みんなからハブられたっけ。


 親友だと思っていた子からビンタをされた時は、さすがに後で泣いちゃったな。


 でも先輩がいたから、思っていたよりは苦しくなかった。


 陸上部で、一緒に走るときは幸せだった。夏の暑い太陽の下で、飲んだポカリはおいしかった。中途半端な1.5ℓのペットボトルを、二人で回し飲みした時はすごくドキドキした。


 放課後に二人であちこち遊びにいくのは楽しかった。ゲーセンで大きなぬいぐるみをとったり、プリクラでバカみたいな写真をとったり。


 海で水をかけあって、お腹が痛くなるくらい笑って。


 そんなくだらないことでも、先輩と一緒ならそれだけで幸福だった。



 世界が終わると知った、二時間と十六分三十三秒前。世界中の誰もが何をすべきか悟った。


 世界が終わる悲しみはなかった。混乱もなかった。みんな、世界が終わることを受け止めて、ひとつのことをしたんだ。


 死ぬ前にひとつ。一番やりたいことをやる。それだけ。


 ある人は大好物をいっぱい食べて、別の人は友達と仲直りをした。人生を変えた本を読んで、空に向かって大声で叫んだ。

 そうしてやりたいことをやって、消えていく人たちの中で、私ひとりだけが取り残された。


 私が一番やりたいことは、わかりきっている。でも、それが絶対にできないことは、わかっていた。



 太陽はゆっくりと沈む。足がもつれて、転んでしまう。倒れ込んだ拍子に口の中を切る。だけど痛みはなかった。鉄臭さだけが広がる。

 立ち上がると、体が軽かった。ジンジンしていた足も痛くない。痛みがなくなった。呆れて吐いた吐息は、やっぱり聞こえない。


 もう一度、走り出す。気づけばビルは全て消えて、コンクリートは土になっていた。土の隙間からちょこんと顔を出す雑草が可愛らしい。潮風の香りがする。


 あの場所まで、もう少し。


   *


 約束の向日葵畑は、私と先輩が遊びに行った帰りに、たまたま見つけた場所だ。

 海に近いそこには、たくさんの向日葵が植えられていて、まるで、小さな太陽が私たちを見つめてくれているみたいなところだった。

 素敵なところだった。


 夏が終われば向日葵は枯れてしまう。向日葵畑を見つけてからは、私たちは毎日のようにそこに行った。向日葵に体を隠して、顔が見えないようにして話をした。

 陸上のこと。将来のこと。勉強のこと……恋愛のこと。私はそこで、先輩に好きな人がいることを告白された。



 ずっと近くにいるけれど、好きだってことには気づいてもらえない。相手も自分を好きだと思うけど、鈍感なんだ、って。



 顔は見えない、でも声だけでわかった。先輩はその人に本気で恋をしていた。敵わないって思った。だから、私は先輩を応援しようと思った。私自身の実るはずのない恋よりも、先輩の幸せの方がずっと大事だったから。

 涙声がばれないように、小さく「手伝います」とだけ答えたら、先輩は小さく「バカね」と言った。


 それから、一週間がたって、向日葵は枯れ始めた。夏の終わりが近づいていた。うちの部活の引退は遅い。でも夏が終わってしまえば、三年生は引退してしまう。先輩の引退も、すぐそこまで近づいていた。

 明日先輩から遊びに行かないかと、ラインで聞かれた。場所は当然、向日葵畑。先輩からの誘いは、用事があってもずらしていく。私は喜んでと頷いた。


 言いたいことがある。先輩はラインで書かれていた。その言葉をつぶやいた時、先輩はどこか緊張した様子だった。

 何を伝えるつもりなのかな。もしかして、好きな人と付き合うことができたとか……? もやもやする不安。だけど、先輩の口からは何も聞くことができなかった。


 先輩は、翌朝車に轢かれて命を落としたからだ。


   *


 二時間と十六分三十三秒が経って、私以外の全ての人が消えた。どうして私だけが残されたのかはわからない。


 死んでしまった先輩ともう一度会いたい。


 そんな叶うはずのない願いを抱いていたからかもしれない。私みたいなことを思っている人はたくさんいるとは思うんだけど。


 ビルは消えた。コンクリートの地面も消えた。空の夕焼けは、夜の藍色に覆われていく。

 沈む太陽のそばに、向日葵畑はあった。咲き誇った向日葵のそばには、懐かしい人影。先輩。


「    」


 叫んだ声は、音のない世界には響かない。だけど、先輩は私に気付いてくれた。気持ちははやる。潮風の香りが消えた。口の中の鉄臭さも消えた。

 固められた土と、うっすらつもった砂。視界が歪む。涙が目からあふれて止まらない。


「    」


 先輩が何か言った。コクコクと、頷く。やっと会えた。


 向日葵畑の後ろには広い海があった。そこに沈もうとしている黒い太陽に照らされて、オレンジ色に染まっている。

 ゆったりと波打つ姿は、じんわりと、私の心を温める。


 先輩は、最後にあった時と変わらない姿をしていた。半袖の制服。大人びた顔立ち。でもなんでだろう。先輩は悲しそう。

 私は足をとめた。気が狂いそうなくらい、息は乱れていたけれど気にならない。私は先輩に手を伸ばした。


「  」


 私の手が先輩に触れる直前、


 先輩は、私の手を優しく払った。


   *


 もうすぐ太陽が沈んでしまう。オレンジ色の空が、藍色に覆いつくされる。穏やかだったオレンジの海も、冷たい藍色に塗りつぶされていく。

 世界はもう、向日葵畑と海だけになってしまった。私の目に映るものだけが、世界の全て。


 手を払われたことが信じられなかった。信じたくなかった。先輩は、寂しそうに、痛々しい笑みを作った。


「             」


 首を振る。嫌だ。私は先輩と一緒にいたい。だから、


「   」


 先輩の顔が、私に近づいた。

 感触はない。ぬくもりもない。だけど、先輩の手が私の頬に当てられた。うるんだ瞳。唇。太陽が沈む。藍とオレンジが混ざり合って、藍色に溶けていく。

 少しの間、私の目に映る色彩は、一色に染まった。感触があればきっと柔らかい。色彩はすぐに元に戻る。先輩は私の背中に回って、口元に手を当てる。


 先輩の後ろには、藍色の夜。私の後ろには、黒い太陽とオレンジ色の海。


「    」


 そして、先輩の方を向いて呆然とする私に、先輩は四文字の言葉を告げた。


 私に口づけをしたその唇で、ひとつの言葉をつむぐ。



 さ よ な ら



 息を飲む私を、先輩はふわりと突き飛ばした。先輩の背に藍色が。私の体は宙に浮き、向日葵畑へ。向日葵が消えて、オレンジ色の海の中へ。


 海に落ちて、先輩が遠くなる。水中から伸ばした手は、決して届かない。

 海の中は夕焼け色だった。沈んでいく。歪む視界と、閉じていく世界の中で、先輩はずっと私を見つめたまま、「   」とつぶやいた。


 太陽は海の中に沈んで、白に染まる。目を開けていられない。思わず目を閉じた私は――



   ***   ***



   ***   ***



 冷たい。目を開けると、真っ白な部屋の中にいた。ピッ、ピッと人工的な機械の音がする。耳をすませるとトクン、トクン、と心臓の鼓動がした。


 私の周りにいた白い服の人たちが、慌てた様子で部屋から飛び出していった。


 生きてる。私の目から、大粒の涙がこぼれ落ちていった。





終末世界と向日葵 終わり



向日葵の花言葉 『あなただけを見つめてる』

 もし、この話を気にいただけたら、感想などいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終末の退廃的な雰囲気が良いですね。文章も読みやすくて最後まですんなり読めました。 いろいろと解釈の余地もあって妄想が膨らみます。 [気になる点] 二時間十六分三十三秒って何か意味があるんで…
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