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一章 「最悪の途中」

 小雨に打たれながら雑踏を見つめていた。

 薄手のローブに雨水が染み風吹くと少し寒い。

 こうしていると三ヶ月前の事を思い出す。

 あの最悪の出来事、文字通り天から地へと落とされたあの日、涙腺を抑え悔し涙が零れそうになるのを我慢する。


「なんでこのオレがこんな目に……」


 少し前は王都に拠点を持っていたオレがなんで小汚いギルド街で雑踏を見つめているのか。

 全部『アイツ』のせいだ、突然現れて全てを奪っていったあの男のせいだ。

 俯きながら憤慨を抑えている時だった。


「おちゃん!」


 目の前で赤髪の少女が真っ直ぐな瞳でオレを見つめていた。

 おじちゃんと言いたかったのだろうが前歯が抜けているせいで上手く言えていない。

 それにオレはおじちゃんというような歳じゃないが、まぁ、子供からしたら大人の男は全部おじちゃんなんだろうが。


「おう、ちゃんと買えたか?」


 この『歯抜け』にお遣いを頼んでいた、近くに見える屋台のおばちゃんは子供好きだから子供がお遣いに行くと大体おまけをしてくれる。

 所持金が少ない時の節約術ってやつだ。少女から紙袋を受けて取り、中身を確認する。

 大きなパンを一つ頼んでいたのだが薄いハムを一枚おまけしてくれていた。

 パンは石のように固い、それを三分の一ほど千切り歯抜けに渡した。


「ほら、食え、今日の夕飯だ」


 歯抜けはニカーと笑いパンを受け取った、その顔がはとてもマヌケだ。


「はぁ……そのマヌケ面どうにかなんねぇのか」


 歯抜けは答えるように抜けた前歯を強調して笑う。

 その笑顔を見るとオレはなぜ苦しんでいるのか分からなくなる、考えるのが馬鹿馬鹿しくなるのだ。


「あぁ、もういい、これも食え、だから口閉じてろ」


 そう言って歯抜けにおまけのハムを渡す。

 歯抜けはまた嬉しそうにニカーと笑う。だからそれを止めろと言っているだろうに。

 食いながら笑うな、パンをこぼすな、服も汚れるだろうが。

 ああ、これだから子供は面倒なんだ。


 食事を終え、ギルドに仕事を探しに行くことにした。

 財布の中の残金は底を尽きそうだった。

 とりあえず雨風が防げる場所に泊まれるだけの金は欲しかった。

 ギルドバー「ブルーホープ」のドアを開く、中は酔った冒険者達で賑わっていた。

 一階はギルド&バー、界隈じゃ良くある感じの店だ、二階は娼婦部屋になっている。

 ようするに稼いだ金を飲み食いに使うか、女に使うかしろって事だろう。

 そうすれば店側は儲けられるって寸法だ。


「いらっしゃいませ!お仕事ですか?お食事ですか?それとも?」


 そう言うと女のウエイトレスは胸を揉む仕草をしてみせた。


「っていうか勇者様じゃないですか、あ、歯抜けちゃんも一緒だね」


 歯抜けはニカーとウェイトレスに笑って見せた。

 このウエイトレスはタォル、見てくれは悪くないのだが業界に染まりすぎているせいか色気が全くと言っていいほどない。


「仕事だ、それにもう勇者じゃない」


「何言ってるんですかー、勇者さんは元勇者でも一応は勇者扱いしてあげますよ」


 そう言いながらタォルは笑っている、おそらく悪気無く人を煽ってしまうタイプなんだろう。

 その言葉オレじゃなきゃ怒り狂うか普通に泣いちゃうと思うぞ、まぁ、「元勇者」なんていうのはオレ以外にはいないのだろうが。


「お仕事一名様ご案内ー」


 タォルがそう言うとオレはギルドカウンターへ向かった。


「いらっしゃい、元勇者様」


 カウンターにはこの店の女主人であるバスが立っていた。

 年齢はオレより少し上だが一代でこの店を作りあげた剛腕の経営者だ。

 荒くれ者たちが集まる店を経営していながらも容姿は妖艶で美しい。

 この店の半分の客がバス目当てで来ていると言っても過言じゃないだろう。


「歯抜けちゃんもいらっしゃい」

「仕事をくれ、できれば前金で今日寝泊りが出来るだけの金が欲しい」

「相変わらず金欠なのね、いいわよ、前金分で上の部屋に泊まらしてあげる」

「悪いな、助かる」

「なんなら女の子もつけてあげましょうか?元勇者様」


 そうバスは悪戯に笑った。


「歯抜けちゃんは私の部屋に泊まればいいし」

「そういう冗談は要らないんだよ、それにそういう相手には事足りてないし、そういう遊びはもう卒業したんだ。バス、おまえ、オレの事を童貞だと思っているだろ?それは大きな勘違いだぞ。いいか?それにな」

「分かったから仕事の話でしょ」


 そう言ってオレの言葉を遮るとバスはカウンターに依頼書を並べ始めた。

 中途半端に人の事をからかいやがって、これからオレの数多のラブストーリー(想像)を聞かせてやろうと思ってたのに。


「まぁ、このご時世だから美味しい仕事もそんなに無いけど。とりあえず一人で出来そうな仕事はここらへんね」


 人探し、物品の運搬、物や家の修復工事。ほとんどがそんな感じの仕事だ。

 モンスターの討伐やダンジョン攻略、そう言った依頼は王都のギルドへ依頼される、このギルド街ではこういった雑務が依頼の大多数を占めていた。


「もう少し美味しい仕事回してあげたいんだけど。付き合いのある王都のギルドの担当者が変わってしまってね。うちとしても苦しいのよ、それに歯抜けちゃんの親探し、そっちのほうも進んでないみたいだし。それは私からの依頼だから期限は無いんだけど、仕事を二重三重に回すっていうのはうちとしてもね」


 そういうとバスは歯抜けを見つめた。


「悪いな、色々と情報は集めているんだが」

「歯抜けちゃん、自分の名前も分からないんじゃねぇ……」


 大人達の心配そうな顔を歯抜けは見つめながらまたニカーと笑った。

 本当にマヌケ面だ。

 歯抜けと出会ったのは二ヶ月ほど前、オレが王都を追い出されこのギルド街に流れ着いたあの日だ。

 何故オレが王都を追い出されたのか、何故歯抜けと出会ったのか。

 全てが変わったのは今から三ヶ月前のあの日、『ルエス城外攻略作戦』に遡る。


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